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弱み
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「……で、片っ端から血祭りにあげてる、と?」
「やだなぁ海堂、そんな物騒な言い方。玲人が聞いちゃったらどうするの? わからせてあげてるんだよ?」
さらりと薄茶の髪を肩にかけて、美しい桃色の唇が笑みを形作る。
横で諦めたように冷めたお茶を口に運ぶ海堂が目に映った。
「玲人に手を出すとどうなるかってことをね」
俺はゾッと粟立つ肌を撫でた。そして目の前に置かれたプリントにずらりと並ぶ名前を見ながら、敢えてそっけなく口にする。
「こいつとこいつが退学した事情はわかった。
俺たち風紀にも知らせずに……自分で手を下したいから栗原を使ってたんだな」
「……いや全く、本気になったお前は恐ろしいよ」
海堂のため息と俺のため息が重なる。
「ところで桜川。ここでお茶しながら報告会はどうなんだ? 情報の共有は必要だが、お前たちの生徒会室もあるだろう? 溜まり場にされては困る」
「またまたぁ、そんなこと言っていいの?
緑ちゃん? ほら、これ。新作ダヨ」
形の良い長い指に挟まれ、掲げられたDVDのディスクに、俺は慌てて立ち上がり、ガチャッとテーブルの茶器が鳴る。
「おいおい、どうした? 緑原。珍しいな、そんな焦った顔して。春樹、それは?」
海堂の声も耳に入らなかった。桜川の手からひったくるようにしてディスクを胸に抱く。
「あはは、緑、いつも美味しいお茶ありがとう。
これからも、お部屋の提供よろしく、ね?」
桜川の艶っぽい目配せにギリっと奥歯を噛む。
だが憎らしさより何よりも、胸の中のものを一刻も早く観たくてたまらない。
「……茶を飲み終わったら、そのまま置いて帰ってくれて構わない。私は外す」
そう言って足早に部屋を出た。
「え!おい!緑原!?」
慌てた海堂の声が閉まるドアごしに聞こえた。
悪いが、もう何も耳に入らない。あの人の声以外は入れたくない。
素早く寮の自室に戻り、鍵をかけた。
何かあった時に生徒を保護できるよう、風紀委員長権限の個室で良かったと、この時ばかりは感謝する。
震える手でディスクをパソコンに読み込ませ、より集中できるように、美しい音を逃さないように、高音質のヘッドホンをつけて再生ボタンを押す。
ああ……
染み渡る天使の歌声。……神に感謝を。
画面に映し出されているのは録音スタジオのような場所で、固定されたカメラが歌う彼女の横顔を捉えている。
煌めくカールした髪。年齢を感じさせない華奢な姿形。長い睫毛、美しい唇。
……俺の永遠の人。
彼女と桜川の血が繋がっているなんて、信じたくない、信じられない。
そう、いつ、バレたのか。
俺は桜川の母親である歌手SARAのインディーズ時代からの大ファンだ。崇拝者と言ってもいい。
最初は知らなかった。 桜川がまさか自分の憧れ続けている人の息子だなんて。いや、知りたくもなかった。
だが、中等部の時にSARAが突然活動を休止し、
俺の何かを感じる鼓動も停止した。
屍のように生きる日々。
そんなある日、桜川が突然一枚のDVDディスクを渡してきた。
「緑ちゃんの好きな人なんでしょう?
実は内緒なんだけど、彼女、僕の母なんだ。
だから……特別ダヨ? 誰にも見せないでね」
誰と何を勘違いしてるんだこいつは?
と思った俺は、目の前で再生された動画に目と耳を疑った。
間違いなく、俺の天使の声。
「どういうことだ!?」
我ながらすごい形相だったと思う。人気のない場所で問い詰めた俺に、桜川は笑顔で口にした。
「活動休止とは言ってるけど、たまーにこうして曲を作って録音したり、カバーしたりしてるんだ。渡したのはその試し撮り。
どう? これからずっと僕の言うこと聞いてくれるなら、緑ちゃんだけに内緒で融通してもいいけど?」
可愛らしく首をこてんと傾げた仕草。
でもそれは悪魔との取引のようで。
だがどれだけ自分の良心に訴えても、
魂から渇望していた推しの姿と声を刻みしDVDを、己の手から離すことはできなかった。どうしても。
仕方がない、毒を喰らわば、だ。
飲み込んだ自分の心。正義とはなんだ?
風紀委員長が聞いて呆れる。
だが、彼女の声は、
こんな俺のひび割れた心さえ簡単に拾って空気に放ち、あまつさえ癒やしを与えてくれる。
風林寺、すまない。
こんな俺を信じてくれている者たち、すまない。
桜川のために動いてしまう自分が卑しく、だがそんな己の浅ましい姿にどこか安堵もしていて。
定期的に与えられるこの時間のためだけに、
俺は生きているのかもしれないとまで思う。
……また茶葉を注文しておかなければ。
そう頭の片隅にメモしながら、俺は再び再生ボタンを押したのだった。
「やだなぁ海堂、そんな物騒な言い方。玲人が聞いちゃったらどうするの? わからせてあげてるんだよ?」
さらりと薄茶の髪を肩にかけて、美しい桃色の唇が笑みを形作る。
横で諦めたように冷めたお茶を口に運ぶ海堂が目に映った。
「玲人に手を出すとどうなるかってことをね」
俺はゾッと粟立つ肌を撫でた。そして目の前に置かれたプリントにずらりと並ぶ名前を見ながら、敢えてそっけなく口にする。
「こいつとこいつが退学した事情はわかった。
俺たち風紀にも知らせずに……自分で手を下したいから栗原を使ってたんだな」
「……いや全く、本気になったお前は恐ろしいよ」
海堂のため息と俺のため息が重なる。
「ところで桜川。ここでお茶しながら報告会はどうなんだ? 情報の共有は必要だが、お前たちの生徒会室もあるだろう? 溜まり場にされては困る」
「またまたぁ、そんなこと言っていいの?
緑ちゃん? ほら、これ。新作ダヨ」
形の良い長い指に挟まれ、掲げられたDVDのディスクに、俺は慌てて立ち上がり、ガチャッとテーブルの茶器が鳴る。
「おいおい、どうした? 緑原。珍しいな、そんな焦った顔して。春樹、それは?」
海堂の声も耳に入らなかった。桜川の手からひったくるようにしてディスクを胸に抱く。
「あはは、緑、いつも美味しいお茶ありがとう。
これからも、お部屋の提供よろしく、ね?」
桜川の艶っぽい目配せにギリっと奥歯を噛む。
だが憎らしさより何よりも、胸の中のものを一刻も早く観たくてたまらない。
「……茶を飲み終わったら、そのまま置いて帰ってくれて構わない。私は外す」
そう言って足早に部屋を出た。
「え!おい!緑原!?」
慌てた海堂の声が閉まるドアごしに聞こえた。
悪いが、もう何も耳に入らない。あの人の声以外は入れたくない。
素早く寮の自室に戻り、鍵をかけた。
何かあった時に生徒を保護できるよう、風紀委員長権限の個室で良かったと、この時ばかりは感謝する。
震える手でディスクをパソコンに読み込ませ、より集中できるように、美しい音を逃さないように、高音質のヘッドホンをつけて再生ボタンを押す。
ああ……
染み渡る天使の歌声。……神に感謝を。
画面に映し出されているのは録音スタジオのような場所で、固定されたカメラが歌う彼女の横顔を捉えている。
煌めくカールした髪。年齢を感じさせない華奢な姿形。長い睫毛、美しい唇。
……俺の永遠の人。
彼女と桜川の血が繋がっているなんて、信じたくない、信じられない。
そう、いつ、バレたのか。
俺は桜川の母親である歌手SARAのインディーズ時代からの大ファンだ。崇拝者と言ってもいい。
最初は知らなかった。 桜川がまさか自分の憧れ続けている人の息子だなんて。いや、知りたくもなかった。
だが、中等部の時にSARAが突然活動を休止し、
俺の何かを感じる鼓動も停止した。
屍のように生きる日々。
そんなある日、桜川が突然一枚のDVDディスクを渡してきた。
「緑ちゃんの好きな人なんでしょう?
実は内緒なんだけど、彼女、僕の母なんだ。
だから……特別ダヨ? 誰にも見せないでね」
誰と何を勘違いしてるんだこいつは?
と思った俺は、目の前で再生された動画に目と耳を疑った。
間違いなく、俺の天使の声。
「どういうことだ!?」
我ながらすごい形相だったと思う。人気のない場所で問い詰めた俺に、桜川は笑顔で口にした。
「活動休止とは言ってるけど、たまーにこうして曲を作って録音したり、カバーしたりしてるんだ。渡したのはその試し撮り。
どう? これからずっと僕の言うこと聞いてくれるなら、緑ちゃんだけに内緒で融通してもいいけど?」
可愛らしく首をこてんと傾げた仕草。
でもそれは悪魔との取引のようで。
だがどれだけ自分の良心に訴えても、
魂から渇望していた推しの姿と声を刻みしDVDを、己の手から離すことはできなかった。どうしても。
仕方がない、毒を喰らわば、だ。
飲み込んだ自分の心。正義とはなんだ?
風紀委員長が聞いて呆れる。
だが、彼女の声は、
こんな俺のひび割れた心さえ簡単に拾って空気に放ち、あまつさえ癒やしを与えてくれる。
風林寺、すまない。
こんな俺を信じてくれている者たち、すまない。
桜川のために動いてしまう自分が卑しく、だがそんな己の浅ましい姿にどこか安堵もしていて。
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