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第2章
1.支え、支えられ
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『なぁ、ユキちゃん。大きくなったら、ほんまにボクのお嫁さんになってくれるん?』
花を摘むのに夢中になっているわたしに、ソウが声をかける。
その声に振り向いた拍子に、小さな手に握りしめていた花が数本零れ落ちる。それを拾いながら、ソウが返事を催促するようにじっとわたしの目を見つめた。
『うん、なるってばぁ。どうして何回も聞くの?』
『だってユキちゃん、よく分かってなさそうやし』
『分かってるもん! そうちゃんのお嫁さんになったら、毎日一緒に遊べるんでしょう?』
『うーん、なんやちゃうけど……まあええわ。約束やで?』
そう言って、拾い上げた数本の白い花をわたしの手に握らせてくれた。幼いわたしの頭には、ソウが作ってくれた花冠がちょこんと乗っかっている。
『そうちゃん、大好き!』
『ボクも、ユキちゃんのこと大好きやで』
はにかんだわたしの頬に、ソウが優しく口づける。お返しに、と背伸びをしてソウの頬にもちゅっと口づけると、ソウは何とも言えない顔をした。
『えへへ、ちゅうしちゃったね! ……そうちゃん、どうしたの?』
『……いや。こうやってボクとちゅうしたん、父上には内緒やで』
『なんで?』
『なんでもや。二人だけの秘密、な』
*
揺れる馬車の中で、どうやら眠っていたらしい。
久しぶりに、幼い頃の夢を見た。以前のわたしだったら、楽しかった頃の夢から現実に引き戻される瞬間に絶望を感じていた。でも今は、夢で感じた温もりをすぐ隣に感じることができる。
「ユキちゃん、起きたん? もうすぐ着くで」
「え……あれ? どこに向かってるの?」
寝起きの目を擦りながら馬車の外を見ると、カトライア城へ帰る道とは違っていた。でもどこか馴染みのある、見慣れた風景だ。
「ちょっと寄り道。せっかくやから、今のノースをユキちゃんに見したろと思て」
驚いて、もう一度窓の外を見る。よく見ると、どうやらノースで一番の繁華街を通っているらしい。
個人商店が立ち並ぶこの一帯は、わたしもよく足を踏み入れた場所だ。お昼時ということもあってか辺りは人で賑わっていて、心なしか前よりも行きかう人々が多いように思える。
「降りてみる?」
「えっ……いいの?」
「もちろん。ユキちゃんの故郷やで?」
熱心に外の様子を見ていたせいか、ソウが笑いながら馭者に声をかけて馬車を止めてくれた。
ソウに手を引かれて馬車を降りると、それまでにこやかに買い物を楽しんでいた人々が足を止めてこちらを見る。仕事中であろう、店に立っていた人までもがこちらに気付いて動きを止めた。
決闘の後、一つの国になってからこうして国民のすぐ傍に立つのは初めてである。
一気に集まった視線に緊張する。国民は、決闘に負けたわたしのことを受け入れてくれるのだろうか。
「あー、姫様だぁ!」
懐かしい呼び名で急に声をかけられ、慌てて振り向くと、そこには小さな男の子がいた。お使いの途中なのか、買い物かごを抱えながら嬉しそうに話しかけてくる。
「ねえ姫様、ぼくのこと覚えてる? 前、ぼくこのへんで転んで泣いてたら、姫様が助けてくれたんだよ! それから、手ぇつないで一緒におうちまで帰ったんだ!」
「あ……もしかして、あの時の……?」
その子が話した出来事には覚えがある。父が病に倒れる前、一緒に視察にきた際に出会った男の子だ。その頃よりも一回りも二回りも背が大きくなっているが、確かに家まで送り届けたことがあった。
大きくなったんだね、と屈んでその子の頭を撫でていると、その様子を黙って見守っていた大人たちも口々に声をかけてきた。
「姫様……じゃなかった、陛下! お元気そうで……!」
「やだあんた、今はもう王妃殿下だよ!」
「王妃殿下、もう出歩いて大丈夫なんですか? 怪我の具合は……」
「殿下、俺はサウスから買い物に来たんです! サウスでも、みんな殿下のこと心配してたんですよ」
一斉に話しかけられて混乱していると、すぐ傍の雑貨屋から出てきた恰幅のいい女性がそれをいなした。
「そんないっぺんに話されたって訳分かんないよ! ねえ、姫様?」
そう言って笑いかけてくれたその女性にも見覚えがあった。昔からノース城に、備品など細々としたものを時々配達してくれていた女性だ。城の中で退屈そうにしていたわたしに、「内緒だよ」と言って玩具をくれたこともあった。
「あっ……お久しぶりです! ごめんなさい、すぐに気付かなくて」
「いいんだよ、私だって年取ったからね! それより、元気にしてたのかい? お父上が亡くなられてから、大変だったねえ」
「おばちゃん、王妃殿下だってば」
「私にとって姫様はずっと姫様なんだよ! それにこんな可愛い子に、『王妃殿下』なんて堅苦しい呼び名は似合わないよ。姫様の方が可愛いじゃないか」
ぽんぽん、と昔のように頭を撫でられる。その懐かしい感覚に、緊張で強張っていた顔が思わず笑顔になった。
そうして集まってきた人々と話していると、くいっと服の裾を引っ張られる感覚がする。そちらの方を見ると、一番に話しかけてきてくれた男の子がなんだか不服そうな顔でわたしを見上げていた。
「……姫様、姫様じゃなくなっちゃったの?」
「えっ?」
「みんな、おーひでんか、って呼んでる。名前、かわったの?」
「え、えっとね、それは……」
何と説明したらいいか困っていると、それまで黙ってわたしの様子を見守っていたソウが歩み寄ってきて、男の子の目線まで屈んで言った。
「姫様はな、ボクと結婚して『おーひでんか』になったんやで」
「……けっこん?」
「そや。キミのパパとママみたいにな」
ソウがにこにこと優しく説明したけれど、それを聞いて男の子の顔が険しくなった。どうしたのかと思い話しかけようとすると、それを遮るように男の子が甲高い声で叫ぶ。
「いやだ! 姫様は、ぼくと結婚するんだ!!」
思ってもいなかった言葉に、思わず目を丸くする。周囲の大人たちは、それを聞いてどっと笑った。
「はっはっは! 坊主、残念だったな!」
「うふふ、もうちょっと大きかったらねぇ」
「わらうなっ!」
何とも可愛らしい宣言に、わたしもくすくすと笑ってしまう。真っ赤になってしまった男の子は、キッとソウの方を睨み付けた。睨まれたソウは、肩をすくめて余裕たっぷりに男の子に再度話しかける。
「残念ながら、姫様はボクの姫様やねん。諦めてな?」
「いやだっ! おまえ、悪者だな!? ぼくがやっつけてやる!」
「うん、悪者やで。姫様のことが好きすぎて、さらってもうてん」
ソウの言葉に、大人たちが何かを察したように押し黙る。それはわたしも例外ではなくて、ソウが何を言い出すのか緊張した面持ちで見守った。
「でも、キミたちの大事な姫様のこと、必ず幸せにしたるから。そやから、許してくれへんかな」
その言葉は、周囲の大人たち、そして国民全員に向けた言葉のように思えた。
男の子は、意味が分からないようでまだきゃんきゃんとソウに噛みついている。それを笑いながら躱すソウに、先ほどの女性が優しく、諭すように話しかけた。
「みんなもう、陛下のこと許してるよ。そりゃ最初は、姫様になんてことするんだと思って嫌ってたけどさ。でも、どんどんよくなってくこの国に暮らしてたら、陛下がどれほど努力してるのか分かるんだよ」
「…………」
「今日、姫様に会って確信したよ。ありがとう、陛下」
「……こちらこそ、おおきに」
ソウが、女性に礼をしながらわたしの肩を抱き寄せた。その様子を、固唾を飲んで見守っていた人々から一斉に拍手が沸き起こる。
「陛下、うちの姫様のこと頼みましたよ!」
「お二人とも、お幸せに!」
いつの間にか、集まっていた人々は最初より倍近くに増えていた。たくさんの国民に見守られ、支えられていることを今さら実感する。
決闘に負けたわたしを受け入れてくれるかどうかなんて、関係なかったのだ。受け入れてもらえなかったとしたら、どうすべきか考える。そして、それを実行に移す。それがソウのやり方だった。
お祭り騒ぎになってしまった街をあとにしようとすると、笑顔で見送ってくれる人々の中、先ほどまでソウと喧嘩していた男の子だけがぶすっとふくれっ面をしていた。苦笑しながら、ソウの隣を離れて男の子の傍に近付く。
「また来るから。ね?」
「……うん。ねえ、姫様」
「なーに?」
「ぼくがあいつぐらい大きくなったら、ぼくと結婚してくれる?」
「えっ……えーっと……あ、あのね、結婚する人は一人だけなのよ?」
「姫様は、あいつがいいの? あいつのこと、好きなの?」
まっすぐな質問に、思わず狼狽えてしまう。さっきは助け舟を出してくれたくせに、ソウはにやつきながらわたしがなんと返すか見つめているだけだ。
少し考えて、でも男の子のまっすぐな質問に嘘はつきたくなくて、正直に答えた。
「……うん。大好き」
自分でも不思議なくらい、自然と答えが出た。その言葉を聞いて男の子が余計しょんぼりしてしまうかと心配したが、意外にも真剣なまなざしで見つめ返してくる。
「わかった。でもぼく、あきらめないから」
予想していなかった返事に反応できずにいると、頬に柔らかい感触が触れる。それが男の子の唇だと気付いたのは、数秒たってからのことだった。
「えっ……!?」
「じゃあね、姫様! ぜったいまた遊びにきてねー!!」
「あ……う、うん!」
人波をかき分けて、男の子が走り去っていく。
突然のことに、わたしの方が照れてしまった。視線を感じてソウの方を振り向くと、今度はソウがふくれっ面をしていた。
「……随分、堂々と浮気するんやねぇ?」
「はっ!? う、浮気ってそんな……!」
「城に戻ったらお仕置きな。はよ乗り」
あんな小さい男の子相手に嫉妬しているらしい愛しい人に、思わず笑ってしまいそうになる。ここで笑ったら、本当にお仕置きされてしまいそうだから必死に我慢した。
そして馬車が動き出す。暖かく受け入れてくれた国民一人一人に感謝しながら、幸せを噛みしめた。
花を摘むのに夢中になっているわたしに、ソウが声をかける。
その声に振り向いた拍子に、小さな手に握りしめていた花が数本零れ落ちる。それを拾いながら、ソウが返事を催促するようにじっとわたしの目を見つめた。
『うん、なるってばぁ。どうして何回も聞くの?』
『だってユキちゃん、よく分かってなさそうやし』
『分かってるもん! そうちゃんのお嫁さんになったら、毎日一緒に遊べるんでしょう?』
『うーん、なんやちゃうけど……まあええわ。約束やで?』
そう言って、拾い上げた数本の白い花をわたしの手に握らせてくれた。幼いわたしの頭には、ソウが作ってくれた花冠がちょこんと乗っかっている。
『そうちゃん、大好き!』
『ボクも、ユキちゃんのこと大好きやで』
はにかんだわたしの頬に、ソウが優しく口づける。お返しに、と背伸びをしてソウの頬にもちゅっと口づけると、ソウは何とも言えない顔をした。
『えへへ、ちゅうしちゃったね! ……そうちゃん、どうしたの?』
『……いや。こうやってボクとちゅうしたん、父上には内緒やで』
『なんで?』
『なんでもや。二人だけの秘密、な』
*
揺れる馬車の中で、どうやら眠っていたらしい。
久しぶりに、幼い頃の夢を見た。以前のわたしだったら、楽しかった頃の夢から現実に引き戻される瞬間に絶望を感じていた。でも今は、夢で感じた温もりをすぐ隣に感じることができる。
「ユキちゃん、起きたん? もうすぐ着くで」
「え……あれ? どこに向かってるの?」
寝起きの目を擦りながら馬車の外を見ると、カトライア城へ帰る道とは違っていた。でもどこか馴染みのある、見慣れた風景だ。
「ちょっと寄り道。せっかくやから、今のノースをユキちゃんに見したろと思て」
驚いて、もう一度窓の外を見る。よく見ると、どうやらノースで一番の繁華街を通っているらしい。
個人商店が立ち並ぶこの一帯は、わたしもよく足を踏み入れた場所だ。お昼時ということもあってか辺りは人で賑わっていて、心なしか前よりも行きかう人々が多いように思える。
「降りてみる?」
「えっ……いいの?」
「もちろん。ユキちゃんの故郷やで?」
熱心に外の様子を見ていたせいか、ソウが笑いながら馭者に声をかけて馬車を止めてくれた。
ソウに手を引かれて馬車を降りると、それまでにこやかに買い物を楽しんでいた人々が足を止めてこちらを見る。仕事中であろう、店に立っていた人までもがこちらに気付いて動きを止めた。
決闘の後、一つの国になってからこうして国民のすぐ傍に立つのは初めてである。
一気に集まった視線に緊張する。国民は、決闘に負けたわたしのことを受け入れてくれるのだろうか。
「あー、姫様だぁ!」
懐かしい呼び名で急に声をかけられ、慌てて振り向くと、そこには小さな男の子がいた。お使いの途中なのか、買い物かごを抱えながら嬉しそうに話しかけてくる。
「ねえ姫様、ぼくのこと覚えてる? 前、ぼくこのへんで転んで泣いてたら、姫様が助けてくれたんだよ! それから、手ぇつないで一緒におうちまで帰ったんだ!」
「あ……もしかして、あの時の……?」
その子が話した出来事には覚えがある。父が病に倒れる前、一緒に視察にきた際に出会った男の子だ。その頃よりも一回りも二回りも背が大きくなっているが、確かに家まで送り届けたことがあった。
大きくなったんだね、と屈んでその子の頭を撫でていると、その様子を黙って見守っていた大人たちも口々に声をかけてきた。
「姫様……じゃなかった、陛下! お元気そうで……!」
「やだあんた、今はもう王妃殿下だよ!」
「王妃殿下、もう出歩いて大丈夫なんですか? 怪我の具合は……」
「殿下、俺はサウスから買い物に来たんです! サウスでも、みんな殿下のこと心配してたんですよ」
一斉に話しかけられて混乱していると、すぐ傍の雑貨屋から出てきた恰幅のいい女性がそれをいなした。
「そんないっぺんに話されたって訳分かんないよ! ねえ、姫様?」
そう言って笑いかけてくれたその女性にも見覚えがあった。昔からノース城に、備品など細々としたものを時々配達してくれていた女性だ。城の中で退屈そうにしていたわたしに、「内緒だよ」と言って玩具をくれたこともあった。
「あっ……お久しぶりです! ごめんなさい、すぐに気付かなくて」
「いいんだよ、私だって年取ったからね! それより、元気にしてたのかい? お父上が亡くなられてから、大変だったねえ」
「おばちゃん、王妃殿下だってば」
「私にとって姫様はずっと姫様なんだよ! それにこんな可愛い子に、『王妃殿下』なんて堅苦しい呼び名は似合わないよ。姫様の方が可愛いじゃないか」
ぽんぽん、と昔のように頭を撫でられる。その懐かしい感覚に、緊張で強張っていた顔が思わず笑顔になった。
そうして集まってきた人々と話していると、くいっと服の裾を引っ張られる感覚がする。そちらの方を見ると、一番に話しかけてきてくれた男の子がなんだか不服そうな顔でわたしを見上げていた。
「……姫様、姫様じゃなくなっちゃったの?」
「えっ?」
「みんな、おーひでんか、って呼んでる。名前、かわったの?」
「え、えっとね、それは……」
何と説明したらいいか困っていると、それまで黙ってわたしの様子を見守っていたソウが歩み寄ってきて、男の子の目線まで屈んで言った。
「姫様はな、ボクと結婚して『おーひでんか』になったんやで」
「……けっこん?」
「そや。キミのパパとママみたいにな」
ソウがにこにこと優しく説明したけれど、それを聞いて男の子の顔が険しくなった。どうしたのかと思い話しかけようとすると、それを遮るように男の子が甲高い声で叫ぶ。
「いやだ! 姫様は、ぼくと結婚するんだ!!」
思ってもいなかった言葉に、思わず目を丸くする。周囲の大人たちは、それを聞いてどっと笑った。
「はっはっは! 坊主、残念だったな!」
「うふふ、もうちょっと大きかったらねぇ」
「わらうなっ!」
何とも可愛らしい宣言に、わたしもくすくすと笑ってしまう。真っ赤になってしまった男の子は、キッとソウの方を睨み付けた。睨まれたソウは、肩をすくめて余裕たっぷりに男の子に再度話しかける。
「残念ながら、姫様はボクの姫様やねん。諦めてな?」
「いやだっ! おまえ、悪者だな!? ぼくがやっつけてやる!」
「うん、悪者やで。姫様のことが好きすぎて、さらってもうてん」
ソウの言葉に、大人たちが何かを察したように押し黙る。それはわたしも例外ではなくて、ソウが何を言い出すのか緊張した面持ちで見守った。
「でも、キミたちの大事な姫様のこと、必ず幸せにしたるから。そやから、許してくれへんかな」
その言葉は、周囲の大人たち、そして国民全員に向けた言葉のように思えた。
男の子は、意味が分からないようでまだきゃんきゃんとソウに噛みついている。それを笑いながら躱すソウに、先ほどの女性が優しく、諭すように話しかけた。
「みんなもう、陛下のこと許してるよ。そりゃ最初は、姫様になんてことするんだと思って嫌ってたけどさ。でも、どんどんよくなってくこの国に暮らしてたら、陛下がどれほど努力してるのか分かるんだよ」
「…………」
「今日、姫様に会って確信したよ。ありがとう、陛下」
「……こちらこそ、おおきに」
ソウが、女性に礼をしながらわたしの肩を抱き寄せた。その様子を、固唾を飲んで見守っていた人々から一斉に拍手が沸き起こる。
「陛下、うちの姫様のこと頼みましたよ!」
「お二人とも、お幸せに!」
いつの間にか、集まっていた人々は最初より倍近くに増えていた。たくさんの国民に見守られ、支えられていることを今さら実感する。
決闘に負けたわたしを受け入れてくれるかどうかなんて、関係なかったのだ。受け入れてもらえなかったとしたら、どうすべきか考える。そして、それを実行に移す。それがソウのやり方だった。
お祭り騒ぎになってしまった街をあとにしようとすると、笑顔で見送ってくれる人々の中、先ほどまでソウと喧嘩していた男の子だけがぶすっとふくれっ面をしていた。苦笑しながら、ソウの隣を離れて男の子の傍に近付く。
「また来るから。ね?」
「……うん。ねえ、姫様」
「なーに?」
「ぼくがあいつぐらい大きくなったら、ぼくと結婚してくれる?」
「えっ……えーっと……あ、あのね、結婚する人は一人だけなのよ?」
「姫様は、あいつがいいの? あいつのこと、好きなの?」
まっすぐな質問に、思わず狼狽えてしまう。さっきは助け舟を出してくれたくせに、ソウはにやつきながらわたしがなんと返すか見つめているだけだ。
少し考えて、でも男の子のまっすぐな質問に嘘はつきたくなくて、正直に答えた。
「……うん。大好き」
自分でも不思議なくらい、自然と答えが出た。その言葉を聞いて男の子が余計しょんぼりしてしまうかと心配したが、意外にも真剣なまなざしで見つめ返してくる。
「わかった。でもぼく、あきらめないから」
予想していなかった返事に反応できずにいると、頬に柔らかい感触が触れる。それが男の子の唇だと気付いたのは、数秒たってからのことだった。
「えっ……!?」
「じゃあね、姫様! ぜったいまた遊びにきてねー!!」
「あ……う、うん!」
人波をかき分けて、男の子が走り去っていく。
突然のことに、わたしの方が照れてしまった。視線を感じてソウの方を振り向くと、今度はソウがふくれっ面をしていた。
「……随分、堂々と浮気するんやねぇ?」
「はっ!? う、浮気ってそんな……!」
「城に戻ったらお仕置きな。はよ乗り」
あんな小さい男の子相手に嫉妬しているらしい愛しい人に、思わず笑ってしまいそうになる。ここで笑ったら、本当にお仕置きされてしまいそうだから必死に我慢した。
そして馬車が動き出す。暖かく受け入れてくれた国民一人一人に感謝しながら、幸せを噛みしめた。
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