王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第一部ダイジェスト】 王太子視点

王太子様の追憶 6 仕事と国と私情と恋人

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 次の日にも相談にかこつけて部屋を訪れると、サフィージャはいとも平然とした態度でクァイツを出迎えた。
 一度体を重ねた関係とはまるで思えないそっけなさである。

 その時点ですでにクァイツは折れかかっており、もう逃げようかと思ったが、なんとか表情に笑顔を張り付け直して向かいに座った。一瞬たりとも座っていたくない席に無理やり座らされていた経験ならごまんとある。根競べなら王太子である自分のほうが一枚上だろう。まだ大丈夫だ。慌てるような段階ではない。

 向かいに座る魔女どのの氷より冷酷なまなざしを見つめているうちに、やっぱりどうしても好きだと思った。この子が微笑んでくれたらと願ってやまない。

 ふとした瞬間に出る動作もいちいちかわいらしい。お茶を飲むときは胸まで垂らした顔布の下までわざわざカップを持っていって顔が露出しないようにして飲むのだ。素顔を隠すのにそこまでするのか。

「まず薬の出どころのことだが、おそらく宮廷魔女の誰かだろう」

 魔女からはなぜか別人のような口調で切り出された。あれは彼女のはずなのだが、はて。

 ああ、そういう設定ですか。

 自分も似たようなことをやっているのでそこは構わない。しかしなぜわざわざバカ正直に申告するのだろうか。しらを切り通すつもりなら、どこにでもある薬だから特定できないと突っ返してしまえばいいのに。

 取引でもしたいんでしょうか。

 わざわざ会話の余地を作ったからには何か言いたいことがあるはずだ。それはあの時のことへの恨み辛みかもしれないし、金銭的な要求かもしれない。いずれにせよ心してかからなければならないだろう。

 皮肉もこめてゆさぶりをかけてみる。

「もう二度と会ってもらえないのではないかと思っていました」

 『会えないかと思っていた』ではなく『会ってもらえないかと思っていた』。
 微妙な違いだから引っかかるかとも思ったが、そこはなんなく無視された。

「二度と会いたくないと言われたらどうするつもりだ?」

 一番聞きたくない台詞を真正面から言われてしまい、クァイツは心臓が止まりそうになった。
 一瞬ほのかに希望を持たされてしまっただけにえぐられるような痛みを味わった。

 うまく思考が回らないまま、その場しのぎの回答に終始する。

「……去っていった理由が分かれば諦めもつく?」

 どうして諦めること前提なんでしょうか。

 話の持っていき先が見えてしまい、臓腑のあたりに冷たいものが突き上げる。
 彼女はすでにクァイツを振る気満々なのだろう。

 みぞおちのあたりが震えてくるのを押し殺して必死に自分に言い訳をする。
 まだだ。まだ直接振られたわけじゃない。
 向こうは直接対決ではなく、婉曲に探りを入れるほうを選んだのだから、こちらも知らないふりをして探りを入れたって構わないだろう。

 まずは気になっていることから聞いてみることにした。

 サフィージャが再三気にかけていた恋人のことだ。拝火教徒の婚姻のしきたりは分からないが、教会式なら二段階目の婚約まで進んでいると厄介だ。もう後戻りできないところまで婚約を進めているのだろうか?

 宮廷魔女との婚姻に際して最も問題になるのは夫婦の宗教の違いだ。
 大抵の宗教は異教徒間の結婚を禁止しているから、魔女のほうが国教――この国の貴族はほとんど国教徒だ――に改宗し、黒いローブを返還して退職する。

 拝火教徒も確か異教徒間の結婚は禁止だったはず。
 彼女の相手も拝火教徒なのだろうか。

「ところでサフィージャどのは結婚などなさらないのですか?」

 そう尋ねると、彼女はなぜか嫌そうな声を出した。

「相手がいればな。見ての通りこの顔は醜くただれている」

 クァイツは引っかかりを覚えた。話が矛盾している。
 恋人を手に入れたばかりではないのかと重ねて問いかける。

「想像に任せる。だが、私はこの仕事を気に入ってるんだ」

 なるほど、未通の乙女でなければならない宮廷魔女の職を惜しんでいるのか。

 クァイツの知るかぎり宮廷魔女は結婚に積極的だ。
 彼女のようなタイプには初めてお目にかかった。

 仕事のためなら恋人も捨てられるのかと尋ねると、彼女は汚泥でも見るような目つきになった。

「ああ。お前もぜひそうしてくれるとありがたいね」

 嫌味ですか。嫌味ですね。
 そういえばしょっぱなから『この国の未来が心配だ』とのお言葉をいただいていましたっけね。

 そんなに仕事が大事なら王太子妃になれとでも命令してみましょうか。
 
 彼女が承諾してくれれば非常に国益にかなう結果になるのだが、この国の将来のために王妃になってくれるつもりはないのだろうか。一番最初に『妃にしてくれなければ嫌だ』とも言っていたし、まったく興味がないわけでもないと思うのだが。

 どうも何かがおかしい。

 恋人の誘惑に耐えて、生真面目に純潔まで保っていられるくらい仕事が大事?
 ……それは本当に恋い焦がれていると言えるのか?
 本当に好きだったらそんな余裕もなくなるのでは?

 彼女は特別に不感症という訳でもない。むしろかなり快楽には弱い方だと感じた。
 あんなに脆いくせに最愛の相手と一緒にいて何も起きないというのもおかしい。

 相手の男も男だ。こんなにひたむきに慕ってくれる女性を前にして結婚の約束もしてやらないばかりか、抱いてもやらないというのはどういうことなのだろう。
 その男は本当に彼女を大切に思っているのだろうか。
 
 激しく恋い焦がれてはいるけれども、仕事を辞めて一緒になるほどではない相手。
 矛盾しすぎていてクァイツにはさっぱり想像もつかない。

 どんな相手なのかと聞くと、しつこすぎたのか、不機嫌になんでそんなことを聞くのかと怒られた。

 ――あなたに愛されている方は幸せだと思って。

 やっかみ半分でゆさぶりをかけてみたら、面白いぐらい反応した。
 可愛すぎる。確かにこの子は分かりやすい子だ。
 
 この純情きわまりない反応をする彼女が、好きな男と処女を傷つけない範囲で触れ合うくらいはしているのかもしれないと考えて、また毒のように臓腑が腐った。

 どうしてその相手は自分ではないのだろう。

 決まっている。異教徒の娘だからとか、越えられない身分差だとか、さまざまな言い訳で自分を守って何もしないできたからだ。

 いまさら後悔したって時間は巻き戻らない。



 会話を終えて、最後の力を振り絞って部屋に戻るころには、二度と立ち上がりたくないと思うほど気力が削がれていた。
 身体が拒絶するほど嫌なくせに、別れたばかりでもうまた会いにいきたいと思っている。
 嫌われていると再確認しにいくだけなのに、それでもやっぱり話がしてみたいと思ってしまう。

 焦りと不安で気持ちばかりが空回りする。
 片足を縫い留められて、時計の針のようにぐるぐる同じところを巡っている。

 もう彼女が好きだということしか考えられない。


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