きみこえ

帝亜有花

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学級委員

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「おい、女子生徒が階段から落ちたぞ」

「早く! 救急車を!」

    遠くでそんな声がかすかに聞こえた。
    それが最後に聞こえた声だった。


    一限目の間、陽太は先生の目を盗んでは、ほのかを構っていた。
 その方法は変わらず陽太がノートの切れ端を渡し、ほのかがスケッチブックで答えるというものだった。

【好きな食べ物は?】

    陽太が切れ端を渡すとほのかは少し考え、その答えをスケッチブックに書きだした。

【いちご牛乳(オ・レ・のスペシャルシリーズ)】

    ほのかの答えに陽太は更に笑みを増した。
    そして、ノートを破くと素早くペンを走らせ、ほのかに渡した。

【あー、それのシリーズ一番美味しいよな! でもそれ食べ物じゃなくて飲み物だな】

    ほのかは陽太に指摘されて恥ずかしくなり、赤面した顔をスケッチブックで隠した。
    ほのかがつい書いてしまったいちご牛乳(オ・レ・のスペシャル)というのはキメ顔をした男らしい牛のキャラクターがパッケージに描かれていて、とにかく牛乳にこだわり抜いて作られている為、いちごのスッキリ感と牛乳のマイルドでコクのある喉越しを奇跡的に共存させた飲料だった。

「はーるーのー!」

「げっ」

    陽太が気がついた時には既に遅く、担任の福島が教科書を丸めて陽太の頭を思い切り叩いた。

「いってー」

「春野ー、確かにお世話係に任命はしたが、授業中は授業を聞け。月島の勉強の邪魔をするなよ」

「あはは、春野だっせー」

    クラス中どよめきが起きるがほのかには何が起こっているのか良く分かっていなかった。
    陽太の方を見ると申し訳なさそうに笑った口元に両手を合わせ、謝る時のジェスチャーをして見せた。
    ほのかは次第に先生に怒られたのだろうと言うことを理解した。
    半分は自分のせいだと感じたほのかは陽太の真似をして口元に両手を合わせた。
    それを見てまた陽太は笑った。
    それにしても良く笑う人だとほのかは思った。
    改めて机の上を見ると陽太がくれたノートの歪な切れ端が山の様になっていた。
    ほのかはそれを一つ一つ集めると、丁寧に折り畳みブレザーのポケットにしまった。
    気のせいだと分かっているのに、心なしかポケットがほんのりと温かくなった気がした。


    一限目が終わると、ほのかの周囲には人だかりが出来ていた。

「ねえ、前の学校ってどこ?」

「部活には何に入るの?」

「私の名前は・・・・・・」

「そういや俺もまだ自己紹介とかしてなかったよな」

    ほのかは次から次へと何かを言ってくる皆に目が回ってきていた。
    一人の声も聞き取れない自分と比べて、聖徳太子は偉大だとそんな事を思った。
    助けを求めようと隣の席を見ると、肝心の陽太は忽然と姿を消していた。
    どうしようと悩んでいる間も席の周りには更に人が押し寄せてくる。
    顔に冷や汗が滲み、逃げ出したくなった時、目の前に一人の男子生徒が背を向けて立っている事に気がついた。

「そこまでだ。全員大人しく席に着け」

「なんだよ氷室ー、俺まだ何も話せてないのによー」

    他の男子生徒が文句を言うと氷室は言った。

「うるさい、学級委員兼お世話係様の言う事が聞けないとでも? 今から全員にこの用紙を配る。いわゆるプロフィール表だ」

    氷室の持つ用紙には一枚一枚に生徒の顔写真が付いていて名前を書く欄や、自己紹介を書くスペースがあるものだった。

「こいつに近づきたければ、まずはこれを書いてからだ」

「こんなのいつの間に用意したの?」

「用意したのは副担任だ。俺はそれを職員室に取りに行っただけだ」

    クラスの全員が席に着くと氷室は手際良く用紙を配って行った。
    そして、配り終えるとほのかの前に立ち、自分の用紙を差し出した。

「俺は氷室 冬真ひむろ とうまだ。あんたのお世話係を任されている。以後宜しく」

    そう言って冬真はズレを直すように眼鏡をクイッと上げた。

「と言っても、何も聞こえてはいないのは想定済みだが・・・・・・」

【ありがとう】

    ほのかは冬真にスケッチブックを見せた。
    だが、何か物足りなく感じ、上に小さく付け足し、再度冬真に見せた。

【助けてくれて、ありがとう】

    ほのかの口元はスケッチブックで隠れていたが、目元は確かに笑っているのを見た冬真は、赤らめた頬を隠す様にそっぽを向いた。

「別に係の仕事だからであって、君を助けた訳じゃ・・・・・・」

「お? 何だ、皆何やってるんだ?」

    そこで能天気に戻って来たのは陽太だった。

「全く、どこに行ってたんだよ、お世話係その1」

「ん、ちょっと便所に。一緒に行きたかったか?」

「もういい・・・・・・、それよりお前もこれを書いてそいつに提出してくれ」

    冬真は親指でほのかを指して言った。

「なるほど、これなら皆の事覚えられそうだな。良かったな月島さん!」

    そのやり取りを見ていたほのかは小さく頷いた。
    冬真はその二人の様子をじっと見詰めていた。
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