王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~筆頭魔女さまの優雅な一日~

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番外編 宮廷魔女の日常 ~筆頭魔女さまの優雅な一日~

 枢機卿がやってきた日の王太子どのは、見るからに様子がおかしかった。
 ほとんど何もしゃべらず、部屋に来るなりサフィージャをベッドに引きずり込んだ。

 行動の原因がなんとなく分かるだけにつっこめないサフィージャの、もの問いたげな視線を封じるように、目のところを手でふさぐ。

「どうかこのまま抱かれてください。あなたが確かに私のものだと実感しないと、私は、凍えて死んでしまいそうなのです」

 サフィージャのからだに馴染んだ指先が的確に弱いところに触れ、責め苛む。執拗なまでに時間をかけて炙られて、下腹部がどろどろに熱を持った。重い男のからだが重なり、甘くとろけた部分をみちりと奥まで満たしきる。

 かざされた手のひらのすき間から垣間見えた薄闇に、端麗な顔をどうしようもない焦燥で崩したクァイツの姿が透けて、サフィージャは胸をつかれた。そんな顔をしていてもクァイツは妖艶で、美しかった。もっとじっくり眺めてみたかったが、そう言えばまた嫌な思いをさせるだろうとも分かっていたので、サフィージャは目を閉じてひたすら与えられるやさしい快楽に集中した。

***

「サフィージャさまったら、今日はおしゃれさんですのね」

 朝礼で顔を合わせた下っ端の宮廷魔女がくすくす笑う。
 今日のサフィージャは服の胸に生花のコサージュを挿していた。

「……王太子どののご命令だ。一日つけていろということだ」

 サフィージャが言うと、宮廷魔女たちは含み笑いや悲鳴でざわざわとした。

「……なにかおかしいか?」
「サフィージャさまったら。お分かりになりませんの?」

 魔女のひとりが興奮したように高い声で言う。

「黄色の薔薇の花言葉は『嫉妬に狂う』ですわ」

 言われて始めてサフィージャはコサージュに込められた意味を理解した。
 トラップだったのか。気づかなかった。
 ちょっとした贈り物か何かかと思っていた。

 そういえば聞いたことがある。
 黄薔薇には嫉妬のほかに、友情や、薄れゆく愛情、といったような意味合いもあっただろうか。

「それをサフィージャさまにつけさせるなんて……サフィージャさま、いったい何をなさったんですの?」
「王太子さまったら焼きもちをやいておいでなのですわね。いけませんわ、サフィージャさま、恋は積極的に参りませんと」
「今夜は仲直りですわね!」
「わたくし協力いたしますわ! ちょっと変わった夜着などいかがかしら?」

 サフィージャは胸からコサージュを引き抜いた。

「あらいやだ、取ってしまわれますの?」
「ああ……」

 見た人見た人からツッコまれて冷やかされるなんて勘弁してほしい。
 はずかしすぎる。

 たぶんクァイツはこうなることを見越してコサージュを渡してきたのだろうが、サフィージャにはちょっと重すぎる罰だった。

 すでにもう平謝りして許してもらいたくなっている。
 今日顔を合わせたらそうしよう。

「王太子さま、きっとがっかりなさいますわ……」
「そうですわ、違うお花をお付けになったらいかがかしら?」

 誰かが言うと、わいわいがやがやと場が盛り上がった。

「赤い薔薇で作り直してしまえばよろしいのではなくて?」
「いいえ、もっと情熱的なやつがよろしいかとっ」

 あれよあれよという間に話がまとまり、どこやらから瞬く間に生花が調達された。
 サフィージャは新しいコサージュを魔女たちの手で勝手に留められた。

「ピンクのカーネーションの花言葉は『あなたを熱愛します』ですわっ」
「真紅の薔薇の花言葉は『あなたに恋い焦がれています』! これで王太子さまのごきげんもうるわしくおなりですわ!」

 サフィージャはただただ感心しっぱなしだった。

「……そうか、花ことばっていうのはそういう風に使えばいいものなんだな……お前たちが協力してくれなければ、私は一日気づけないままだった。礼を言う」
「そんな、お礼なんて……」
「よろしければどんな風に仲直りなさったのか今度聞かせてくださいましね!」
「そ、れは、ちょっと、遠慮したいが……」
「もうもう、サフィージャさまったら恥ずかしがり屋さん!」

***

「まあ、サフィージャさま、ごきげんよう。素敵なお花ですのね。なにかいいことがあって?」
「ええ、まあ……」

 そしてサフィージャは赤い花のコサージュの第二トラップの意味をしみじみ噛み締めていた。
 なにしろ、見た人見た人がしきりにニヤつきながら『どなたかに一目ぼれでもなさったの?』とかなんとか、あれこれ詮索してくるのだ。

 赤い薔薇の花言葉なんて有名すぎるくらいに有名なのだから、黄薔薇のコサージュから赤薔薇のコサージュになったところで冷やかされるのに変わりはないことぐらい簡単に想像ついただろうに、なぜいそいそと身に着けてしまったのか。

 あの場では感心するあまり、ついうっかりソルシエールたちの提案に乗っておけば万事うまくいくような気がしてしまったのだ。

 うかつだった。
 悔やんでも悔やみきれない。

 もうお部屋に帰りたい。
 いろんな人に笑われ、詮索され、サフィージャは泣きそうだった。

***

 両替橋を渡っている最中、サフィージャは枢機卿とばったり行きあった。

 大勢の従者にとりまかれた絹服の男が歩いていたので、かなり遠くからでもそれと分かったが、サフィージャは杖を軽く振ってあいさつをするにとどめた。

 が、エルドランのほうが追ってきた。

「おひとりですか、私の勇敢なる魔女さま」
「ああ。ちょっとな」
「どちらまで? お送りしましょう」
「いいや、別に、たいした距離じゃないんだ。橋を渡ったところにすぐ病院があるんだが、そこまでだ」
「しかし、あなたのように可憐な方をひとりで行かせるには忍びない」
「ははは、お気遣いはありがたいが、私を誰だと思っている?」
「もちろん……」

 エルドランは面白がるように、にこりと笑った。
 本人としては邪気のない友好の笑顔なのだろうが、どうしても悪徳の香りがしてしまうのは、非凡なる男ぶりのよさゆえか。

「この国の至宝ですよ、サフィージャさま」

 断りもなく手を伸ばし、武骨な男らしい指先で、デコルテにつけた赤薔薇のコサージュの花びらをなでる。
 ベルベットの表皮をなでるような、やわらかい手つきだった。

 直接胸に触られたわけでもないのに、サフィージャは全身が総毛だった。

「……失礼。あまりにも美しい花なので、盗んでみたくなりました」

 千切り取った赤い花弁を指先にひけらかしながら、まじめくさった顔で言うエルドラン。

「もういたしません。ご無礼お許しを」

 大げさに詫びられて、怒る意気をくじかれたサフィージャは、あいまいに『ああ』と答えた。

「……本当に、美しい花だ。私が自ら手折れなかったことが悔しくてならない」

 エルドランは大げさに薔薇の美しさを褒め称え、花びらを手のひらに握り込んだ。
 大切なものだとでも言いたげな手つきに、なぜかサフィージャは胸騒ぎがして、なおもついてこようとするエルドランを振り切り、さっさとその場を早足で離れた。


***


「サフィージャさん、それどうしたの?」

 部屋にかざってある黄薔薇のコサージュと、サフィージャが身に着けている赤薔薇のコサージュを交互に見比べながら、リオトールが問う。

「……王太子どのが、ちょっとな」
「へー。オカマのセンスってよくわかんないね。サフィージャさんならジギタリスとかのほうが似合いそう……いた、いたいって、暴力反対」

 サフィージャはリオトールの耳をひねりあげながら、しみじみとつぶやいた。

「黄薔薇の花言葉はな、『嫉妬』なんだそうだ」
「わー。ほんと、オカマみたいだね……いたいいたいいたいって」
「お前な、オカマはやめろとあれほど言ったろうが」
「だってデンカなんか可愛い女の子みたいな匂いすんじゃん! あれなんなの!? どきっとするからやめてほしいんだけど!」
「バカ野郎、ふつうに香水だろ! 宮廷人は男も女もみんな香水常用がマナーだ! お前も王宮に住むなら多少の常識ぐらい身に着けないとそのうち失言で殺されるぞ!?」
「う、うるさいなー、おれだってそのぐらい知ってるよ!」

 リオトールが吠える。

「でもおれだって面白くないし! あんなオカマのどこがいーわけって思うし!」

 感情任せに喚いてから、リオトールはハッとした。

「……なんて、うそ。びっくりした?」

 リオトールは不器用に、引きつり笑いを浮かべてみせる。

「……ごめんって。言い過ぎたよ。冗談だから。そんなに真面目に取らないでよ……」

 リオトールはもごもごと言いよどむと、ため息をついた。

「……ほんと、おれ、失言には気を付けたほうがいいね。サフィージャさんの言うとおり。だっせえ」

 リオトールはうなだれたまま、スツールから立ち上がった。

「ごめん。今日は帰る。またね、サフィージャさん」

 そしてサフィージャだけが取り残された。

 ……なんだったんだ、今のは。
 いきなり挙動不審になったかと思ったら帰っていった。
 わけが分からない。

 サフィージャはひたすら首をひねるしかなかった。

***

 夜に部屋を訪れたクァイツが、コサージュに目を留めた。

「お前のせいで、ひどい目にあった」

 サフィージャが思わず文句を言うと、クァイツは少し小気味よさそうにニヤついた。

「そうですか。さぞかし冷やかされたのでしょうね」
「まったくだ」
「それで、なぜ私のお願いを聞いてくださらなかったんです? 今朝は黄薔薇のものをさしあげたはずですが」
「……赤い薔薇のほうが、私の気分に合っていたからだ。花言葉を知っているか?」
「いいえ? なんでしたっけ。ぜひとも聞きたいですね。あなたの口から、直接」

 これは知ってるって顔だろうなあ。
 サフィージャは茶番を演じる気恥ずかしさに、しばらく黙った。

 美しい男に、甘くからかうような視線をじっと送られて、サフィージャはくらくらしてきた。

「サフィージャ。赤い薔薇の、花言葉は?」

 クァイツは腰に手を回し、至近距離でサフィージャの顔を持ち上げた。
 サフィージャは触れられた手の冷たさにぞくりとし、拒絶を許さない雰囲気にまたしびれた。
 この男に何かを強いられるのはいつだって甘美だ。

 興奮のせいか、赤く色づいた唇の動きに誘われるようにして、うっとりとサフィージャは答えた。

「……あなたに恋い焦がれています」




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