恋人に「お前ただの金蔓だから」と言われた場合の最適解

エイ

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保護者じゃない

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「お湯も準備してあるから、早く風呂に入って寝たらいいよ。疲れが顔に出ている」

「ありがとう……」

 実家を出て魔法師団に入ってからは、メイドも雇わずずっと一人でやってきた。誰かに世話をされるのは子どもの頃以来で、どうにも落ち着かない。
 ……いや、違う。こうして誰かに気遣ってもらうことが久しぶりすぎて、心が弱くなりそうで怖いのだ。
 赤の他人に依存するほど自分は弱くないはずだ。
 これまで辛い時も悔しい時も自分一人でなんとかしてきた。
 ぐっと唇を噛みしめて気持ちをこらえていると、エリックが静かな声で語り掛けてきた。

「……別に、元カレは君のことを憎んでいたわけではないと思うよ。小さな子どもが親に我儘を言って、どこまで許されるか試す行動みたいなものだ。己の感情しか見えていなくて、君がどれだけ傷つくかということまで考えられないほど思考が幼いんだよ。でも、君は彼の保護者じゃないのだから、すべてを許して彼の我儘を受け止める必要なんてないんだ」

 ハッとして顔をあげると、こちらをまっすぐ見つめるエリックと目が合う。彼は憐れむでも笑うでもなく、ただ少し痛みをこらえたような表情に既視感を覚える。

 昔もこんなことがあったような気がした。
 任務で敵対勢力とぶつかり、戦闘になり初めて人を殺した時。
 吐き気をこらえきれず人目につかないところに逃げて一人で吐いていたエリザに、そっと水を差しだしてくれた人がいた。
 その頃の自分は、女だからと舐められるのも特別扱いされるのも嫌で、必死に虚勢を張っていた。だから水を差しだされても素直に受け取ることができず振り払ってしまったのに、その人は怒るでもなく水と一緒にタオルをエリザの横に置いてくれた。
 それでもまだ、吐いている自分に対し、女だからしょうがないよねとか、だから女には務まらないんだとか言われるんじゃないかと警戒していたが、その人はただ静かな声で、「つらいのをこらえる必要はない、誰でもそうだ」とだけ言ってこちらを見ないようにして去っていった。
 顔見知りでもない、通りすがりの別部隊の人だったが、言葉を選んでこちらを気遣う雰囲気がとても伝わってきて、たったそれだけのことだったがずいぶんと救われた気持ちになったのを覚えている。
 今のエリックからも、あの時の人のようにただエリザをとても気遣っているのが言葉や表情から伝わってきた。

「急に……なに? 私が気に病んでいるように見えた?」

「そうだね。夜、枕を涙で濡らすくらいには傷ついているように見える。僕が添い寝して慰めえてあげられればいいんだけど、ベッドにもぐりこんだら蹴り殺されそうだからそれはできないし」

「そんなに足癖は悪くないわ。まずベッドに侵入させないし」

 エリックの作り笑顔に少し励まされる。
 腹の底が見えないこの居候にずいぶんと救われてしまっている。全てが嘘くさいのに、行動のあちこちに優しさが垣間見えてしまうから、つい心を許してしまいたくなる。

「まあ、ヒモはご主人様が望まないことはしないから、ベッドにもぐりこむのは諦めましょう」

 でも呼ばれればすぐに共寝いたしますよなどと嘯いて笑う彼につられて、ついエリザも笑ってしまった。
 言っていることは下品なのに、それを深いと感じないのは、彼が本気じゃないと分かるからだろう。

「……美味しい」

 リゾットは優しい味がした。

「それはよかった」

 それ以上、エリックは喋らずリゾットを口に運ぶエリザを静かに見守っていた。
 皿が空になると、早く湯を使うようにだけ言ってトレーを片付けるために彼は部屋を出て行った。

 食事をしたせいか、冷え切って強張っていた手がいつの間にかぽかぽかと温まっている。
 眠くなる前に風呂に入ろうと服を脱ぎ、エリックが用意してくれていたバスタブの湯に身を沈める。
 お湯から花の香りがするのは、彼が気を利かせて香油か何かを垂らしておいたのだろう。
 そういう細かい気遣いが、エリザの疲れた心にいちいち刺さる。
 湯に浸かりながら、ぼんやりと彼に言われた言葉を頭のなかで反芻していた。
 エリックの言う通り、自分はフィルの保護者のような思考になってしまっていた。

 あれだけのことをされたというのに、フィルと向き合った時に言葉を選んでしまった。罵って二度と来るなと言うべきだったのに、長年のくせというか、傷つける言葉を言ってはならないと無意識に言葉を飲み込むくせがついてしまっている。

 だが、エリザは彼の保護者じゃなく恋人だったはずだ。それなのに、いつの間にか親のような役目を求められて、自分たちの関係は大きくゆがんでしまった。
 エリザの中では、フィルは親に捨てられると泣いていた頃のままの姿で止まっていたのかもしれない。

 またフィルが接触を図ってくるのなら、未だに全ての我儘をエリザが受け止めてくれると信じているということだ。
 歪んだまま育って腐ってしまった二人の関係。
 それを終わらせる責任が、自分にはあるのかもしれない。


 ***

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