きみこえ

帝亜有花

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X'mas if 前編 あのクリスマスをもう一度

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「クリスマスか・・・・・・」

  時雨は手帳のカレンダーを見詰めながら呟いた。
  時雨にはずっと後悔している事があった。
  毎年、その日が近づく度にその後悔の念が押し寄せてきて、幾度もあの日に戻れたのならと考えた。

「秋本先生!  危ない!」

「えっ?」

  考え事をしながら校庭を歩いていた時雨は、その危機を知らせる声に反応するのに遅れてしまった。
  よって、保健医だというのに頭にサッカーボールが直撃し倒れた。
  症状は脳震盪と言ったところだった。



『時雨、聞いてるの?』

「えっ?」

  懐かしい声に目を開けると、学校ではない事に驚いた。
  あまりにも驚いて座っていた椅子から転げ落ち、手にしていた携帯を床に落とした程だった。
  高校時代に使っていた机、開きっぱなしになった数学の教科書、昔流行っていたCD、ハンガーに掛けられた学校の制服、そこは、随分と前に時雨が住んでいた部屋だった。
  しかも、とっくの昔に引き払った筈の部屋だった。

「な、何でここに・・・・・・」

  すぐに今の状況がありえない事だと時雨は察した。
  夢だと思いたくても尻もちをついた痛みはそれを否定していた。

『ちょっと、すごい音したけどどうしたの?』

  床に落ちた携帯からは母親の声が聞こえ、時雨は動揺しながらも携帯を拾った。

「ごめん、母さん。ちょっと転んだだけだから」

『もう、何やってるの?  気をつけなさい』

「それで、何の話だっけ?」

  時雨は精一杯冷静を装いながら周囲を再度確認した。
  八年前の日付が示されたカレンダーやデジタル時計、鏡に映る幼さの残る顔。
  結論として到底信じ難いが、どういう訳だが過去へと回帰したのではないかと時雨は考えた。

『もう、ちゃんと聞いてよね。従兄妹のほのかちゃんを一日預かって欲しいんですって。あなたがバイトばかりしているのは分かっているけれど、どうかしら?』

  時雨は過去、一人暮らしの生活費や大学の学費を稼ぐ為にアルバイトに明け暮れ、母親からの頼みを断っていたのを思い出した。
  しかも、高校生時代は親戚付き合いが浅く、ほのかの存在を意識し始めたのは大学生時代からだった。
  回帰する前、やり直せたらと思ったのは丁度この日だと時雨は気が付いた。

「やる!  丁度冬休みに入った所だし、一日と言わず毎日でもいいくらい!」

  時雨はこの日をやり直せるのなら、いつものバイトだろうと、短期の高額バイトだろうとキャンセルするつもりでいた。

『はあ?  あなた、何を言っているの?  一日だけと言っているじゃない。まあいいわ、後で詳細をメールするから。じゃあ宜しくね』

  時雨はガッツポーズをしながら電話を切った。




  時雨は緊張した様子で八歳の少女と対面していた。
  あどけない顔、フワフワとした髪は今よりも短い肩位の長さ、白くて柔らかそうな肌、今よりもグッと短い手足と身長、何もかもが新鮮だった。

「えーと、こんにちは、ほのかちゃん。僕の事覚えてるかな?」

  以前お正月で親戚の集まりで会ったのは随分と前の話だった。
  だから、ほのかが自分の事を覚えていなくても仕方がない事だと時雨は思った。

「こんにちは、時雨お兄ちゃん」

「グハッ・・・・・・」

  時雨は心臓に大ダメージを負った。
  幼いが久しぶりに聞く声、純新無垢、天真爛漫な笑顔、自分の事を覚えていてくれた事、そして極めつけはお兄ちゃん呼び、これら全てに絶大な破壊力があった。

「か、か、か、可愛いーーー!  小さいーーー!  そ、そうだ、写真! 写真撮らせて!  記念にツーショット写真も!  あとボイスレコーダーも!  あーー、一日と言わずにこれからずっと保護してあげるから一緒に住まない?」

「パパとママは大事なお出掛けがあるから一日だけって言ってた」

  時雨は興奮状態でほのかの声をちゃっかり録音しつつ、携帯のカメラ機能で三百六十度ほのかの周りをちょこまかと写真を撮りまくった。

「何あれ、不審者かしら?」

  通行人から白い目で見られている事に気が付いた時雨は我に返り咳払いをした。

「今日はお母さんとお父さんの代わりに僕と一緒にクリスマスを過ごそう。一日宜しくね」

  ほのかはニコリと笑って頷いた。





「うん、確かにクリスマスっぽいけど・・・・・・本当にここでいいの?」

  時雨とほのかは街の外れにある教会に来ていた。

「サンタさんを呼ぶ為の儀式をするの!」

  しかも、教会の中ではなく、外に飾られた大きなツリーの前で
  ほのかはひたすらポケットからクッキーやら飴玉を並べていた。
  しかも、七夕の如く短冊に【サンタさんに会えますように】という願い事付きだ。

「うーん、短冊の異物感・・・・・・。このお菓子は?」

「サンタさんへの貢物」

「へ、へ~・・・・・・」

  最初は子供らしい可愛い発想だと思ったが、高校生になったほのかも思考回路がほぼ変わっていない様な気がして時雨は必死に笑いを堪えた。

「そんな事より、教会の中には入らなくていいの?  あ、どうせなら教会で永遠の愛を誓うってのもありだよ?」

  ほのかは時雨を見上げると「それはサンタさんが呼べないからダメ」と一刀両断した。

「ぐっ、これは、フラれたなぁ。でも、サンタさんを呼ぶ為には他の儀式も必要じゃない?」

  そう言うと、ほのかは時雨の言う事に興味を持った。

「他ってなあに?」

「それはお楽しみってやつかな」





  二人は商店街に来ていた。
  そして、時雨は目の前の食材と己の財布を交互に見て、深い溜め息をしながら絶望していた。

「時雨お兄ちゃん、どうしたの?  お顔が青いよ?」

「うん、うん、そうだね。自分が高校生だって事を忘れていたんだよね」

  現在、時雨の財布の中には千円札が三枚入っていた。
  月末による光熱費、通信費、家賃の支払い諸々、残りの金額で給料日まで凌がなければならないという現実が時雨を襲った。

「くっ、社会人の財布だったらカードであれこれ気にせず買えたのに!  いや、冬休みだし、短期バイト増やせばまだ望みはある!  ここはパーッと・・・・・・」

  時雨は財布から目を逸らし、ほのかの方を見たが、そこにはほのかの影も形もなかった。

「え!  ほのかちゃん!?」

  しまったと思った時には遅かった。
  時雨はすっかり油断していた。
  子供というのは好奇心が旺盛で、目を離せばどこかに行ってしまう。
  時雨はすぐさまほのかを探しに走り出した。
  もしも、誘拐でもされたら、もしも、どこかで事故にでもあったら、そんな事を考えるだけで背中が急激に冷たくなるのを感じた。
  商店街にある本屋、駄菓子屋、おもちゃ屋、ゲームセンター、子供が興味を持ちそうな所は隈なく探した。
  しかし、時雨の考える所にほのかはどこにも居なかった。
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