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39.雨女と晴れ女(3)
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美晴が予約したイタリアンレストランは、駅から歩いて五分ほどの場所にあるこじゃれた店だった。
店内に入り二人掛けのテーブル席に着くと、「ご予約の伊勢山様ですね」と背の高い男性スタッフがにこりと微笑む。どうやらランチのコースをすでに頼んであるようで、何も注文せずともナイフやフォークなどのカトラリーが目の前に並べられていく。パスタでもささっと食べてすぐに帰ろうと目論んでいた私の思惑は、早々に打ち砕かれた。
「それで、美雨。いつから晶くんのこと好きだったの?」
そして前菜の盛り合わせが運ばれてきたタイミングで、美晴が唐突に話を切り出した。面倒なことを聞いてくるだろうと予想してはいたが、真っ先にこの質問をされると思っていなかった私は動揺する。
「あー、えーっと……いつからだろうね? わかんないや、ずっと一緒にいるし」
「そっかぁ。じゃあ、いつ結婚しようって話になったの? お母さんに少し聞いたよ、わりと急に決まったって」
「う、うん。んーと、前の会社を辞めるって決めた直後に、晶と久しぶりに会って……それでいろいろ話をしているうちに、なんとなくそういう感じに……」
奥歯にものが挟まったような言い方しかできないが、嘘はついていない。これまでもいろんな人に会って偽りの馴れ初め話をしてきたのだから、同じように答えればいいだけだ。
もごもごと答えると、美晴はなんだか納得のいかないような顔をして首を傾げる。そして、会話から逃げるように人参のラぺを口に運んでいた私に問いかけた。
「でも、こう言っちゃ何だけど、美雨と晶くんって昔から喧嘩ばっかりしてたよね? 犬猿の仲っていうか」
「あー……あはは、そうだよね。自分でもびっくりしてる」
「他人事みたいに言っちゃって。それで、今は大丈夫なの? 喧嘩してない?」
心配そうに聞かれたところで、「毎日のように喧嘩してます」なんて本当のことを言えるわけがない。でも、美晴は誰よりも近くで私と晶が喧嘩する姿を見てきた人間だ。まったく喧嘩していないと言うのもなんだか疑われそうで、私はへらへらと笑いながら曖昧に答えた。
「ま、まあ、たまには喧嘩するかな。ほら、晶って昔から几帳面すぎるところがあるでしょ」
「ああ、そうだよね。小学生の頃なんか、美雨が散らかした部屋を見て『汚すぎる!』って怒りながら片付けてくれてたもんね」
「うっ……あはは、そうでしょ? 今もそんな感じ。でも仲良くやってるよ」
だから心配しないで、と笑顔で締める。晶の話題はもう出さないでくれと願ったが、そんな私の願い空しく美晴はわくわくした表情で次の質問を投げかけてくる。
「ねえねえ、結婚式ってどんな感じだった? 写真見たけど、美雨すっごく綺麗だったね! 白無垢が似合ってた!」
興奮気味にまくし立てる美晴に、苦笑いを返すことしかできない。そりゃあプロにメイクを施してもらって、何十万もする着物を着れば私のような平凡な人間でも綺麗に見えるだろう――そんな卑屈な考えが頭に浮かんだが、口には出さず飲み込んだ。あんまり結婚に対してネガティブな反応をするなと、晶に口を酸っぱくして言われているのだ。
「……そうかな。きっと美晴のほうが似合うよ」
「ううん、そんなことない。お色直しの後に着てた引き振袖もとっても綺麗だった! やっぱり仏前結婚式だから、みんな和装にするものなの?」
「そうでもないらしいよ。お色直しでドレスを着る人もいるって言ってた」
「へえ、そうなんだ! いいなあ、結婚式。私も出たかったぁ」
本気で悔しがる美晴だが、ただでさえ緊張するあの場所に彼女がいたら私の情緒はとんでもなく不安定になっていたことだろう。あのときばかりは、美晴がアメリカに行っていてよかったと本気で思ったものだ。花嫁より綺麗で目立つ姉がいたら、式どころではなくなってしまう。
前菜のあとに運ばれてきた小エビのリングイネを口に運ぶ。どれもおいしい料理なのだろうが、正直なところ食事を楽しんでいる余裕はなかった。そんな私とは対照的に、美晴は「やっぱりここのパスタがいちばんおいしい!」とご満悦だ。
「そ……それより、美晴は? 今、彼氏とかいないの?」
「うん、いないよ。ていうか美雨、結婚指輪もよく見せて! どんなのにしたの?」
美晴の話を聞き出すように方向転換しようとしたが、あっさり失敗した。彼女のぱっちりとした目は私の薬指に向けられていて、なにか指輪にまつわるエピソードを期待しているように見える。
「あ、これは……晶が選んだんだ」
「へえー! 意外だね。それ、もしかして有名ブランドの指輪なんじゃない?」
興味津々に尋ねられても、この指輪にたいした思い入れがないから詳しく答えられない。確かに私の貯金では到底手の届かないような高級ジュエリーブランドの一品らしいが、これは晶が一人で選んで買ったものだ。しかも、晶自身も特に指輪に詳しいわけではなく、知り合いの伝手を頼って発注したものだと言っていた。要するに、体裁を整えるための道具に過ぎないのだ。
店内に入り二人掛けのテーブル席に着くと、「ご予約の伊勢山様ですね」と背の高い男性スタッフがにこりと微笑む。どうやらランチのコースをすでに頼んであるようで、何も注文せずともナイフやフォークなどのカトラリーが目の前に並べられていく。パスタでもささっと食べてすぐに帰ろうと目論んでいた私の思惑は、早々に打ち砕かれた。
「それで、美雨。いつから晶くんのこと好きだったの?」
そして前菜の盛り合わせが運ばれてきたタイミングで、美晴が唐突に話を切り出した。面倒なことを聞いてくるだろうと予想してはいたが、真っ先にこの質問をされると思っていなかった私は動揺する。
「あー、えーっと……いつからだろうね? わかんないや、ずっと一緒にいるし」
「そっかぁ。じゃあ、いつ結婚しようって話になったの? お母さんに少し聞いたよ、わりと急に決まったって」
「う、うん。んーと、前の会社を辞めるって決めた直後に、晶と久しぶりに会って……それでいろいろ話をしているうちに、なんとなくそういう感じに……」
奥歯にものが挟まったような言い方しかできないが、嘘はついていない。これまでもいろんな人に会って偽りの馴れ初め話をしてきたのだから、同じように答えればいいだけだ。
もごもごと答えると、美晴はなんだか納得のいかないような顔をして首を傾げる。そして、会話から逃げるように人参のラぺを口に運んでいた私に問いかけた。
「でも、こう言っちゃ何だけど、美雨と晶くんって昔から喧嘩ばっかりしてたよね? 犬猿の仲っていうか」
「あー……あはは、そうだよね。自分でもびっくりしてる」
「他人事みたいに言っちゃって。それで、今は大丈夫なの? 喧嘩してない?」
心配そうに聞かれたところで、「毎日のように喧嘩してます」なんて本当のことを言えるわけがない。でも、美晴は誰よりも近くで私と晶が喧嘩する姿を見てきた人間だ。まったく喧嘩していないと言うのもなんだか疑われそうで、私はへらへらと笑いながら曖昧に答えた。
「ま、まあ、たまには喧嘩するかな。ほら、晶って昔から几帳面すぎるところがあるでしょ」
「ああ、そうだよね。小学生の頃なんか、美雨が散らかした部屋を見て『汚すぎる!』って怒りながら片付けてくれてたもんね」
「うっ……あはは、そうでしょ? 今もそんな感じ。でも仲良くやってるよ」
だから心配しないで、と笑顔で締める。晶の話題はもう出さないでくれと願ったが、そんな私の願い空しく美晴はわくわくした表情で次の質問を投げかけてくる。
「ねえねえ、結婚式ってどんな感じだった? 写真見たけど、美雨すっごく綺麗だったね! 白無垢が似合ってた!」
興奮気味にまくし立てる美晴に、苦笑いを返すことしかできない。そりゃあプロにメイクを施してもらって、何十万もする着物を着れば私のような平凡な人間でも綺麗に見えるだろう――そんな卑屈な考えが頭に浮かんだが、口には出さず飲み込んだ。あんまり結婚に対してネガティブな反応をするなと、晶に口を酸っぱくして言われているのだ。
「……そうかな。きっと美晴のほうが似合うよ」
「ううん、そんなことない。お色直しの後に着てた引き振袖もとっても綺麗だった! やっぱり仏前結婚式だから、みんな和装にするものなの?」
「そうでもないらしいよ。お色直しでドレスを着る人もいるって言ってた」
「へえ、そうなんだ! いいなあ、結婚式。私も出たかったぁ」
本気で悔しがる美晴だが、ただでさえ緊張するあの場所に彼女がいたら私の情緒はとんでもなく不安定になっていたことだろう。あのときばかりは、美晴がアメリカに行っていてよかったと本気で思ったものだ。花嫁より綺麗で目立つ姉がいたら、式どころではなくなってしまう。
前菜のあとに運ばれてきた小エビのリングイネを口に運ぶ。どれもおいしい料理なのだろうが、正直なところ食事を楽しんでいる余裕はなかった。そんな私とは対照的に、美晴は「やっぱりここのパスタがいちばんおいしい!」とご満悦だ。
「そ……それより、美晴は? 今、彼氏とかいないの?」
「うん、いないよ。ていうか美雨、結婚指輪もよく見せて! どんなのにしたの?」
美晴の話を聞き出すように方向転換しようとしたが、あっさり失敗した。彼女のぱっちりとした目は私の薬指に向けられていて、なにか指輪にまつわるエピソードを期待しているように見える。
「あ、これは……晶が選んだんだ」
「へえー! 意外だね。それ、もしかして有名ブランドの指輪なんじゃない?」
興味津々に尋ねられても、この指輪にたいした思い入れがないから詳しく答えられない。確かに私の貯金では到底手の届かないような高級ジュエリーブランドの一品らしいが、これは晶が一人で選んで買ったものだ。しかも、晶自身も特に指輪に詳しいわけではなく、知り合いの伝手を頼って発注したものだと言っていた。要するに、体裁を整えるための道具に過ぎないのだ。
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