きみこえ

帝亜有花

文字の大きさ
56 / 117

七夕の願い事 if 中編 Change! Choice! Change!

しおりを挟む
    ゆらゆらと揺れる感覚の中で、ほのかはその懐かしい感覚を知っている気がした。
    その温かい手を、太くたくましい腕を心地よいと思いながらもう少しだけ眠っていたくなった。
    ふと思い出すのは断片的な記憶。
    あの海での記憶だった。



    ほのかが目を覚ました時、ほのかは夏輝に抱きかかえられていた。
    夏輝の周りの取り巻きはいつの間にかいなくなっていた。

「あ、目を覚ましたかい? お姫様?」

    ほのかは夏輝とあまりに近い距離に顔があるのと、いわゆるお姫様抱っこをされている事に気が付き慌てに慌てた。

「このまま保健室に行こうと思っていたところだよ」

    そう言われてほのかはますます慌てた。
    保健室には時雨が居る。
    時雨には心配をかけさせたくないとほのかは思った。

【もう大丈夫なので下ろしてください】

「んー、どうしよっかなー」

    夏輝はニヤニヤと笑いながらそう言った。
    そして、夏輝は方向転換すると階段を上り、屋上の手前の踊り場でほのかを下ろした。
    ほのかはやっと下ろして貰えた事にほっとしたが、それも束の間、夏輝はほのかを壁際に追いやると逃げられないように壁に両手をついた。
    いわゆる壁ドンの体勢にほのかの心臓は休まる事がなかった。

「ねえ、まだ返事聞いてないんだけど?」

【?】

    なんの返事かと思いほのかはそんな記号をスケッチブックに記した。

「デートに決まってるだろ?」

    夏輝はくすりと笑った。

【知らない人にはついて行っちゃいけないって先生が言ってた】

    返答に困ったほのかはそんな断りの常套句じょうとうくを書いてみた。

「知らない人だって? 悲しいな・・・・・・、まさか俺の事本当に忘れたなんて言わないよな? 俺は覚えてるぜ、子猫ちゃんと出会ったあの夏の日のあの海もお祭りも・・・・・・」

    そこまで言われてほのかはハッとした。
    ほのかはまさかと思いながら思い切り背伸びをして夏輝の前髪をぐっと後ろにかき上げてみたり、パッチリと開かれた瞳を無理矢理目付きを悪くさせてみたりした。
    そしてやっと目の前の人物が夏輝本人である事に気が付いた。
    しかし、そのあまりの変わり様にほのかはただただ驚くばかりだった。

「デートしてくれないって言うんなら、ここでこのまま襲っちゃうのもありなんだけど?」

    艶めかしい表情をした夏輝の顔がぐっと近付き、ほのかはまた目が回りそうになった。
    あと数センチで互いの唇が触れ合いそうになったところでほのかは夏輝の胸に両手をつき、グッと力を入れて押し返した。
    そして頬を紅潮させ、混乱する頭で一心不乱にスケッチブックに文字を書いた。

【行くので離れてください】

    ほのかはこのままでは心臓が早鐘を打ちすぎておかしくなってしまうと思い白旗を上げた。

「嬉しいなぁ、じゃあ夜七時に駅前で待ってて」

    夏輝は笑顔でそう言い、上機嫌な様子で階段を下りていった。
    ほのかは見えなくなっていく夏輝の背中を見ながら床にへたりこんだ。
    理由も原因も分からない、言いしれない感情がほのかの心の中を渦巻いていた。




    放課後、ほのかが部室に行くと翠が青い顔をして机に突っ伏していた。
    ほのかが部室に入ってきたのを見て翠は僅かに顔を上げた。

【お疲れ様です】

「ああ、月島さん・・・・・・」

    ほのかはいつもと様子の違う翠が気になり問いかけた。

【どうかしたんですか?】

「うん、実は夏輝がね・・・・・・」

    翠はほのかに夏輝の変わりようについて語った。

「実際どうしていきなりこうなってしまったのか分からないんだ。だけれど、可能性があるとしたらこれかもしれない」

    そう言って翠は懐から銀色の短冊を取り出した。

「昨日これと同じ金色の短冊を夏輝に渡したんです。非現実的な事ですが、夏輝はその短冊に何かを願って、それが叶ってしまったのかもしれません」

    確かに翠の言う事は到底信じ難い事だった。
    だが、今のところ夏輝が変わった手掛かりらしき出来事はそれしかなかった。

【じゃあその短冊で先輩を元に!】

    翠の言う事が正しければ、翠の手元に残った短冊を使えば夏輝を元に戻せるのではないかとほのかは考えた。
    しかし、翠は静かにかぶりを振った。

「それも考えたのですが、せっかく夏輝の望みで変わったのならそう簡単に戻してよいものか分からなくなったのです。あれだけ人気者になったのですし・・・・・・しかし、人の人生を変えてしまったという事実もまた罪悪感があります」

    翠はほのかに短冊を差し出した。

「月島さん、あなたに選択を預けたいと思います。お恥ずかしながら私には決断する勇気がありません。あの夏輝は我々の知る夏輝ではありませんが、夏輝である事実は変わりません。どんな夏輝を選んだとしてもあなたの選択ならば夏輝は受け入れると私は信じています」

    ほのかは頷きながら翠から短冊を受け取った。
    こんなにも軽いのに、その手にずしりと重みがのしかかるように感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...