王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第二部ダイジェスト】王太子視点

27 牢屋で (審問前夜1・2)

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 看守に金貨を握らせて黙らせ、地下を降りていく。

 真っ暗な牢の中でひとりぽつねんと佇むサフィージャを、掲げた手燭の奥のほうにぼんやりと透かし見て、胸が痛くなった。
 こんなところに半日近くも閉じ込めてしまった。
 きっと寒かっただろう、心細かっただろう、恐ろしかっただろう。

 同時に怒りもこみあげた。
 どうしてよりによってサフィージャは自白などしたのだろう。最大の悪手だと彼女自身が一番よく分かっているはずなのに。

 警吏は集めたが、すぐに動かせるわけではない。
 まだここにいてもらわなければならないことを謝ると、彼女はおだやかに言った。

「私が自分で招いたことだ。お前が気に病むことなんてない」

 自信過剰で生意気な彼女らしいセリフだった。
 自分ひとりで何でも片付けられると信じている者の諦観の仕方だった。

 どうして、とクァイツは思う。
 どうしてもっと頼りにしてくれないのだろう。
 こんなことはもう嫌だと、お願いだ、助けてくれと、素直に言ってくれればいいのに。

 分かっている。それもみんな自分がふがいないせいだ。
 彼女は王宮からの救援が期待できないと判断して、彼女の裁量でやれることを精一杯やったに過ぎない。クァイツがもう少し彼女に信頼されていれば、こんな風に事態が悪化することはなかった。

 もっと信頼してもらえるように働きかけるべきだった。
 さもなければ最初から聖堂になんて連れてこなければよかった。

 ああすればよかった、こうすればよかった。
 さまざまな後悔だけがぐるぐると巡る。

「……ごめん、私、がっかりさせてしまったよね」

 サフィージャはあくまでも自分の不手際を気にしている様子で、謝りながら涙をこぼした。
 これには参った。泣かせたいわけでも、責めたいわけでもなかったのに、どうしても彼女には伝わらない。
 彼女がこれほど重荷に感じる前になんとかしてあげるのがクァイツの役割だったはずなのに、何もできないまま彼女を追いつめてしまった。

 もっと頼ってほしいし、甘えてほしい。
 なのにそれだけの力がなくて、彼女に遠慮させてしまっている。思いつめさせてしまっている。

 行きずりの他人のために自分を犠牲にしてしまうサフィージャは、愚かだと思う。
 でも、そういう彼女だからこそ愛しいのだ。
 人のために尽くしてばかりいる彼女だから、かばってあげたい、守ってあげたいと思ってしまう。

「言い訳をさせてもらうなら、何の考えもなく捕まったわけじゃないんだ。まだ勝てそうな材料には心当たりがある」

 彼女は平静を装って言った。
 そんなに涙を流しながら、まだ強がりを言えるなんて、本当に気の強い娘だ。

 彼女が独自に探っていた、教会の帳簿の不正をいくらか突き止めたこと。
 そのもみ消しでリオトールが処分されかかっていたこと。
 その事実を暴露すれば、ロベルテを窮地に陥れることができると彼女は語った。

 本当はもっと大きなネタをつかむまで粘りたかったと彼女は言う。

『準備不足だが、それでもお前に託せるか?』

 任せてくれと答えたそのとき、エルドランが遅れて姿を現した。

 黙って話を聞いているエルドランを横目に、サフィージャとふたりで明日の作戦を話し合った。
 帳簿の不正を暴くならば証拠となるものを押収する必要がある。
 ついでにその中身を商人頭のジャンや市参事会の面子など、とにかく帳簿に強い人間に総ざらいさせて、ほかにも使えそうなネタがないか探してみることになった。

 話を最後まで聞き終えてから、エルドランは「無駄だろうね」とコメントした。
 異端審問官はもともと教皇直属で、特殊な権限を持たされており、司教だろうが枢機卿だろうが誰でも審問にかけて裁く権利を持っている。

 審問官を止めることはできないと冷ややかに言い、いっそサフィージャとよく似た娘を手配して、入れ替えてしまえばいいと提案した。

 疫病わずらいの娘の中には、人生に絶望して、いつ命を絶ってもいいと思い詰めている者もいる。自殺が宗教禁忌だから、かろうじて生きているような娘たちだ。その娘に死後の祈祷――あの莫大な金銭がかかる『永遠のミサ』を約束してやれば、喜んで犠牲になるという娘も出てくるはずだ。
 その者を替え玉にして、サフィージャには別人の名前と人生を用意してあげよう、と。

 ふざけるな、とクァイツは言いたかったが、さりとてほかに代案もなく、明日の審問で暴く帳簿の不正にすべてを賭けることにして、いったん解散した。
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