恋人に「お前ただの金蔓だから」と言われた場合の最適解

エイ

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家に帰ると

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 また仕事が増えるな……とエリザはため息をついていたが、師団長はまた別の部分が気に掛かっていたようだ。

「最初、毒薬を用いた兵器が暴発したのかと想定していたが、死者は一人も出ていないところを見ると違うようだな。昏倒させる作用のある薬物が爆発によって飛散したのだろうか……」

「昏倒させるのが目的の兵器と考えられなくもないですが……残留物を見ると違うようですね。何かの証拠隠滅のために爆破したのでしょうか。自爆してまでも隠したいものならば他の大きな犯罪が絡んでいるのでしょう」

「そうだな。捕まえた奴等が正気に戻ったら自白魔法を使ってアレの正体を聞き出そう」

 自白魔法は脳への負担が大きいため、むやみに使用してはならないとされているが、この場合多数の被害者が出ているため治療を優先するために師団長が己の権限において使用する許可を出した。
 エリザは多少会話ができるようになってきた組織の者から自白魔法をかけて取り調べを始める。

「地下室にあったものはなに?」

「商品……闇ルートに卸す……」

「この瓶の中身は何?」

「……薬だ」

「何の薬? 何の効果があるの?」

「新しい……商品だ。いい夢を見る……旧来型とは比べ物にならない……」

「どうやって使うものなの?」

「……、……」

 そこで自白魔法の制限時間が来たため聞き取りは終わった。だがそれだけで十分だと師団長が硬い表情を浮かべて言った。

「新しい違法薬物か。最近、おかしな薬が貴族の間で出回っていると噂があったが、恐らくそれのことだろう。皆、口を噤んで情報が集まらないが師団にも調査依頼がきていたんだ」

 貴族のあいだでは、凝った装飾の美しい喫煙具を用いた水たばこを嗜む人が多く、通常のたばこ葉では物足りなくなった人向けに酩酊作用のある混ぜ物をしたたばこ葉が売られるようになっていた。
 中毒性が高く、禁止薬物が使用されているのでもちろん非合法なのだが、地下マーケットで未だに売られているのが現状だ。

「水たばこに限らないが、一度手を出すともっと刺激の強いものを求めるようになるんだ。恐らくそういった者に向けて、新しい薬を流通させようとしていたんだろうな」

 元より高位の貴族が己のコミュニティで秘密裏に薬を回しているので、師団であっても調査が難しく、罪を擦り付けられた下位の貴族ばかりが逮捕され流通させている大元の逮捕にはいたらないまま今に至る。

「ただの人身売買の組織だと思っていましたが、もっと大きな犯罪組織の末端だったのでしょうか。いずれにせよ、原因物質の特定と出所の調査が最重要任務になりましたね」

「しゃあねえ。今日はもうやれることはないから帰っていいぞ。休みの日だってえのに現場の手伝いをさせて悪かったな」

 支援部隊が次々と到着していたので、負傷者の手当ても人手が足りてきているのでエリザには帰宅の許可が出た。まあ、本来休みなのにただ書類整理に来ていただけなのでさすがにこれ以上働かせるのは可哀想と思ってもらえたのだろう。事務所にいったん戻る必要もないので、現場からそのまま直帰することにした。


 家路を急ぐ中、隊服の襟を緩めると己の服に焦げ臭い匂いと共に甘ったるい香りが付いているのに気が付いた。
 地下から出たあとは自身にかけていた清浄魔法を解いていたので、現場の匂いが付いてしまったのだろう。
 薬品と香水を火にくべて燻されたみたいな酷い匂いだ。
 現場一帯に清浄魔法をかけたにもかかわらずこの匂いだ。鎮火前はもっと匂いが充満していただろう。酩酊させる成分を吸い込んでいなくとも、この匂いだけで目を回してしまいそうだとエリザは鼻にしわを寄せながら考えていた。

 ***

「ただいま……」

 忙しくて忘れていたが、家には昨日拾った男がいたんだったと屋敷の扉を開いて思い出した。
 部屋の明かりがついているからというのもあるが、他人がいると空気が違う。それを不快と思う自分はやはり貴族令嬢には向いていないと思う。
 父や母は着替えや食事、入浴までも使用人がいる環境に慣れていたが、十五歳で家を出て魔法師団の官舎で一人暮らしをしていたエリザにはもう使用人でも常に他人がそばにいるのは不快に感じるようになっていた。

 それなのに、どうしてアレを拾ってしまったのか。
 フィルのことで捨て鉢になっていたというのもあるが、あの宿無し男にひっかかるものを感じたのも事実だ。
 他人を招き入れたことをすでに後悔していながらも、『このクズを飼いませんか?』と売り込んできた男がどうするつもりなのかと怖いもの見たさで楽しみでもあった。

「おや、エリザさん。おかえりなさい……っと、どこかで燻製でも作ってきたんですか? 燻したてのソーセージみたいになっていますよ」

「うそ、そんなに臭い? 鼻が馬鹿になって自分じゃそこまでとは気付かなかったわ。すぐ浴室を使うから……」

「ああ、それなら着替えを準備している間に僕がバスタブに湯を溜めておきましょう。あまりに暇だったんで浴室も掃除しておいたんだ」

「えっ? 浴室に入ったの?」

「ええ、ピカピカにしておきました。どうです? 僕を拾ってよかったでしょう?」

「……そうね」

 居室にはエリザが鍵をかけておいたから、そちらには入っていないが水回りは厨房も含め掃除を済ませてあると男は誇らしげに述べた。
 気が利く、と褒めるべきなのかと思ったが、使用人経験のなさそうなヒモ男にまともな掃除ができるのかという不安と、なにか漁られているのではという心配が交差してありがとうとは言えなかった。

 着替えを自分で用意して浴室へ向かうと、男が宣言したとおりバスタブにはもう湯がなみなみと注がれていた。着替えを持ってくるまでせいぜい十分くらいなのにもう湯を満たせたのかと、手際の良さに目を瞠る。
 男はすでに浴室にはおらず、少し離れた厨房から音がするのでそちらにいるのだろう。エリザは扉に鍵をかけてから、服を脱いでそれを全て洗い桶に突っ込んだ。

 湯に浸かり、髪を洗ったが一度洗っただけでは煙臭さが落ちず、湯を替えてもう一度洗い流した。
 お風呂からあがって浴室の扉を開けると、厨房のほうから良い匂いが漂ってくる。何か作っているのだろうかと思っていると、男が厨房からひょいと顔を覗かせた。

「ああ、夕食を作ったんだけど、食べませんか?」

 どこから引っ張り出したのか、キッチンメイド用の可愛らしいエプロンを着用した男がお玉片手に声をかけてきた。

「ああ……えっと、ありがとう」

 誘われるままに厨房に足を踏み入れると、すでに料理が出来上がっている。

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