王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~遊んでほしいにゃん~

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 夕暮れ時、サフィージャが奥で作業をしていると、王太子どのが顔を出した。

「……今日はリオがいないんですね」
「ああ、お前が来ると思って、帰ってもらった」

 するとクァイツは、単純なことに、ぱっとうれしそうな顔をした。
 形のよい瞳を笑み崩れさせて、にやける口元にそっと手を添える。

 はにかんだ笑顔があまりにも神々しかったので、サフィージャはしばらく見とれてしまった。

 うむ、今日も王太子どのはお美しいな。
 見ているだけで幸せになれる。

「……たまには私のことも気にかけてくださるんですね」
「たまにはってなんだ、たまにはって。お前が優先なのは当たり前だろう」

 サフィージャが言うと、美貌の王太子どのはうれしそうに抱き寄せてきた。
 最近はだいぶ慣れてきたものの、いきなりくっつかれると心臓に悪い。
 真正面から抱きしめられて、色々な意味で窒息しそうになった。

「今日は、泊まっていってもいいですか?」
「……ああ」

 ほっぺにほっぺをくっつけて、うりうりとすり寄せてくる。
 お前は猫か。かわいいからやめろ。

 彼は首筋にも顔をすり寄せて、そのままかぷりと噛みついた。

 びくりとしたサフィージャに構わず、小さく出した舌でちろちろと舐めてくる。
 く、くすぐったい。
 肩をすくめてもがいたが、ますます強く抱きしめられただけだった。

「あ、ちょ、っと、まだ、からだを、洗ってないから、ちょっと、やめっ……」
「私は気にしませんが。……あなたの甘い香りがして、酔いそうです」
「嗅ぐな、ばか、へんたいっ……」

 その時、突然隣の部屋がさわがしくなった。

「わあああん! サフィージャさまああああ! みーちゃんをたすけてえええええ!」

 聞き覚えのある泣き声に、サフィージャはわれに返った。

「クー、ちょっと、いったん中止だ。パトロンさまがお見えになった」
「……どなたです?」

 顔をあげたクァイツがおもいのほか凶悪な声を出したので、サフィージャはぞくりとした。

「い、いや、お前はここにいてくれ。顔を出したりするなよ、私の部屋にいるのが見つかったら困るだろ」
「……ええ。ところで、どなたです? 後学までに知りたいですね。ちょっとした参考までに」

 教えたりしたら彼女の身が危なくなったりするパターンか、これ。

「あとで言うから……」

 クァイツをなだめすかして、サフィージャは占い部屋のほうに戻った。

「サフィージャさまあああ!」

 わんわん泣きじゃくっているのは幼い姫君であった。
 さる名門貴族のご令嬢で、サフィージャは彼女の母親にとてもお世話になっている。

「久しぶりだな、どうした」
「みーちゃんがご病気なのおおおお! 治してええええ!」

 ……耳をつんざくような大声で泣かれて、サフィージャは頭がくわんくわんした。

「あー、どこが悪いんだ? 食べたものを吐いたりしたか?」
「みーちゃんちっとも動かないのー! たすけてあげてー!!」

 大泣きする幼女の言い分をまとめるとこうである。

 ――最近のみーちゃんは元気がない。
 丸くなったまま一歩も動かなくなってしまった。
 ずっと前足をぺろぺろしている。
 ごはんは食べるが最近痩せてきた。
 このままではみーちゃんが死んでしまう。
 悪いご病気を治してほしい。

 これだけのことをヒアリングするのに三十分くらいかかった。
 お菓子やら温かいお茶やらでなんとかなだめすかし、言って聞かせ、ようやくおさな姫はおとなしくなった。

「話は分かった。みーちゃんを見せてくれないか」

 ぺいっと手渡された猫が暴れようとしたので、サフィージャは襟首をつかんで大人しくさせた。
 なめすぎて赤くはれあがり、毛が抜けた前足をじっくりと観察する。

「……ああ、爪が。肉球に爪が食い込んでるんだな。かわいそうに、痛くて歩けなかったんだろう」

 サフィージャは革の手袋と、はさみを取り出した。
 暴れてもがく猫がガジガジと手袋をはめた手に噛みついてくるのを適当にいなして、ぱちり、と爪をカットする。
 全部の爪を短くそろえ、肉球から切った爪を引き抜いて、炎症を抑える薬をぬってやると、猫はうそのようにおとなしくなった。

「これでもう痛くないはずだ。二、三日もすればまた歩けるようになるだろう」
「みーちゃん死んじゃわない? 大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ。猫も年を取ってくると爪とぎをサボることがあってな。これからは定期的に爪切りをしてやったほうがいい」

 外に出してやっていれば爪は自然と削れていくので、完全に室内で飼っている貴族の飼い猫特有の病気と言える。

「猫ちゃんの爪も切ったほうがいいの?」
「ああ、そうだ。こういうはさみがあると便利だな。今すぐは用意できないが、あとでそっちに送ってやろう」
「あ、あ、あ、ありがとうー! よかったねえ、みーちゃんー!」

 うむ。よいことをしたあとは気持ちがいいものである。

 満足しながら寝室に戻ると、クァイツがベッドにごろんと力なく横たわっていた。
 びっくりした。死体かと思った。

「あなたは……私より仕事のほうが大事なんですね……」

 そんな、泣き真似まで。子どもかっちゅうの。

 手足を丸めてしくしくと泣く真似が地味にうっとうしい。

「……私も猫になりたいです……爪を切ってもらって、毛をカットしてもらって、ブラシをかけてもらって、日がな一日中あなたのひざでごろごろしていたいです……」

 わー。くさった大人みたいなこと言い出したぞー。
 子どもの泣き真似に見せかけて、思ったより発酵してたー。

 最近リオトールがよく遊びに来ていて、あまり構ってやれていなかったし、そろそろ遊んでやらないといけないか。

「クーにゃん、遊んでほしいにゃん?」

 くだらないことを言いつつぺたぺたと金髪をなでてやる。

「……いま、何か言いました?」

 クァイツがとてもびっくりしている。
 聞き返されて、さすがにサフィージャも恥ずかしくなった。

 ……にゃんはないわ。にゃんは。
 何考えてんだ。ちょっと舞い上がりすぎた。

「いや、なんでも……」

 恥ずかしくなって手を放そうとすると、その手首をつかまれた。

「あ、あ……遊んでほしいにゃん」

 ……いま、なんと。
 え、今、王太子どのが何かおっしゃったようなんですけれども。

 サフィージャがおどろいていると、クァイツはくそ恥ずかしそうに目を逸らした。
 あとからだんだんじわじわ来ているようで、なめらかな白い頬があざやかな夕日の色に染まっていく。

 ……かわいい。

 ――その日はちょっとだけ念入りに構ってやった。

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