107 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点
27 牢屋で (審問前夜1・2)
しおりを挟む看守に金貨を握らせて黙らせ、地下を降りていく。
真っ暗な牢の中でひとりぽつねんと佇むサフィージャを、掲げた手燭の奥のほうにぼんやりと透かし見て、胸が痛くなった。
こんなところに半日近くも閉じ込めてしまった。
きっと寒かっただろう、心細かっただろう、恐ろしかっただろう。
同時に怒りもこみあげた。
どうしてよりによってサフィージャは自白などしたのだろう。最大の悪手だと彼女自身が一番よく分かっているはずなのに。
警吏は集めたが、すぐに動かせるわけではない。
まだここにいてもらわなければならないことを謝ると、彼女はおだやかに言った。
「私が自分で招いたことだ。お前が気に病むことなんてない」
自信過剰で生意気な彼女らしいセリフだった。
自分ひとりで何でも片付けられると信じている者の諦観の仕方だった。
どうして、とクァイツは思う。
どうしてもっと頼りにしてくれないのだろう。
こんなことはもう嫌だと、お願いだ、助けてくれと、素直に言ってくれればいいのに。
分かっている。それもみんな自分がふがいないせいだ。
彼女は王宮からの救援が期待できないと判断して、彼女の裁量でやれることを精一杯やったに過ぎない。クァイツがもう少し彼女に信頼されていれば、こんな風に事態が悪化することはなかった。
もっと信頼してもらえるように働きかけるべきだった。
さもなければ最初から聖堂になんて連れてこなければよかった。
ああすればよかった、こうすればよかった。
さまざまな後悔だけがぐるぐると巡る。
「……ごめん、私、がっかりさせてしまったよね」
サフィージャはあくまでも自分の不手際を気にしている様子で、謝りながら涙をこぼした。
これには参った。泣かせたいわけでも、責めたいわけでもなかったのに、どうしても彼女には伝わらない。
彼女がこれほど重荷に感じる前になんとかしてあげるのがクァイツの役割だったはずなのに、何もできないまま彼女を追いつめてしまった。
もっと頼ってほしいし、甘えてほしい。
なのにそれだけの力がなくて、彼女に遠慮させてしまっている。思いつめさせてしまっている。
行きずりの他人のために自分を犠牲にしてしまうサフィージャは、愚かだと思う。
でも、そういう彼女だからこそ愛しいのだ。
人のために尽くしてばかりいる彼女だから、かばってあげたい、守ってあげたいと思ってしまう。
「言い訳をさせてもらうなら、何の考えもなく捕まったわけじゃないんだ。まだ勝てそうな材料には心当たりがある」
彼女は平静を装って言った。
そんなに涙を流しながら、まだ強がりを言えるなんて、本当に気の強い娘だ。
彼女が独自に探っていた、教会の帳簿の不正をいくらか突き止めたこと。
そのもみ消しでリオトールが処分されかかっていたこと。
その事実を暴露すれば、ロベルテを窮地に陥れることができると彼女は語った。
本当はもっと大きなネタをつかむまで粘りたかったと彼女は言う。
『準備不足だが、それでもお前に託せるか?』
任せてくれと答えたそのとき、エルドランが遅れて姿を現した。
黙って話を聞いているエルドランを横目に、サフィージャとふたりで明日の作戦を話し合った。
帳簿の不正を暴くならば証拠となるものを押収する必要がある。
ついでにその中身を商人頭のジャンや市参事会の面子など、とにかく帳簿に強い人間に総ざらいさせて、ほかにも使えそうなネタがないか探してみることになった。
話を最後まで聞き終えてから、エルドランは「無駄だろうね」とコメントした。
異端審問官はもともと教皇直属で、特殊な権限を持たされており、司教だろうが枢機卿だろうが誰でも審問にかけて裁く権利を持っている。
審問官を止めることはできないと冷ややかに言い、いっそサフィージャとよく似た娘を手配して、入れ替えてしまえばいいと提案した。
疫病わずらいの娘の中には、人生に絶望して、いつ命を絶ってもいいと思い詰めている者もいる。自殺が宗教禁忌だから、かろうじて生きているような娘たちだ。その娘に死後の祈祷――あの莫大な金銭がかかる『永遠のミサ』を約束してやれば、喜んで犠牲になるという娘も出てくるはずだ。
その者を替え玉にして、サフィージャには別人の名前と人生を用意してあげよう、と。
ふざけるな、とクァイツは言いたかったが、さりとてほかに代案もなく、明日の審問で暴く帳簿の不正にすべてを賭けることにして、いったん解散した。
0
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。