35 / 37
いつからか
しおりを挟む
二人にされても、何を話したらいいか分からず目を逸らしていると、エリックがギクシャクと声をかけてくる。
「エリザさんはひとまず体を休めて。まだ薬が抜けきってないでしょう」
「あ、ありがとうございます」
水は? お茶は? 毛布は要る? と色々訊ねて気を遣ってくれているようにふるまっているが、ただ質問されないよう逃げているとしか思えない。
「大丈夫ですから、座って話をさせてください」
「う……分かった」
エリザがきつめに言うとしぶしぶ席に着いた。
「聞きたいことは山ほどありますけど……まず、正体がばれた時にどうしてなにも説明しないでいなくなってしまったんですか? 状況的に私に内偵がついてもしょうがなかったと思いますし、私のために調査に入ってくれた事情を説明してくれれば……」
あれだけ疑わしい要素が揃っていたのだから、警察がしたように即投獄でもおかしくなかった。師団長の言うとおり、エリックが内偵にはいってくれたおかげで冤罪を免れたのだ。感謝こそすれ、恨むなどありえない。
あの時もちゃんとエリザの嫌疑を晴らすためだったと説明されればすぐに納得できたはずだ。それなのにエリックは何も告げずにいなくなることを選んだ。
今回も含め、何も知らされずただ守られていたことにあの日からずっと胸の中がモヤモヤして落ち着かない。
その気持ちをぶつけるように、やや恨みがましい言い方になってしまったせいか、エリックは難しそうな顔をして額を押さえうつむいてしまった。
「ずっと嘘をついていた相手から、あなたを助けるためだったなどと言われたって、信じられるわけがないだろう? そもそも、騙したのは事実だ。その騙した相手に理解を求めるつもりはないよ」
「でも、それは……任務で……」
「そうだ。僕は任務で君に近づいた。だから任務が終わったから離れた。それだけのことさ」
「じゃあ、だったらどうしてまた助けてくれたんですか? 離れたあとも、ずっと見守ってくれていたんじゃないんですか?」
「……違う」
エリザの疑いが晴れたなら、もう近くで見張る必要もないはずだ。それなのにあのタイミングで駆けつけてくれたのは、任務が終わっても気にかけてくれていたからではないのか。
「……じゃあどうして、騙すつもりの相手に、任務だけで近づいた相手に、あなたの本名を告げたんですか?」
師団長が彼のことをエリックと呼んでいたから、潜入捜査用の偽名ではなく本当の名前だと思いカマをかけてみたら、当たりだったらしく、ハッとしたように息を呑んだ。
出会いも身元も、全て任務のために作られた設定なのに、どうしてか彼は本名をエリザに告げた。わざと偽名みたいな言い方をして、本名を告げた理由はなんなのか。それが本当のことを明かせない彼の、精いっぱいの誠意だったのではないかとエリザは感じた。
そう告げると、エリックの瞳が揺れた。
「誠意とか、そんな奇麗なものじゃないよ。ただ、君には……本当の名で呼ばれたかっただけだ」
「私に、名前を? どうして……」
「どうしてって、師団長の言ったとおりさ。みっともないから隠し通して終わりにしたかったのに、そんなふうに問い詰められたら嘘もつけないじゃないか……」
一瞬なんのことか分からず首をかしげたが、すぐにハッと思い至る。
「え、え、それって、師団長の勘違いって言いましたよね?」
惚れた女、というのは冗談のはずだ。勘違いだと言っていたじゃないか。だがエリックを問い詰めるとみるみる顔を赤くしていく。
「エリザさんが入団してすぐの頃、地方遠征で一緒に仕事をしたことがある。僕はその時も別人になっていたから気づかなかっただろうけど」
エリックが言うには、エリザが初めて潜入捜査に参加した時のメンバーに彼もいたらしい。まったく思い当たる人物が記憶にないため驚いたが、赤狗は任務ごとに顔を変えているから、とも言われた。
「その捜査中に、他国の工作員と衝突して殺し合いになったんだ。君は初めて魔法で人を攻撃して、返り血を浴びて真っ青になって震えていた。限界だと思って後ろに下がらせようとしたが、最後まで戦うと前線に戻ったんだ。つい先日まで、貴族令嬢として生きてきた少女が歯を食いしばって戦うその姿が、目に焼き付いて離れなかった」
そんなことを言われて驚くしかない。エリザの記憶では、初めて敵と戦闘してパニックになったせいでグダグダになって終わった。
担当の先輩にはこっぴどく叱られ、こっそり吐いていたこともバレてしまい、結局女を現場に行かせた師団長が悪いと責められる結果になったことしか覚えていない。
「それからかな。君のことが気にかかり、かかわっている任務には目を通すようになっていたんだ。魔法師団における君の扱いは決して良いものではなく、有能なのに女性だからと下に見られることも多かった。それでも文句ひとつ言わず真面目に目の前の仕事に取り組む君を見ているうちに……その、好感を持ったというか……」
そこまで言うと、エリックはうつむいてモゴモゴと口ごもってしまう。
「エリザさんはひとまず体を休めて。まだ薬が抜けきってないでしょう」
「あ、ありがとうございます」
水は? お茶は? 毛布は要る? と色々訊ねて気を遣ってくれているようにふるまっているが、ただ質問されないよう逃げているとしか思えない。
「大丈夫ですから、座って話をさせてください」
「う……分かった」
エリザがきつめに言うとしぶしぶ席に着いた。
「聞きたいことは山ほどありますけど……まず、正体がばれた時にどうしてなにも説明しないでいなくなってしまったんですか? 状況的に私に内偵がついてもしょうがなかったと思いますし、私のために調査に入ってくれた事情を説明してくれれば……」
あれだけ疑わしい要素が揃っていたのだから、警察がしたように即投獄でもおかしくなかった。師団長の言うとおり、エリックが内偵にはいってくれたおかげで冤罪を免れたのだ。感謝こそすれ、恨むなどありえない。
あの時もちゃんとエリザの嫌疑を晴らすためだったと説明されればすぐに納得できたはずだ。それなのにエリックは何も告げずにいなくなることを選んだ。
今回も含め、何も知らされずただ守られていたことにあの日からずっと胸の中がモヤモヤして落ち着かない。
その気持ちをぶつけるように、やや恨みがましい言い方になってしまったせいか、エリックは難しそうな顔をして額を押さえうつむいてしまった。
「ずっと嘘をついていた相手から、あなたを助けるためだったなどと言われたって、信じられるわけがないだろう? そもそも、騙したのは事実だ。その騙した相手に理解を求めるつもりはないよ」
「でも、それは……任務で……」
「そうだ。僕は任務で君に近づいた。だから任務が終わったから離れた。それだけのことさ」
「じゃあ、だったらどうしてまた助けてくれたんですか? 離れたあとも、ずっと見守ってくれていたんじゃないんですか?」
「……違う」
エリザの疑いが晴れたなら、もう近くで見張る必要もないはずだ。それなのにあのタイミングで駆けつけてくれたのは、任務が終わっても気にかけてくれていたからではないのか。
「……じゃあどうして、騙すつもりの相手に、任務だけで近づいた相手に、あなたの本名を告げたんですか?」
師団長が彼のことをエリックと呼んでいたから、潜入捜査用の偽名ではなく本当の名前だと思いカマをかけてみたら、当たりだったらしく、ハッとしたように息を呑んだ。
出会いも身元も、全て任務のために作られた設定なのに、どうしてか彼は本名をエリザに告げた。わざと偽名みたいな言い方をして、本名を告げた理由はなんなのか。それが本当のことを明かせない彼の、精いっぱいの誠意だったのではないかとエリザは感じた。
そう告げると、エリックの瞳が揺れた。
「誠意とか、そんな奇麗なものじゃないよ。ただ、君には……本当の名で呼ばれたかっただけだ」
「私に、名前を? どうして……」
「どうしてって、師団長の言ったとおりさ。みっともないから隠し通して終わりにしたかったのに、そんなふうに問い詰められたら嘘もつけないじゃないか……」
一瞬なんのことか分からず首をかしげたが、すぐにハッと思い至る。
「え、え、それって、師団長の勘違いって言いましたよね?」
惚れた女、というのは冗談のはずだ。勘違いだと言っていたじゃないか。だがエリックを問い詰めるとみるみる顔を赤くしていく。
「エリザさんが入団してすぐの頃、地方遠征で一緒に仕事をしたことがある。僕はその時も別人になっていたから気づかなかっただろうけど」
エリックが言うには、エリザが初めて潜入捜査に参加した時のメンバーに彼もいたらしい。まったく思い当たる人物が記憶にないため驚いたが、赤狗は任務ごとに顔を変えているから、とも言われた。
「その捜査中に、他国の工作員と衝突して殺し合いになったんだ。君は初めて魔法で人を攻撃して、返り血を浴びて真っ青になって震えていた。限界だと思って後ろに下がらせようとしたが、最後まで戦うと前線に戻ったんだ。つい先日まで、貴族令嬢として生きてきた少女が歯を食いしばって戦うその姿が、目に焼き付いて離れなかった」
そんなことを言われて驚くしかない。エリザの記憶では、初めて敵と戦闘してパニックになったせいでグダグダになって終わった。
担当の先輩にはこっぴどく叱られ、こっそり吐いていたこともバレてしまい、結局女を現場に行かせた師団長が悪いと責められる結果になったことしか覚えていない。
「それからかな。君のことが気にかかり、かかわっている任務には目を通すようになっていたんだ。魔法師団における君の扱いは決して良いものではなく、有能なのに女性だからと下に見られることも多かった。それでも文句ひとつ言わず真面目に目の前の仕事に取り組む君を見ているうちに……その、好感を持ったというか……」
そこまで言うと、エリックはうつむいてモゴモゴと口ごもってしまう。
809
あなたにおすすめの小説
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる