【R18】仕方ないから、結婚してやる~ツンデレ御曹司と、傷の舐め合い契約婚~

染野

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1.踏んだり蹴ったり

「はっ? 内定、取り消し……?」

 正面に座る男は、喉から絞り出したようなか細い声で「申し訳ございません……」と謝罪する。
 ここは来月から私が勤務する予定、地方銀行のとある支店である。話があると呼び出され、店舗の奥にある応接室に通された私は、そこでまさかの通告を受けた。

「実を言いますと、今回の採用にあたり、当支店では窓口業務を行う職員を一名だけ募集しておりまして」
「はい。それで、私が採用されたんですよね?」
「えっとー、いえ、それがですねぇ……こちらの手違いで、伊勢山様と、もうお一方に内定通知を送ってしまいまして」

 四角い顔をした採用担当者は、歯切れ悪く経緯を説明する。癖なのか何なのか知らないが、こんな状況だというのに彼がへらへらした笑みを浮かべていることに腹が立ってきて、思わず眉間に皺が寄った。
 
「手違いって……どういうことですか」
「えー、ですからその……本来、伊勢山様には不採用通知をお送りするはずが、誤って内定通知をお送りしてしまったというわけでしてー……」

 彼はハンカチを取り出して汗を拭う。その様子を冷めた目で見ながら、私はぽかんと口を開けた。間抜けな顔を晒している場合ではないが、言葉の意味がとっさに理解できなかったのだ。

「ふ……ふさいよう、つうち?」
「は、はい……それがですね、どの段階で間違えたのかはわかりかねるのですが、当方のミスで内定通知を二通作成しておりましてぇ……それをそのまま、伊勢山様にお送りしてしまった形になります」

 ――なります、じゃないでしょうが。
 思わず噛みつきたくなったがなんとか堪え、自分を落ち着かせるように小さく深呼吸をした。採用担当者は見るからに青ざめた顔をしていて、とてつもなく焦っているのが伝わってくる。でも、気が動転しているのはこっちだって同じだ。
 今日は勤務内容の説明を聞いて制服の採寸でもするのだろうと、職場となるはずだったここまで呑気にひょこひょこと出かけてきたはずがこの有様だ。まさか内定通知が間違って送られていたなんて、誰が想像できただろう。
 
「で……でも私、きちんと承諾のお返事もしましたよね? だから今日だって、いろいろと書類を準備してきたのですが」

 顔を引きつらせながら食い下がる私に、採用担当者はひたすら謝罪するばかりだ。

「誠に、申し訳ございませんでした……! その、言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、私としましても、てっきり上の者が採用枠を増やしたのだと思い込んで、手違いに気づくのが遅れまして……」
「てっきり、って……そんなの、あります?」

 現実を受け止めきれず、乾いた笑みしか浮かばない。
 一企業としてあり得ないミスだと怒るべきなのかもしれないが、結局のところ私がその採用されるはずだった「一人」に選ばれなかったというだけの話だ。状況を把握しつつある今、その事実だけが心を刺している。
 新しい職場、新しい生活に対して抱いていた期待はガラガラと崩れ去り、虚無感だけが残った。

「……私、もう今の職場に退職願出しちゃったんですけど。無職になるんですよ」
「それは……もう、なんとお詫びしたらいいか……」
「ここに通勤しやすいように引っ越しの準備もしてたんです。アパートの内見にも行って」
「は、はい……誠に、申し訳なく……申し開きもございません」

 茫然自失のままぽつりぽつりと恨み言をつぶやく私に、採用担当者は顔をしかめて俯いた。それから、何かを思い出したかのように無地の封筒を取り出したかと思うと、それをこちらに向かってずいっと差し出してくる。
 
「あの……今回、伊勢山様にご迷惑をおかけしたお詫びとして、こちらを受け取っていただけますと……」

 無言のままその封筒に目をやる。まだこの状況を理解できていない――いや、理解したくない心境ながら、不思議と落ち着き払った声が出た。
 
「それって……慰謝料、的なやつですか」
「はあ、まあその、そのように捉えていただいても構わないといいますか……」

 ――そんなものいらないから、ここで雇ってくださいよ。
 そう言ってごねたら、状況は変わるのだろうか。正社員でなくとも、契約社員かアルバイトとしてでもいいから雇ってくれと食い下がったら、もしかしたらその要求は通るのかもしれない。
 でも、一度送り付けた内定を反故にして、口止め料ともとれるものまで用意している企業で働けるほどの図太さを私は持ち合わせていなかった。こんなところで気まずい思いをして働くくらいなら、もう一度就活をした方がましだ。
 就活をするにはお金がかかる。ただ生きているだけでもお金がかかる。それなら無駄なプライドは捨てて、先方の「お詫び」を素直に受け取る方がいいと判断した。

「……わかりました。受け取ります」

 差し出された封筒を手にすると、採用担当者は見るからに安堵した顔をしてみせた。これで丸く収まった、とでも言いたげな態度には腹が立つが、この人だって立場上こうするしかなかったのだろう。同情はするが、とりあえずここの銀行だけはこの先死んでも使ってやるもんかと心に決めた。
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