王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第一部ダイジェスト】 王太子視点

王太子様の追憶 19 眠れない魔女と血まみれの謀略

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 翻訳作業は捗っているだろうか。
 様子を見にサフィージャの部屋に行くと、彼女はもう休んでいた。

「少しお加減が思わしくないようでいらっしゃって……」

 そら見たことかと思う。彼女は絶対に働きすぎだ。あんなに色々していたらダウンするに決まっている。
 しかもソルシエールたちの御神体の復旧まで手伝ってやっていたのだ。絶対にそれは筆頭魔女の仕事ではないと思っていたが、人がいいのか考えなしなのか。

「風邪でしょうか」
「お体にお障りはないようなのですが……お気持ちが塞いでいらっしゃるご様子なのでございます……」

 侍女が小声でひそひそと言う。

「昨晩も遅くまでお手紙をご覧になってましたから……」
「根を詰めすぎたんでしょうかね」

 全く彼女は無茶をする。

「きっと殿下がお声をかけてさしあげたほうがサフィージャ様もお喜びになりますわ」

 それから侍女はさらに声を落として、

「あの……差し出がましいようですが、あのお手紙は何なのでございますか? ここのところサフィージャ様はずっと眺めていらして……」
「大したものではありませんよ」
「……さようでございましたか……失礼を申し上げました……」

 侍女はどうにも腑に落ちないといった顔で応接間に下がっていった。

 それにしても、ことは思ったより深刻かもしれない。
 サフィージャのことは本人よりも侍女のほうがきちんと把握しているような節がある。その彼女がああまで心配するのだから、よほどである。

 そもそも司教たちにあれだけイビられていても夜は元気に活動していた彼女が閉じ籠るというのも何かの前触れかもしれない。

 あの手紙が何かなんて、クァイツが一番聞きたいのだ。

 たかが手紙ひとつで打ちのめされるなど、まったく彼女らしくもない。
 クァイツが何をしても、何を言っても、表面上はずっと平静を保っていたあの彼女が、目に見えて塞いでしまうほどのことが書いてあったのだろうか。

 エルドランの影響力とはそれほどまでのものなのだろうか。

 ベッドには天蓋がかかっていたが、隙間から蝋燭の光が漏れていた。
 彼女はどうやら起きているらしい。

 声をかけたが、無視されてしまった。おそらく天蓋を開けてくれるつもりはないだろう。
 天蓋を隔てた向こうに語りかける。

「手紙の翻訳作業、難航しているんですか? あまり急ぐことはありませんよ。分からないことがあったら聞いてくださいね。あなたはあまり人の話を聞かないから……」

「お前に言われとうないわ」

 きつい調子で反論されてしまった。
 随分元気そうだ。

 どういうことかと聞いたら、何でもないとその場で話を打ち切られてしまった。

 まただんまりだ。
 黙っていられてもこちらには何も分からないのに。

 何か悩んでることがあるなら話してほしい。何でも言ってくれて構わないのだ。
 ほとんどのことはクァイツがどうにかしてやれる。
 恋人との結婚だろうが王妃の座だろうが望むものを言ってくれたらいい。
 たったそれだけのことなのに、どうして彼女は頑なに心に秘めておこうとするのだろう。

「ひとりで出来ることには限界があるものですよ。どうもあなたは私が誰だか忘れがちのようですが、これでもこの国の王子です。私にだってあなたのお役に立てることはあるんですから、もう少し頼ってほしいですね」

 返事はない。

 余計なお世話だと思っている?
 王太子の手から恩着せがましく譲り渡されるのが嫌なのだろうか。
 見返りを求められるのが嫌?
 クァイツが彼女に求める見返りなどひとつしかない。

 クァイツは感情を抑えて、もう少しだけ声をかけてみることにした。

「……あなたの気落ちは手紙の内容が原因ですか?」

 エルドランによれば昔のお礼と、自分の秘密――教会への恨みと、サフィージャの野望に手を貸したい旨を書いたということだったが、それがそんなに衝撃的だったのだろうか。

 多少変人でも枢機卿は枢機卿。国王などよりも遥かに有力な協力者だ。
 聖職者の不正を糺す人事案であんなに喜んでいたのだから、今回だって諸手を挙げて喜びそうなものなのに。

 彼女の考えていることがいまひとつ読めない。

「あなたにとっていい報せだと思っていたんですが、少し衝撃が大きすぎましたかね。ともかく落ち着いたら感想をお聞きしますので、ゆっくり考えてください」

 最後まで彼女からの返事はなかった。

***

 彼女の本心が見えてこない。

 仕事のために恋人すら犠牲にしてみたかと思えば、素顔を出すのが怖くて仮面をつけてみたりする。
 結婚なんてしたくないと言いながら、未練を捨て切れない様子も見せる。

 筆頭魔女の地位が何より大事だと言いながら、部下を犠牲にすることはできない。
 肝心のところでいつも甘さを捨て切れなくて、使節団の来訪時も、王太子からまんまと書状だけ巻き上げて知らん顔、なんて卑怯な真似はしなかった。

 初め、手紙といわず面談といわず、何度も『早く結婚しろ』『仕事に私情を挟むな』と説教されていた頃はなんて冷酷な女性なのだろうと思っていたが――

 教会を激しく恨んでいると言いながら、いざエルドランから協力を申し出られてみると怖気づいてしまって、あの様子だ。

 彼女の野望を実現するために、大まかな絵図はもう書いてある。
 でも――彼女には受け入れられないかもしれない。

 これまで、彼女は強い女性なのだと思っていた。
 国のために私情を捨てられると言い切るほどの冷酷で強い女性だから、疫病撲滅の野望がどんな結末を引き起こすのかくらい予想できていると思っていた。でも、もしかしたら違うのかもしれない。

 そこまで大局的にものを見ていなかったのだとしたら?
 純粋すぎて子どもじみているとさえ言える、祈りにも似た願いが、その心の中にあるだけなのだとしたら。
 
 血塗られた歴史を自ら作り出そうとしているクァイツとエルドランの話にはついていけないかもしれない。

 あの彼女らしくない激しい気落ちの原因は、そのあたりにあるのではないか。

 彼女は弱いのだ。弱くて脆くて、すぐに傷だらけになってしまうから、それを隠すために仮面を被っている。

 黒死の魔女と恐れられるように、精一杯虚勢を張っている。

 彼女は王太子妃にも筆頭魔女にも向いてないのだ。
 優秀ではあるが、きっと病院で仕事をしているほうが合っている。

 それなら彼女は、こちらの謀など、永遠に知らないままの方がいい。

 隠し通せるのだろうか。

 ――次はつまらない小細工なんかするなよ。この黒死の魔女はそう簡単に負けてなどやらない。

 彼女にバレたら、きっとものすごく怒られるだろう。
 
 権力は煩わしいものだ。
 好きでもない狩りをやらされ、会いたくもない人間と面談をさせられて、心の通わない結婚まで強制される。
 自由のなさで言えば囚人よりもなお酷い。
 高みの玉座で顔も知らない人間の行く末を左右しろと言われても、身が入るはずもない。

 それでも、彼女を救い上げてやれるのも、この煩わしい、忌々しい権力だけなのだ。

 身の丈に合わない大きな願いを必死になって叶えようとしている彼女のために揮える力が自分の手中にあることを、クァイツは生まれて初めて感謝した。
 

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