68 / 115
【ゆるネタ番外編】 魔女の日常
番外編 宮廷魔女の日常 ~遊んでほしいにゃん~
しおりを挟む夕暮れ時、サフィージャが奥で作業をしていると、王太子どのが顔を出した。
「……今日はリオがいないんですね」
「ああ、お前が来ると思って、帰ってもらった」
するとクァイツは、単純なことに、ぱっとうれしそうな顔をした。
形のよい瞳を笑み崩れさせて、にやける口元にそっと手を添える。
はにかんだ笑顔があまりにも神々しかったので、サフィージャはしばらく見とれてしまった。
うむ、今日も王太子どのはお美しいな。
見ているだけで幸せになれる。
「……たまには私のことも気にかけてくださるんですね」
「たまにはってなんだ、たまにはって。お前が優先なのは当たり前だろう」
サフィージャが言うと、美貌の王太子どのはうれしそうに抱き寄せてきた。
最近はだいぶ慣れてきたものの、いきなりくっつかれると心臓に悪い。
真正面から抱きしめられて、色々な意味で窒息しそうになった。
「今日は、泊まっていってもいいですか?」
「……ああ」
ほっぺにほっぺをくっつけて、うりうりとすり寄せてくる。
お前は猫か。かわいいからやめろ。
彼は首筋にも顔をすり寄せて、そのままかぷりと噛みついた。
びくりとしたサフィージャに構わず、小さく出した舌でちろちろと舐めてくる。
く、くすぐったい。
肩をすくめてもがいたが、ますます強く抱きしめられただけだった。
「あ、ちょ、っと、まだ、からだを、洗ってないから、ちょっと、やめっ……」
「私は気にしませんが。……あなたの甘い香りがして、酔いそうです」
「嗅ぐな、ばか、へんたいっ……」
その時、突然隣の部屋がさわがしくなった。
「わあああん! サフィージャさまああああ! みーちゃんをたすけてえええええ!」
聞き覚えのある泣き声に、サフィージャはわれに返った。
「クー、ちょっと、いったん中止だ。パトロンさまがお見えになった」
「……どなたです?」
顔をあげたクァイツがおもいのほか凶悪な声を出したので、サフィージャはぞくりとした。
「い、いや、お前はここにいてくれ。顔を出したりするなよ、私の部屋にいるのが見つかったら困るだろ」
「……ええ。ところで、どなたです? 後学までに知りたいですね。ちょっとした参考までに」
教えたりしたら彼女の身が危なくなったりするパターンか、これ。
「あとで言うから……」
クァイツをなだめすかして、サフィージャは占い部屋のほうに戻った。
「サフィージャさまあああ!」
わんわん泣きじゃくっているのは幼い姫君であった。
さる名門貴族のご令嬢で、サフィージャは彼女の母親にとてもお世話になっている。
「久しぶりだな、どうした」
「みーちゃんがご病気なのおおおお! 治してええええ!」
……耳をつんざくような大声で泣かれて、サフィージャは頭がくわんくわんした。
「あー、どこが悪いんだ? 食べたものを吐いたりしたか?」
「みーちゃんちっとも動かないのー! たすけてあげてー!!」
大泣きする幼女の言い分をまとめるとこうである。
――最近のみーちゃんは元気がない。
丸くなったまま一歩も動かなくなってしまった。
ずっと前足をぺろぺろしている。
ごはんは食べるが最近痩せてきた。
このままではみーちゃんが死んでしまう。
悪いご病気を治してほしい。
これだけのことをヒアリングするのに三十分くらいかかった。
お菓子やら温かいお茶やらでなんとかなだめすかし、言って聞かせ、ようやくおさな姫はおとなしくなった。
「話は分かった。みーちゃんを見せてくれないか」
ぺいっと手渡された猫が暴れようとしたので、サフィージャは襟首をつかんで大人しくさせた。
なめすぎて赤くはれあがり、毛が抜けた前足をじっくりと観察する。
「……ああ、爪が。肉球に爪が食い込んでるんだな。かわいそうに、痛くて歩けなかったんだろう」
サフィージャは革の手袋と、はさみを取り出した。
暴れてもがく猫がガジガジと手袋をはめた手に噛みついてくるのを適当にいなして、ぱちり、と爪をカットする。
全部の爪を短くそろえ、肉球から切った爪を引き抜いて、炎症を抑える薬をぬってやると、猫はうそのようにおとなしくなった。
「これでもう痛くないはずだ。二、三日もすればまた歩けるようになるだろう」
「みーちゃん死んじゃわない? 大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。猫も年を取ってくると爪とぎをサボることがあってな。これからは定期的に爪切りをしてやったほうがいい」
外に出してやっていれば爪は自然と削れていくので、完全に室内で飼っている貴族の飼い猫特有の病気と言える。
「猫ちゃんの爪も切ったほうがいいの?」
「ああ、そうだ。こういうはさみがあると便利だな。今すぐは用意できないが、あとでそっちに送ってやろう」
「あ、あ、あ、ありがとうー! よかったねえ、みーちゃんー!」
うむ。よいことをしたあとは気持ちがいいものである。
満足しながら寝室に戻ると、クァイツがベッドにごろんと力なく横たわっていた。
びっくりした。死体かと思った。
「あなたは……私より仕事のほうが大事なんですね……」
そんな、泣き真似まで。子どもかっちゅうの。
手足を丸めてしくしくと泣く真似が地味にうっとうしい。
「……私も猫になりたいです……爪を切ってもらって、毛をカットしてもらって、ブラシをかけてもらって、日がな一日中あなたのひざでごろごろしていたいです……」
わー。くさった大人みたいなこと言い出したぞー。
子どもの泣き真似に見せかけて、思ったより発酵してたー。
最近リオトールがよく遊びに来ていて、あまり構ってやれていなかったし、そろそろ遊んでやらないといけないか。
「クーにゃん、遊んでほしいにゃん?」
くだらないことを言いつつぺたぺたと金髪をなでてやる。
「……いま、何か言いました?」
クァイツがとてもびっくりしている。
聞き返されて、さすがにサフィージャも恥ずかしくなった。
……にゃんはないわ。にゃんは。
何考えてんだ。ちょっと舞い上がりすぎた。
「いや、なんでも……」
恥ずかしくなって手を放そうとすると、その手首をつかまれた。
「あ、あ……遊んでほしいにゃん」
……いま、なんと。
え、今、王太子どのが何かおっしゃったようなんですけれども。
サフィージャがおどろいていると、クァイツはくそ恥ずかしそうに目を逸らした。
あとからだんだんじわじわ来ているようで、なめらかな白い頬があざやかな夕日の色に染まっていく。
……かわいい。
――その日はちょっとだけ念入りに構ってやった。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。