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リコチャンなんか恐くない!

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 「でもねぇ、ずっと探していた宝石を見つけたって言ったんですってよ?」
 「うっわ……」

 ガリガリ亡者め、リコは宝石説をそんな時期から使ってたんだ。

 「それだけじゃないの。『誰にも奪われたくない。彼女のいない人生など考えられない』って切々と訴えたそうでね」
 「『今この瞬間にもわたしの宝石の輝きに他の誰かが目を留めるかも知れないと思うと、気が狂いそうだ』なーんて言ってたし!」
 「『恋とはこんなに苦しいものなのですか?愛しい宝石を想うと胸が締め付けられるようにときめくのです!』とか」
 
 二人はそれからもアレンがほざいたという文言をあーだこーだと並べ立て続けた。どうもアレンの凝り性は相当早くから開花していたらしく、よくもまあそこまでと呆れる私を尻目にいつまでも終わりそうもない。

 「もう良いです。十分わかりました。それで?」
 
 二人はまだまだ言い足りないらしく不満そうだが、聞きたいのはそこじゃない。この二人はわかっていないが、そんなのは八割を手に入れる為の偽装工作でしかないのだ。強制的に終わらせた私に揃って恨めしそうな目で見てくるが、私は無表情で『それで?』と繰り返した。

 「それを聞いて、これは今までの縁談とは違う、アレンなら梨子ちゃんを任せても良い。きっと幸せにしてくれるってピーンときたのよ」

 いやいや、逆に相当質が悪いぞ?と白い目で見る私なのに、白熱している二人は全く気付いていない。一人イライラを募らせていると王子がぎゅっとしがみついてきた。うぉお……喚き散らしてやりたいのにニコニコ笑うしかない。何たる足枷だ!

 心の中で身悶えしていた私を前に、二人は何やらアイコンタクトを交わし頷きあっている。言葉はなくとも通じ合う何かがそこにはあった。しかもそれは、二人だけじゃなくて私にも通じる何かで。つまり

 『ウィルがいれば、リコチャンなんか恐くない!』

 って心の声が駄々漏れだったのだ。

 「梨子ちゃん、怒らないでね……」

 怒るに怒れないのにわざわざしつこく言わなくても良いじゃないか。言われたら首を縦に振らなきゃならないじゃないか!

 アンジェリーヌ王太子妃という人は、目的の為なら手段を選ばぬ冷酷な一面を持っている。もう一度殿下と交わしたアイコンタクトは『もう平気、思い切ってブチ当たれ!』に違いない。殿下はこれ見よがしにほっとして、それから私に向かってキラキラと笑った。

 「あれね、もう解決してるんだ!」「イッコチャーン!キャハッ!!」
 
 何が嬉しいのか知らないが、私の腕の中でバタバタとはしゃぐ王子。『もう解決してるんだ!』『もう解決してるんだ!』『もう解決してるんだ!』……脳内では殿下の言葉がエンドレスでリピートされていて、怒りの活火山がドカンドカンと大噴火し噴煙と共にマグマを噴出している。それなのにこのタイミングで大はしゃぎして私の怒りを心の奥底に引き留める判断力と行動力が凄過ぎる。そうだ、エヘエヘと笑いながら指をしゃぶって油断させてくれるが、このアカンボは未来の国王なのである。

 「……解決……そうですか、解決…………私の耳には入っていないんですけれど、いつの間に解決したんですかね?」

 微笑みと共に歯を食いしばり大噴火を押し止めているのを確認した殿下は、ちらりと王子と視線を交わした。アカンボでも偉大なる建国の王の血筋を受け継ぎし者。既に王子としての自覚が芽生え、必要とあらば非情にならねばならぬ運命を受け入れているのだろう。そしてアカンボながらやる時はやる、きめる時はきめる有能な王子のアシストを得た殿下は、恐れるものなど何もないとばかりに意気揚々と語りだした。

 「リコチャンが封蝋を偽物だって見抜いて一気に調べが進んだでしょ?そしたら血相変えたクルドス公爵夫人が謝りに来たんだよ」
 「はい?」
 「どうせそうだろうなーって思ってあからさまに捜査したから直ぐ感づかれたんだ」
 
 捜査しているのが筒抜けになったら証拠隠滅とかアリバイ作りとかされちゃうだろうに、どうしてだ?

 「はぁ……わざとですか?」
 「あれね、事件っていうよりも単なる嫌がらせだったのよ」
 「はぁ?!」

 急にげんなりした妃殿下が腕を伸ばすと王子が嬉しそうに身を乗り出した。妃殿下は抱き上げたウィルきゅんの頭に頬を寄せ、しばらく充電するかのようにじっとしてから話し始めた。

 「お父様とクルドス公爵って子どもの頃からのライバルだったんだけど……」
 
 何かにつけていがみ合い競い合いながら大人になった二人は、何の因果か同じ歳の娘をもうけた。そしてクルドス公爵はライバルを徹底的に打ちのめす為に娘を王太子妃にすると決意。件のイタいくらいの猛プッシュも実らず殿下はボードリエ公爵令嬢を選び、自分が打ちのめされてしまった。

 「クルドス公爵令嬢は大迷惑だったのよね。物心ついたころから英才教育を受けさせられて遊ぶ暇もなかったんですもの。それなのに私達の婚約が決まったら激昂したクルドス公爵から罵られて……もう父親の側には居たくないってわざわざ隣国に嫁いで行ったわけ」

 それでもクルドス公爵は彼なりに娘を溺愛していた。王太子妃に猛プッシュしたのはボードリエ公爵に一泡ふかせてやろうという目論みだけじゃなくて、愛する娘の幸せのためでもあったのだ。しかし口も聞かなくなった娘はとっとと隣国に嫁いでしまい、それきり里帰りもせず手紙すら寄越さない。公爵は寂しさを募らせていた。

 令嬢はおめでたいことにすぐに懐妊。しかも男女の双子ちゃんのママになった。けれどもお祝いに駆け付けた公爵夫妻に告げられたのは、『お母様にしか会いたくない』という言葉だった。

 訪ねて行っても門前払いで孫の顔も見られない。元はと言えば非は自分にあるのにちょっといじけてしまったクルドス公爵は、順風満帆に見えるボードリエ公爵に嫌がらせをしてやろうと思いたった。

 「この話の流れだと、それが偽印璽のラブレターってこと?」

 どうして偽印璽のラブレターがアンジェリーヌパパへの嫌がらせになるのか?

 「クルドス公爵夫人が仰るには、お父様に孫の可愛さを力説された公爵が腹を立てて、私達の夫婦仲にヒビを入れてやろうと思い付いたそうなの。ヒビって言っても多少不穏な空気になれば良いくらいのね。お父様をちょっとだけハラハラさせようくらいの軽い気持ちだったみたい」
 「それで印璽の偽造って……」
 「何度かハニートラップを仕掛けたけれど、リチャードったら全然気が付かなかったんですって」 
 「うん。今年の流行のドレスは随分過激だなぁって驚いていたら、あれみんな依頼を受けたお姉さん達だったんだって!」

 妃殿下はママになってもこの美貌だもの。むしろママになった今の方が艶っぽくて益々綺麗なんだよね。どんなお色気娘を近付けたところで、ずっと変わらず妃殿下にぞっこんな殿下がよそ見なんかするはずがないのに、ご苦労なことだ。

 「それで印璽の偽造……」
 「悪戯みたいなものだし、バレるの前提でやったらしいわ。そのくらい笑顔で流す度量の大きさを見せてみろって言えば済むとわかっていたのよね。こっちもどうせそんなことだろうと態と大っぴらにやったわけ。向こうから頭を下げにくれば揉み消せるでしょ?お気の毒に、それでも謝罪に見えた夫人は真っ青だったけどね」
 「じゃあお咎めは無し?」
 「えぇ」
 「…………」

 お咎めは……無し……へぇ、そう。そうなんだ。へぇ……

 「クルドス公爵がジョルジュに接触した理由だけど、クルドス公爵は常日頃から燻ってて使えそうなヤツをピックアップしていたんだよね。リストに名前があったジョルジュがおかしな事を始めて、それで思い付いたらしいよー、偽印璽のラブレター」
 「それでジョルジュに接触を……」
 「そーそ。だからジョルジュも上官から叱られる程度だね」
 
 そうか。それなら別にそれで良い。ジョルジュは困ったアホの子ではあるが、根っからの悪人じゃない。ピュアで真っ直ぐな心の持ち主と言えなくもないし、もう二度と関わりたくはないけれど、関わらないならどんな人生を歩もうと興味の欠片もない。愛する弟一家と仲良く幸せにやってくれたまえ程度の気持ちだ。

 「わかりました」
 「ありがとう!リコチャンならきっとわかってくれると信じていたよぉ!」
 「そこまでは、ですけれど」
 「「……」」

 二人は、いや、三人はギクリと顔を引き攣らせたが、王子はいきなり目をしばしばし始め、コロリと眠ってしまった。『ウィル、お願い、起きて!』という妃殿下の懇願にも耳を貸さず、スヤスヤと安らかな寝息を立てている。

 本当に有能な王子だ。この国の未来は明るい。

 「では伺わせて頂きます。クルドス公爵が捜査線に上がったのは、私が聴取を受けている間でしたよね?」
 「そう……だったねー」
 「そして今の話を整理すると夫人が大慌てで謝罪に見えたのはその後直ぐ、という認識でよろしいですか?」
 「そう……だったね……」
 「具体的に言うと?」
 「リコチャンが聴取を受けている間だった……ね」
 「と言うことは、この事件とも言えないくらいのお粗末でくだらないトラブルは、私が聴取を受けている間に全部解決していたのかな?って思うんですよ」
 「そう……だったかなぁ……?」

 殿下のこめかみを非常に判りやすく冷や汗が伝った。その隣で妃殿下が、必死に王子を揺り起こそうとしているが、天才王子ウィルきゅんは冬眠中のヤマネのように眠りこけている。

 私は微笑んだ。自然に心の底から、腹の底に溜まりまくったどす黒い鬱憤を込めて。

 「で?だったらどういうことなんでしょうね、殿下?」

    
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