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【第二部ダイジェスト】王太子視点
13 こういうときはとてもかわいい (入市式~天国に行くために)
しおりを挟む旅程の最後に、サフィージャからお達しがあった。
聖堂の中では話しかけてくるな、という。
世間一般の魔女はよく男をたぶらかしたかどで審問にかけられているが、そのあたりが心配らしい。
敵地のど真ん中で、王太子が異教徒の女性といちゃつくのはやっぱりよくないとのことだった。
ランスの滞在は少し長くかかるだろう。
一か月程度で終わればいいが、その間ろくに会話もできないなんて、一緒に来た意味がない。
話を聞かされただけでもう寂しくて心が折れそうなクァイツと違い、サフィージャは平気そうだった。
もう少し惜しんでくれてもいいような気がするのだが、これも照れ隠しなのだろうか。
それとも大してダメージなど受けてないのだろうか。
やっぱりそれほど好かれていないのではないか。
深く考えると身動きが取れなくなりそうなので、そのあたりで思考を中断した。
まだこれからだ。
クァイツの存在が、彼女の中でそんなに大きくないというのなら、これから大きくしていけばいいだけのこと。
でも、どうすれば彼女の気が引けるのだろう。
思いつく限りのことはしているつもりなのに、いっこうにはかばかしくない。
クァイツは彼女と一緒にいるのが楽しいし、それだけで無条件に気分がよくなる。
笑った顔が見たいし、とにかくもっと喜んでほしい。
でも、彼女はそうではないのだろうか。
どうでもいいと思われるのが一番つらい。
嫌われている間は、まだ彼女の意識がこちらに向いているということ。
クァイツについて考えてくれる余地があるのなら、それをきっかけにして話し合いだって生まれるだろう。
でも、はじめから気にも留めてもらえないのでは、どんなに手を尽くしたって無意味だ。
***
ランスに到着し、式典が開かれた。
サフィージャによると、魔女は建物の裏手や窓から出入りしないといけない決まりらしい。
式典の行進のさなか、裏手に向かう彼女と別れて、正面からまずは本陣に入った。
一般庶民がふだんの憩いにつかっている公共スペースを通り抜け、間仕切りから奥に入る。
この先の内陣や後陣が、聖堂関係者たちのスペースだ。
内陣には司教座の聖職者が全員そろっていた。
それにしても巨大な聖堂だ。
もともと聖堂や礼拝堂というのは、その周辺に住む人間がまるまるすっぽり収容できるように造られている。このクラスの聖堂だといったい何人入るのだろう。ちょっと試してみたい。ランス市の人間が全員聖堂に避難してくる状況といえば、やはり戦争だろうか。
物騒なことを考えていると、サフィージャが血相を変えて入場してきた。
説教壇に立った彼女は、大声を張り上げた。
「裏庭の死体は何の真似だ。娘のもののようだったが」
聖職者たちは笑いながら、死体は魔女のものだと言った。
慣習的に言って、罪人の死体は野ざらしにする決まりだ。
それはどの都市でも、どの村でも変わらない。
男を惑わせた魔女の死体を吊しておくのは、さて、何のためか?
「若き仔羊ほど魔女に惑わされやすい。殿下もお気をつけを」
――お前たちの関係を知っているぞ。
吊されたくなければ大人しくしていろ。
言外のおどしに、サフィージャは嘲笑で返した。
「気に入らない人間を街ごと死病で葬るには、死体を苗床とするのが手っ取り早い。私のための供物を用意しておいてくれるとは、親切なことだ」
恐怖の魔女。
またの名を『疫病の魔女』。
「明日よりそなたらは健康により一層注意を払われるがいい。皮膚に異常な斑点が現れたら遠慮なく私のところに来るといいぞ。私の気に入るように振る舞う知恵のある男なら、あるいは長生きできるかもしれん」
都市を疫病から救ったとも――その逆に虐殺を行ったともうわさされるサフィージャのおどし返しに、聖職者たちは不愉快な笑い声を消した。
サフィージャはなおもいくつか聖職者と言い争っていたが、結局相手を言い負かして、裏口にあった死体を降ろさせることに成功した。
埋葬用の棺桶に、清めた死体を収納する。
腐乱死体にためらわず触れる彼女を見て、聖職者たちは眉をひそめ、口々に陰口をたたいたが、どれもただの負け惜しみだった。
サフィージャは最後まで毅然とした態度でいつづけた。
十歳、二十歳、あるいはそれ以上も年上の、反抗的な聖職者たちにも傲然と命じ、有無を言わさず従わせる。命令することに慣れた者の、甘えを許さない雰囲気は、とても彼女がか弱い女性だとは思えないほどだ。
堂の入った偉そうな態度はさすがというべきか。音に聞こえた黒死の魔女どのの面目躍如だ。
格好よかった。ちょっと惚れ直した。
しかしクァイツはそれを間近で見ていながら、何の手助けもできなかった。
世俗権力の筆頭である自分に、聖職者のルールに介入するだけの力はない。
聖堂に来た以上、彼の出る幕はなかった。
***
仕事においては申し分なく優秀な魔女どのではあるが、クァイツは彼女が見た目通りの怖い女性ではないことを知っている。
あまりといえばあまりの聖職者たちの嫌がらせ。
見かねたクァイツが、辛いのなら自分がまとめて彼らを粛清することもできると言うと、彼女は驚いていたようだった。
「そんな大事なことをどうして黙っていたんだ」
言えなかった。
すでに身柄を拘束中のベネドットから引き出した、ランス司教座の聖職者たちの醜聞は、とても彼女に聞かせられるようなものではなかった。
「もう幕を引いてしまいたいですか?」
クァイツが問いかけると、彼女はまだこれからだ、と笑った。
強がりなのは明らかだったが、みえみえの虚勢を張るところも愛嬌があっていい。
愛しく思いながら頬にキスをすると、彼女はぽうっと茹だった顔でこちらを見上げた。
瞬間的に、まずい、と思った。
その顔は反則だ。
いちゃいちゃを開始して、そろそろ本格的に攻めてもよさそうな頃合いに見せる、甘く蕩けた顔だった。
触りたい、抱きしめたい。
きっと彼女も嫌とは言わないだろう。
……でも。
断腸の思いでその場をあとにした。
まだ初日だ。
あまり接触するなと言われたその翌日にこれでは信用もガタ落ちだろう。
でも。
もったいない。めったにない機会なのに。
ああいうときのサフィージャはすごくかわいいのだと、もう知ってしまっている。
後悔と自制心のせめぎあいでもんもんとしながら部屋に戻った。
「……ああぁ……!」
ついたその場で床に崩れ落ちて、のたうちまわっていると、ザナスタンがうろたえた声を出した。
「……で……殿下……?」
「すみません。放っておいてください。もう結構です。下がってください。明日の朝まで来なくていいです」
「しかし、具合がお悪いのでしたら、医者に……」
「本当になんでもないです。心配してくれてありがとうございます」
「心配は別にしておりませんが……殿下にもしものことがあると、私の命があやういので、ここはぜひ医者に……」
「いやだな。そのときはいさぎよく殉職してください」
「絶対にお断りです。でも意外と元気そうですね」
「ですから何でもないと言っています」
「しかし……私は殿下が八歳のみぎりよりお仕えしておりますが、床に転げまわるところは初めてお目にかかったものですから……」
「人間はどうにもならないことがあると衝動が意志の力に打ち勝つものです」
「含蓄のあるお言葉でございますな」
「突然なんですか。今本音をのみこんだでしょう。本当はどう思いましたか」
「床でかっこつけられても痛いです」
「私が死ぬときはできる限りあなたに責任が行くようにしようと今かたく誓いました」
「お許しください殿下! 本当にやめてください! 深夜に連れ出すのもやめてください! 私だって早く休みたいんですよ!」
――ザナスタンと会話をしていたらせっかくの気分も台無しになった。
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