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第3章
7.愛しい声
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「あー、くそっ! おい、ソウ! そんなまどろっこしいことしてねぇで、直接ウツギに行ったらいいじゃねぇかよ!」
「けど、それでハズレやったら時間の無駄もええとこやろ」
「だったら、俺だけでも行ってくる! だからこの縄解けよ!」
「あかんて。一応あの国とは戦争してるし、トーヤくんなんか行ったらややこしいてしゃあないわ」
「なんだと!?」
ソウの執務室には電話が引かれ、ソウはそれを片手に各方面に電話をかけている。
トーヤはソウの予想通り、ユキが誘拐されたと聞くやいなや詳細も聞かずに走り出そうとしたところをリサに引っぱたかれ、今はこうしてソウの執務室で拘束されている。
それをしたのはソウではなくリサだ。そのリサは、ソウに言いつけられた仕事を終えると糸が切れたように倒れてしまった。今は、医務室で横になっているはずである。
「あー、カイルも知らんか……イツキさえ電話出てくれたら一発で分かるんやけど」
ガチャンと電話を置いて、ソウが頭を抱える。
ウツギ国王とは先の戦争の際に話したことがある程度で、ほとんど交流がない。思えば、あの戦争もゴウマの独断で始まり、留学から帰ってきたソウが急いでウツギに和解を申し出て終わったのだ。
その際の印象では、ウツギ国王は感情こそ読めないものの話が通じる人間であった。そのため、電話で直接ウツギ国王にユキの行方を尋ねるつもりでいたのだが。
「連絡先分からへんとか、アホすぎるやろ……」
ユキが連れ去られたことで、自覚は無かったが自分もかなり動揺していたらしい。
様々な国と交流のあるイツキに電話してみたが、あいにく外出中とのことで頼みの綱が切れてしまったのだ。
こうなれば、トーヤを制したばかりではあるが直接ウツギ国に赴くしかない。そう思って立ち上がった瞬間、電話のベルが鳴った。
「あーもう、忙しいときに! はい、どちらさん?」
『あっ、ソウ!』
「え? ユキ、ちゃん……?」
乱雑に出た電話の先から聞こえたのは、今最も聞きたかった声だった。
「ユキちゃん、無事なん!? 今どこにおるん? ていうか、なんで電話っ……!」
『うん、無事よ。あの、リサちゃんは?』
「え? あ、ああ、リサちゃんは無事やで。今ちょっと疲れたみたいで寝てるけど」
『そっか、よかった……あのね、わたし今ウツギ国にいて』
「やっぱり……! ユキちゃん、隠れて電話かけてきたんやな? 待っとき、今すぐ助けに行く」
『えっ? 隠れて……?』
「下手に動かんと、じっとしとくんやで。絶対助けたるから」
『え? あ、えっとねソウ、実は……』
そこで言葉が途切れる。まさか敵に見つかったのかと慌ててユキの名前を何度も呼ぶと、電話の先から別の声が聞こえた。
『随分と必死だな、サウス国王』
「……誰や。ユキちゃんはっ……!」
『ウツギ国王、レイだ。王妃ならば無事だ。そう急くな』
「あんたか……! どの口が言うてんねん。何が目的か知らんけど、ユキちゃんに手ぇ出したら……!」
『……此度は、私の部下が誤解してそなたの大事な王妃を連れてきてしまった。その件については深く反省している。直接会って詫びがしたい、明日そちらに王妃を送っていく』
「……はっ?」
『聞こえなかったか? 王妃を帰す、と言ったのだ』
予想もしていなかった言葉に、思考が追い付かない。
思い返すと、電話に出たユキの声はとても恐怖に怯えているようには思えなかった。まるで、外出先からの何気ない電話のようだった気がする。
「……あかん。ユキちゃんがおらんと、まともに物も考えられへん……」
『そのようだな。私より王妃の口から聞いた方が良いだろう。ユキ、説明してやれ』
「ちょっと待って、なんでそない呼び捨てでっ……!」
『あ、ソウ? あのね、説明すると長いんだけど、レイさんは悪くないの。元はと言えばゴウマ大臣が……』
「レイさん!? ユキちゃん、なんでそない親しげなん!?」
『え? ああ、レイさんとは昔お会いしたことがあって、それで……』
「……もうええ。明日なんて悠長なこと言うてられへんわ、今すぐボクが迎えに行く」
返事も聞かず、叩きつけるように受話器を置いた。
何事かと、拘束されたままのトーヤが怪訝な顔でこちらを見る。
「……ユキちゃん、無事みたいやわ。ウツギにおるらしい」
「はあ!? どういうことだよ!?」
「ボクにもよう分からんけど……」
すると、もう一度電話のベルが鳴った。渋々それに出ると、怒ったようなユキの声がする。
『ちょっと、ソウ! 途中で切らないでよ! それに今日はもう遅いし、レイさんが泊まっていってもいいって言ってくださってるから、明日帰るね』
「泊まって……!? あかんに決まってるやん! ユキちゃん犯されるで!!」
『ちょっ……な、なんてこと言うのよ! レイさんがそんなことするわけないでしょ!』
「ああもう、やいやい言うてへんと早よ帰っておいで! 今すぐ!」
『だからっ……! もう! あのね、ソウ? 実は、レイさんと父様って昔仲が良かったらしいの。だから今日は、父様とのお話を聞かせてもらおうと思って』
「そんなん、ユキちゃんをおびき寄せるための罠や」
『わたしのこと虫みたいに言わないでくれる!? じゃなくて、こんな機会滅多にないし、明日は朝一で帰るから。ね、お願い』
「……ずるいわ、ユキちゃん」
電話越しとはいえ、こうやってユキにお願いされてしまうと弱い。当の本人は、自分の「お願い」がどれだけソウにとって強力な武器になるのか分かっていないから厄介だ。
諦めて、はあ、とわざとらしいほど大きくため息をついた。
「……分かった。ほな、もういっぺんウツギ国王に代わって」
ややあって、なんだ、と感情の読めない声が聞こえた。
「謝罪は、明日きっちりしてもらうわ。ユキちゃんがどうしても言うから一晩預けるけど、丁重に扱ってな」
『無論だ。それにしても……』
「何?」
『随分、溺愛している様子だな。例の決闘でユキを傷つけたのではなかったのか』
「……それ言われると痛いんやけど」
『否定しないのか』
「ほんまのことやしな。けど、今は幸せにしてる自信あんで」
『……そのようだな。では、また明日』
それだけ言うと、電話は切れた。相変わらず、何を考えているのか分からない。自分もよく人からそう言われるが、なんだかこちらの考えを見透かされているようで、恐ろしいような恥ずかしいような、複雑な気分になった。
とにかく、ユキは明日帰ってくる。心配しているであろう城の皆に報せに行こうと、席を立った。
「けど、それでハズレやったら時間の無駄もええとこやろ」
「だったら、俺だけでも行ってくる! だからこの縄解けよ!」
「あかんて。一応あの国とは戦争してるし、トーヤくんなんか行ったらややこしいてしゃあないわ」
「なんだと!?」
ソウの執務室には電話が引かれ、ソウはそれを片手に各方面に電話をかけている。
トーヤはソウの予想通り、ユキが誘拐されたと聞くやいなや詳細も聞かずに走り出そうとしたところをリサに引っぱたかれ、今はこうしてソウの執務室で拘束されている。
それをしたのはソウではなくリサだ。そのリサは、ソウに言いつけられた仕事を終えると糸が切れたように倒れてしまった。今は、医務室で横になっているはずである。
「あー、カイルも知らんか……イツキさえ電話出てくれたら一発で分かるんやけど」
ガチャンと電話を置いて、ソウが頭を抱える。
ウツギ国王とは先の戦争の際に話したことがある程度で、ほとんど交流がない。思えば、あの戦争もゴウマの独断で始まり、留学から帰ってきたソウが急いでウツギに和解を申し出て終わったのだ。
その際の印象では、ウツギ国王は感情こそ読めないものの話が通じる人間であった。そのため、電話で直接ウツギ国王にユキの行方を尋ねるつもりでいたのだが。
「連絡先分からへんとか、アホすぎるやろ……」
ユキが連れ去られたことで、自覚は無かったが自分もかなり動揺していたらしい。
様々な国と交流のあるイツキに電話してみたが、あいにく外出中とのことで頼みの綱が切れてしまったのだ。
こうなれば、トーヤを制したばかりではあるが直接ウツギ国に赴くしかない。そう思って立ち上がった瞬間、電話のベルが鳴った。
「あーもう、忙しいときに! はい、どちらさん?」
『あっ、ソウ!』
「え? ユキ、ちゃん……?」
乱雑に出た電話の先から聞こえたのは、今最も聞きたかった声だった。
「ユキちゃん、無事なん!? 今どこにおるん? ていうか、なんで電話っ……!」
『うん、無事よ。あの、リサちゃんは?』
「え? あ、ああ、リサちゃんは無事やで。今ちょっと疲れたみたいで寝てるけど」
『そっか、よかった……あのね、わたし今ウツギ国にいて』
「やっぱり……! ユキちゃん、隠れて電話かけてきたんやな? 待っとき、今すぐ助けに行く」
『えっ? 隠れて……?』
「下手に動かんと、じっとしとくんやで。絶対助けたるから」
『え? あ、えっとねソウ、実は……』
そこで言葉が途切れる。まさか敵に見つかったのかと慌ててユキの名前を何度も呼ぶと、電話の先から別の声が聞こえた。
『随分と必死だな、サウス国王』
「……誰や。ユキちゃんはっ……!」
『ウツギ国王、レイだ。王妃ならば無事だ。そう急くな』
「あんたか……! どの口が言うてんねん。何が目的か知らんけど、ユキちゃんに手ぇ出したら……!」
『……此度は、私の部下が誤解してそなたの大事な王妃を連れてきてしまった。その件については深く反省している。直接会って詫びがしたい、明日そちらに王妃を送っていく』
「……はっ?」
『聞こえなかったか? 王妃を帰す、と言ったのだ』
予想もしていなかった言葉に、思考が追い付かない。
思い返すと、電話に出たユキの声はとても恐怖に怯えているようには思えなかった。まるで、外出先からの何気ない電話のようだった気がする。
「……あかん。ユキちゃんがおらんと、まともに物も考えられへん……」
『そのようだな。私より王妃の口から聞いた方が良いだろう。ユキ、説明してやれ』
「ちょっと待って、なんでそない呼び捨てでっ……!」
『あ、ソウ? あのね、説明すると長いんだけど、レイさんは悪くないの。元はと言えばゴウマ大臣が……』
「レイさん!? ユキちゃん、なんでそない親しげなん!?」
『え? ああ、レイさんとは昔お会いしたことがあって、それで……』
「……もうええ。明日なんて悠長なこと言うてられへんわ、今すぐボクが迎えに行く」
返事も聞かず、叩きつけるように受話器を置いた。
何事かと、拘束されたままのトーヤが怪訝な顔でこちらを見る。
「……ユキちゃん、無事みたいやわ。ウツギにおるらしい」
「はあ!? どういうことだよ!?」
「ボクにもよう分からんけど……」
すると、もう一度電話のベルが鳴った。渋々それに出ると、怒ったようなユキの声がする。
『ちょっと、ソウ! 途中で切らないでよ! それに今日はもう遅いし、レイさんが泊まっていってもいいって言ってくださってるから、明日帰るね』
「泊まって……!? あかんに決まってるやん! ユキちゃん犯されるで!!」
『ちょっ……な、なんてこと言うのよ! レイさんがそんなことするわけないでしょ!』
「ああもう、やいやい言うてへんと早よ帰っておいで! 今すぐ!」
『だからっ……! もう! あのね、ソウ? 実は、レイさんと父様って昔仲が良かったらしいの。だから今日は、父様とのお話を聞かせてもらおうと思って』
「そんなん、ユキちゃんをおびき寄せるための罠や」
『わたしのこと虫みたいに言わないでくれる!? じゃなくて、こんな機会滅多にないし、明日は朝一で帰るから。ね、お願い』
「……ずるいわ、ユキちゃん」
電話越しとはいえ、こうやってユキにお願いされてしまうと弱い。当の本人は、自分の「お願い」がどれだけソウにとって強力な武器になるのか分かっていないから厄介だ。
諦めて、はあ、とわざとらしいほど大きくため息をついた。
「……分かった。ほな、もういっぺんウツギ国王に代わって」
ややあって、なんだ、と感情の読めない声が聞こえた。
「謝罪は、明日きっちりしてもらうわ。ユキちゃんがどうしても言うから一晩預けるけど、丁重に扱ってな」
『無論だ。それにしても……』
「何?」
『随分、溺愛している様子だな。例の決闘でユキを傷つけたのではなかったのか』
「……それ言われると痛いんやけど」
『否定しないのか』
「ほんまのことやしな。けど、今は幸せにしてる自信あんで」
『……そのようだな。では、また明日』
それだけ言うと、電話は切れた。相変わらず、何を考えているのか分からない。自分もよく人からそう言われるが、なんだかこちらの考えを見透かされているようで、恐ろしいような恥ずかしいような、複雑な気分になった。
とにかく、ユキは明日帰ってくる。心配しているであろう城の皆に報せに行こうと、席を立った。
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