簡単に婚約破棄できると思わないで下さい

nanao

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エリーヌの企み

18アムスン男爵

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 アムスン男爵家の領主館は、地方貴族にしてはこじんまりとしていた。
 パーティや会合を行うような大広間は別棟にあるらしく、主屋は家族とちょっとしたお客さまをもてなすプライベートな空間といった作りになっていた。
 その分一つ一つの部屋がゆったりと寛げる造りになっており、二人が通された応接室も趣味のいい家具の配置された居心地のいい空間になっていた。

「この度は、娘が大変失礼な真似をし、申し訳ありませんでした」

 その居心地の良さそうな空間の中心で、館の主であるアムスン男爵は深々と頭を下げた。

「謝罪は不要です。決闘で解決した事です。それに学生同士の些細な喧嘩に一つ一つ謝罪を求めていては、学園生活など送れませんわ」

 男爵の対面に座ったエリーヌは、館の主の前で、主より堂々とした態度でそうのたまった。



 アムスン男爵家の領主館に着いた二人は、すぐに応接室へと通された。

 ルゼッタ公爵令嬢の来訪はきちんと通達されていたらしく、使用人一同が玄関ホールに勢ぞろいして客を出迎えた。
 そういった扱いに慣れている二人は長旅の荷物を使用人に預け、メイドの案内で応接室へと向かった。
 どの使用人も硬い表情ながら必死でエリーヌを歓待しようとしているので、クラウスは罪悪感を覚えたほどだ。
 エリーヌにやはり作戦を取りやめないかと目配せしたが、無視された。

 応接室に着くと、硬い表情をしたアムスン男爵が、ぎこちない態度でエリーヌを出迎えた。男爵の後ろに控えていた執事がクラウスを見て目を見張ったが、エリーヌが目配せすると彼は賢く口を噤んだ。

 男爵の謝罪に対して、エリーヌは謝罪は不要とはっきり断った。しかしと食いさがる男爵に、試しているわけではないと重ねて説明すると、エリーヌの来訪が不始末に対するものではないと悟った男爵は、硬い表情ながらもホッとした様子を見せた。

 クラウスもホッとした。
 ここで謝罪合戦が続きそれが拗れていけば、そもそもの目的が果たせない。

 心の余裕が出来た男爵は、やっと客人の対面に座った。

 どうなる事かと冷や冷やしていた使用人達も動き出し、古参のメイドが流れるような仕草で客人の前にお茶を出す。

「では何故このような田舎にいらしたのですか」

 謝罪が不要であるなら、中央の大貴族である公爵令嬢が田舎貴族に会いに来るはずがない。

 凶事に備え硬い表情を浮かべたままの男爵に、エリーヌは頷いて見せた。

「リリアナ様は、お元気ですか」

「…はい。いまは修道院へ行く準備をさせています」

「彼女に会わせていただきたいのです」

 男爵は息を呑んだ。

「誤解なさらないで下さい。用があるのはわたくしではありません。こちらのクラウス殿下が彼女に話があると」

 男爵は不思議そうな顔をした。「殿下?」と呟きエリーヌの隣に座っている人物がいることに気づき、ひっ、と息を呑む。

 館の主は真っ青になって立ち上がり、再び深く頭を下げた。

「この度は、娘がとんでもない事を」

「謝罪は不要だ。男爵」

「しかし!」

「私は彼女に謝りに来たのだ。ご令嬢をこんな事に巻き込んでしまいすまない」

 男爵は酢を飲んだような顔をした。
 謝られるとは思ってもいなかったのだろう。

 王族というのは国を束ねる頭だが、田舎貴族にとっては身近な存在ではない。
 田舎貴族というのは税をきちんと納め、戦争に従軍すれば一生王族に会う事はない、同じ国に居ても違う世界の生き物なのだ。

 男爵は娘と同じように、若い頃を王都にある学園で過ごした事があるし、領主という立場上何度か中央に行った事もあるので多少は中央の事情も分かっているが、それでも彼らの存在を煙たいと思うことはあっても有難いと思うことはない。

 田舎貴族というのは、王族に対する忠誠心が薄い生き物なのだ。
 外敵が攻めてくれば一丸となって戦い、勝ち戦には共に勝鬨をあげる。
 よその人間に自国の王族を褒められれば誇らしい気持ちにもなる。

 だが中央に繋がりが欲しいと思う一部の貴族を除いて、田舎貴族にとっての王族とは遠くでニコニコと微笑んで手を振っていてくれればいい、遠い存在なので、個人的に関わりたいとは思わない。
 むしろ来ないで欲しいし、こんな不祥事絡みの関係など、全力で遠慮したい。

 しかし王族が偉い人であることは確かだ。

「いえ。全て、娘の浅はかさが招いたことです」

 男爵は沈痛な表情で目を伏せた。

 そうは言っても、王子に対して複雑な思いはあるのだろう。
 硬い顔ながらも平静を保とうと、男爵は大きく深呼吸した。

「娘には、お二人の事を話しておりません。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「勿論だ。不躾に押しかけたこちらが悪いのだ」

 鷹揚に頷く王子に詫びを入れ、男爵は娘を呼びにいった。



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