王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~弓が使えないんじゃないです、使わないんです!と殿下が主張するお話~

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 地下室で行う、毎朝恒例の宮廷魔女の集会で。

「昨日鷹狩りから戻ってまいりましたのでご報告いたします」

 従者役に選ばれたソルシエールが進み出てそう言った。

「狩り中は万事つつがなく。どなたもお怪我などなさいませんでしたし、矢毒の管理も規則どおりにいたしました。ジビエの衛生管理も基準をクリアしております」

 型どおりの報告を受けて、筆頭魔女はうなずいた。

「うむ、ご苦労。……して、エルドランどのは今回の参加が初めてということだったな。彼はどうだった」

 みんなが一番に聞きたいであろうところにサフィージャが水を向けると、ソルシエールはもったいぶって間を置いた。

 ――エルドランは鷹狩り期間中のミサを務めるという名目で連れていかれたらしい。
 行動はご友人である王太子さまとご一緒だったそうだ。
 弓の扱いはよく言ってほんのたしなみ程度、ぶっちゃけて言うとノーコンもいいところの王太子殿下のほほえましい狩りのご様子に、猊下は始終、苦笑いを浮かべていらっしゃったそうだ。

「あっでも、王太子さまったら、こんな大きな鹿を仕留められましたのよ。すごかったですわ」
「やめてやってくれ……不憫だ……」

 それもおそらくやらせであろう。
 毒か罠か、勢子の犬がさんざん追いつめたかで、身動きがとれない鹿を槍で一突きしたに違いない。
 サフィージャが思わず制止をかけると、その場にいたソルシエールたちも目頭をおさえた。

「王太子さま……」
「おいたわしいですわ……」

 そこいらの女性よりもよほど美しいあの中性的な美貌とスマートな言動に加えて、切なすぎる狩りの腕。
 その上彼の身分には誰も逆らえない。

 となるとその場がどうなるかというのは容易に想像がつく。
 飛び交うのは褒め殺し、皮肉、含み笑いの雨あられ。
 クァイツにとっては屈辱的な時間であったことだろう。

 そんな王太子殿下と行動をともにし、なにかと親しげにしている新参の男がいたとしたら、どうなるか。
 しかもエルドランはあの通りのしたたるようないい男なので、もうそこにいるだけで男性陣の恨みや反感を買っていた。
 しばらくすると、周りの貴族から、エルドランも狩りに参加するようすすめられたそうだ。

「エルドランさまの狩りの腕前に、貴族の皆さまも興味しんしんでいらしたのですわ。でもエルドランさまは聖職者ですから、殺生はできないとかたくなにおっしゃって、弓をお取りになりませんでしたの。……そうしたら口さがない貴族のおじさまがたがお騒ぎになって……」

 ――なるほど、貴殿はクァイツ殿下のご友人であったな。
 ――殿下、ご友人にどうぞひと言お命じくださらんか。あの鳥を落としてみせよ、と。
 ――よさぬかお前たち、おやさしい殿下がお困りになっているではないか。
 ――殿下は殺生を好まれませんからなあ。
 ――清らかなエルドランどのと気が合うわけですなあ。
 ――わはははは。

「……王太子さまは売り言葉に買い言葉と申しますか……かなりご気分を害されたご様子でした」

 クァイツはエルドランと何やら顔を見合わせ、うなずきかわしたらしい。

「弓自慢のディジョン公に、それなら勝負をしようとご提案になったのでございます」

 勝負はディジョン公とクァイツの弓でつける。
 同じ大木に五度、矢を射って、より高いところの枝に当てたほうが勝ち。
 角笛の合図と一緒に、同時に撃つ、ということでルールが決まった。

「みなさま、木の真下に移動なさいましたわ。高いところの梢に注目が集まるなか、エルドランさまはそっとその輪から抜け出して、わたくしたち使用人のチームのところまでいらっしゃったのでございます」

 ――クァイツが使っているのと同じ矢はどれかな。弓も借りたい。

 エルドランは巨大な弓を選ぶと、手近な木の陰に身をひそめた。

 一方、ディジョン公と王太子の勝負。
 合図とともに第一射が放たれる。当然クァイツの矢は当たらない。

 外れが続くたびに外野からヤジが飛ぶ。

 ――殿下、そろそろ本気を出されてはどうか。
 ――陛下も呆れ果てておいでのようですぞ。

 四射が終わったあと。
 これはもうだめだろうと周囲が思っているなかで、なぜかクァイツはのほほんとしている。
 唐突に、ふところからなにかを取り出したのだそうだ。

 ――……これはリーディングストーンといいまして、特殊なガラスでできています。本の上に置くと、文字が大きく見えるんです。

 クァイツが珍妙なガラス器具の実演をしてみせると、周囲は沸いた。

 ――便利な品ですが、殿下、いまは読書のお時間ではありませんぞ。

 くだらないことでもいちいち大げさに笑いたてる貴族たちには取り合わず、クァイツは丸いガラスに銀の縁取りをした不思議な装飾品を新たに取り出した。

 そしてそのガラスを、片目に装着したのだそうだ。

 ――これがあると遠くのものでもよく見えるようになるんですよ。
 ――弓の命中精度も桁違いに上がります。

 そしてにこりとほほえんでみせる。

 ――次は絶対に外しません。絶対に、です。

 そして五射目に向けてふたりが足並みをそろえて弓の構えを取ると、エルドランが動いた。

 誰もがはるか彼方にある木の枝に注目しており、うしろでエルドランが弓を取っていることには気づかない。
 彼は特殊な訓練なしではまともに引けないはずのロングボウをやすやすと引きしぼり――

 角笛の合図とともに打った。

「すごい音がしましたわ。ディジョン公が打った矢よりも何十オーヌ(メートル)も高いところにある枝をずばっと打ち抜いておしまいでしたの。そしたらなんとその大きな枝が降ってきたのでございます。あとはみなさま、蜂の巣をつっついたような大騒ぎで」

 ――そんな、まさか。
 ――あの王太子が。
 ――あの枝を打ち抜いただと。

 ざわめく貴族たちに、王太子どのはくすっ……と、美しくもあくどい笑みを浮かべ、こうおっしゃったそうだ。

 ――私が殺生を好まないたちでよかったですね。このガラスがあれば、どの的なりとも狙い放題なのですが……

 ディジョン公を狙い撃ちにするような動作を殿下が戯れになさると、貴族の連中は水を打ったように静まり返ったという。
 狩りの最中に余計な恨みを買って、遠くから闇討ちされたら怖いとでも思ったのだろう。

「そしてわたくしはエルドランさまのなさったことをそばで一部始終拝見してたのですけれども、エルドランさまはわたくしたち使用人の目があったことに気づくと……」

 エルドランは唇に手をあてて、『内緒にしておいてくれ』、と合図を送ったそうだ。

 ――私は聖職者だからね。殺生は禁じられているんだ。

 ソルシエールが語った内容に、サフィージャは思わずつぶやいた。

「……きざだな……」

 宮廷魔女たちは色めき立った。

「か、かっこいいではありませんの!」
「いやあ……だいたい、今の話だと枝を落としただけなんだろう? 別に殺生してなくないか、それ……」
「なにをおっしゃいますの! 王太子さまに花を持たせてご自分の功績はひけらかさないなんて、なかなかできることではありませんわ!」
「そうですわそうですわ! サフィージャさまの分からず屋!」

 もうすっかりアイドルだなー。
 サフィージャは違う方向に感心した。

 この短期間にソルシエールたちのハートを鷲掴みにするとは。
 エルドラン、おそろしい男である。


 ――朝礼は大盛り上がりで終了した。

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