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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常
番外編 宮廷魔女の日常 ~枢機卿の優雅な一日~
しおりを挟む厩舎がしつらえてある庭に、サフィージャを含めた宮廷魔女が数人集っていた。
「きゃあっ、診察中の馬がいきなり暴れだしたわっ」
えらく説明的なセリフを皮切りに、一頭の暴れ馬が庭を駆け抜けていく。
「だっ、誰かっ、捕まえてー!」
「きゃあ、危ないっ!」
馬が全力疾走する先に、宮廷魔女がいた。
恐怖からか、とっさに動けず、立ちすくむソルシエール。
このままでは衝突する――かと思われた、その時。
その馬の背に、ひらりと飛び乗った人物がいた。
手綱を真横に引きしぼり、たくみなバランス感覚で馬の巨体ではありえないような急旋回をかける。
あんなに強く制動をかけたら馬が倒れてしまう。
サフィージャはソルシエールと馬と騎手と、三人が衝突する最悪の展開に備えて、思わず目をつぶった。
「……おけがはありませんか、お嬢さん」
しかしその場に響いたのは、低音の豊かな、男の美声だった。
荒くれの馬を操った余韻か、乱れた黒髪もそのままに、ソルシエールに向かって手を差し伸べる。
背の高い男に寄り添われながら立ち上がったソルシエールは、男の美貌を間近に眺めて、赤面した。
「あ、あの……ありがとうございます」
「ご無事でなによりですよ、美しいお嬢さん」
いまの衝撃でフードが脱げてしまった宮廷魔女の頬に、男はそっと手を伸ばした。
「ああ……すりむいてしまったようだね。すまない、私があと一瞬早ければ、こんなことには……」
「いっ、いいいいえ! わたくし助けていただいてなんとお礼を申し上げたらいいか!」
その場にいたソルシエールたちはサフィージャのところにさっと集まった。
「きゃあああ、か、か、かっこいいですわああ」
「美形ですわっ、美形っ」
「あの方はどなたですの!?」
「……エルドラン・ド・ゴ枢機卿猊下、ボルドー大司教、枢機卿団財務顧問……他にも肩書きがあったような気がするが忘れた」
サフィージャが言うと、ソルシエールたちは色めきたった。
「枢機卿ですの!?」
「枢機卿ってどのくらいおえらい方なんですの!?」
「ばかね、すごくえらいに決まってるじゃない!」
「うちの王宮にいらっしゃる司教さまとどっちがおえらいんですの?」
「枢機卿のほうがえらいわよ、何がえらいのかは分からないけどとにかくえらいのよ!」
「あのいけずな司教さまよりおえらいなんてすごいことですわ! ねえサフィージャさま!」
「ああ……」
サフィージャは頭痛がしてきた。
彼女たちは一応厳しい試験をくぐり抜けてきた才女たちなのであるが、まあ、学歴なんてそんなものである。お勉強ができてもかしこいとは限らない。かくいうサフィージャもしょっちゅうアホをやっている。
こちらに気づいた枢機卿が、馬の手綱を引いてやってくる。
「見事な手綱さばきだった、エルドランどの。まずは礼を言っておこう。暴れ馬の背に飛び乗るなど、熟練の騎士であってもそうできることではないぞ」
「もったいないお言葉です、わが麗しの魔女」
吟遊詩人が語る英雄のような立ち居振る舞いに、また悲鳴があがった。
「まだ宮廷におられる予定か、エルドランどの?」
彼は先日、教皇特使としてランスに来た。
それはいいのだが、なぜか王宮にやってきて、ずっと居ついているのである。
『あいつ何やってんだ?』とサフィージャが疑問をぶつけると、クァイツはさも嫌そうに『色々あるんですよ』と答えた。
いろいろってなんだ。
突っ込んで聞きたかったが、『そんなに彼のことが気になるんですか?』と嫉妬心丸出しで釘を刺されてしまい、なんとなく聞きそびれてしまった。
枢機卿はにこりと如才なくほほえんだ。
にやりと形容したほうがいいのかもしれないが、どことなく邪悪な感じのする笑みである。
ドキリとして引き込まれてしまうような、そんな色香があった。
ソルシエールたちはうしろできゃーきゃー言っている。
「ここはどうにも居心地がよくていけないね。いつまでもいたくなってしまう」
ずっといる、とも、まもなく出発する、とも答えない、あいまいな返答だった。
どうやら、なぜ王宮にいるのか、いつまでいるのか、彼の方でも明かす気はないらしい。
「ところで、サフィージャさまは占いをされているとか」
「ああ、まあ。部屋はいつも開けているが」
「それは重畳。私もいずれお伺いしようかと思っていたところですが、午後のご予定は?」
えっ。来るの。
どうなの。
サフィージャはすばやく王太子どのの予定を脳内で確認してみた。
あいつのことだから、途中でまたサフィージャの部屋にサボりに来る可能性がある。
枢機卿を部屋に入れた――となれば、向こう三日はすねそうだ。
「……しかし、いいのか? 神の恵みもゆたかな枢機卿猊下が、魔女のあやしき星見の術に頼ろうとは……」
「あなたがたの神は大いなる意志に背くものですが、あなたの魂はわれらが神を背くものではない。……というのは建前で、あなたとお話がしたいだけです、わがいとしの魔女」
いとしのとか言っちゃってるけど。
ソルシエールたちがうしろで何か言っている。サフィージャさまばっかりずるいとかなんとか。
「承知した。いつでも参られるがよい」
サフィージャが言うと、彼は慇懃に頭を下げた。
そして午後。
「ああー……わたくしサフィージャさまのお部屋って初めて拝見しますわぁ……」
「この奥ですのね。この奥がサフィージャさまと王太子さまの愛の巣ですのね」
「ここでいつも王太子さまと愛を交わしていらっしゃるのですわ!」
「わたくしなんだかドキドキしてまいりましたわ……」
「王太子さまってどんな風なのかしら……」
「それはもう王子殿下ですもの、夜も王子に決まってますわっ」
サフィージャはこのあたりで限界だと思った。
「お前ら、追い出されたくなかったら即刻口を閉じて、気持ち悪い発言をやめろ」
たしなめると、ソルシエールたちはぴたりと静まりかえった。
「でも、よろしいんですの? サフィージャさま。わたくしたちも猊下とのご歓談にお邪魔してしまって」
「いいんじゃないか? エルドランどのも若い娘が多いほうが楽しかろう」
そんな話をしていると、ちょうどエルドランがやってきた。
「やあ、これはにぎやかですね。お美しいお嬢さん方ばかりで、気遅れしてしまうな」
占いに来るとは言っていたが、何もふたりで会うとはサフィージャも約束していない。
占いがしたいだけなら、その道に詳しい魔女が何人いても問題ないはずだ。
これなら二人きりでもないし、まだ王太子どのにも納得してもらえるだろう。
「本日は何のご相談ですの?」
「わたくし占いならちょっとしたものなんですのよ。ぜひお名前とお住まいとお生まれになった年月日と好きな女性のタイプと……」
「とてもおモテになりそうですのね、猊下って!」
きゃーきゃーうるさいソルシエールたちの質問攻めにあっても、エルドランは困った様子もなく、ひとつひとつ答えていく。
「住居はいまのところ私の友であるクァイツに貸してもらっている。好きな女性のタイプか、難しいな。心の美しい女性にはやはり惹かれてしまうかな。病人に献身的に尽くすあなたがたソルシエールには、つい目がいってしまうね」
そんなことを言いながらサフィージャをじっと見つめてくる。
サフィージャは気恥ずかしくなって目を逸らした。
これだけ若い娘が周りにいて、魔女なら誰にでも当てはまるようなことを言われているのに、なぜか自分に直接語りかけられている気分になった。
いかんいかん。意識しすぎだ。
――この男、口がうまいな。
ソルシエールたちの矢継ぎ早の質問にも丁寧に答える様子が好印象であるばかりでなく、回答のひとつひとつに訴えかけてくるものがある。
王太子どのも相当人をたらしこむのがうまいと感じたが、彼はそれ以上だ。
気づけばソルシエールたちも骨抜きになっていた。
「猊下ってとても素敵な方なんですのね……」
「わたくし、王太子さまが一番の美形だと思っていましたけれど、猊下のほうが好きになってしまいそうですわ……」
「猊下のほうが男らしくていらっしゃいますわ……」
……うーん。ソルシエールたちを引っ張り込んだのは失敗だったかもしれない。
このままだと本当にたらし込まれてしまう娘が出かねないな。
と、そのとき、占い部屋の扉がまた開いた。
「おや。今日は満員ですね」
入ってきたのはおとぎ話の中から抜け出たような、神々しい美青年であった。
「エルドランも来ていたんですか」
和やかに、おっとりとほほえむ王太子どの。
ソルシエールたちがいるからか、いつもより数割増しで笑顔がさわやかだ。
「私のかわいいサフィージャが失礼をしていなければいいのですが」
クァイツはサフィージャの肩をうしろから抱いた。
びっくりしたのはサフィージャである。
やめろ、とか、はなせ、とか言って振り払うこともできなかった。
「まさか。失礼をしてしまったのは私の方だ。夢のような時間でしたよ、サフィージャさま」
いやいやいや、ふつうに座ってしゃべってただけですがな。
すごい意味深に聞こえるからやめてほしい。
見えないさや当てが束の間繰り出され、クァイツはわざとらしく見せつけるようにサフィージャの手の甲にキスをすると、これまた聞こえよがしに告げた。
「もうここを離れなければならないことが私の胸を引き裂きます。――また夜に、私のかわいい人」
ソルシエールたちの視線が痛い。
クァイツがわざとらしく優雅に出ていくと、ソルシエールたちは我慢していた悲鳴をあげた。
「……っくりしましたわ!!」
「聞きしにまさるご寵愛ぶりですのね!!」
「ははは……」
……ソルシエールたちを呼んだのは失敗だった。
これただサフィージャがいたたまれないだけのやつだった。
エルドランが何の用でサフィージャのところに来たのか。
それがクァイツのご訪問でうやむやになってしまったのが唯一の救いだった。
「また来ますよ、サフィージャさま。本日はごあいさつまで」
それが悔しまぎれの捨て台詞に聞こえたのは、サフィージャの考えすぎなのか。
枢機卿はソルシエールたちの心を華麗にわしづかみにして、訪問を終えた。
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