悪夢買います! 〜夢見の巫女〜

帝亜有花

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天啓

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「困ったわ・・・・・・あああ、どうしよう」
 エルリィスは頭を抱えてうずくまり床に転がった。外からは爽やかな鳥の歌と、活発に活動を始める城の人々の声や足音がしていた。朝だ。朝が来てしまったのだ。
「結局、眠れなかった・・・・・・」
 アルフが去った後、エルリィスは眠る努力をした。無限に数を数えてみたり、経典をひたすら暗唱したりもした。だが、すぐにアルフとの会話を思い出してしまい集中する事が出来なかった。
 エルリィスは今までオルディン以外の城の人間とは会話らしい会話をした事が無かった。あんな風に誰かと話をする事はエルリィスにとって、とても久し振りで、喜びを感じていた。何度も会話のやり取りを思い出しては心が踊った。だが、問題は夢を見られなかった事だ。エルリィスがオルディンにどう言い訳をするかを考え唸っていると塔の階段を登ってくる足音に気が付いた。ゆっくりと一歩一歩近付いて来る足音はエルリィスにとって、まるで死刑執行人が近付いて来る様に感じられた。
 エルリィスはどうすべきか、必死に考えた。一か八かで何も起きないと言ってみるか、それとも暗殺者の事を聞かれるだろうから情報を言えば機嫌は取れるだろう。だが、エルリィスはそれだけはしたくはなかった。エルリィスはアルフとの会話を思い出していた。オルディンに言ってしまえばアルフにはきっともう会えないだろう。
 足音の主は階段を登りきり、エルリィスの牢へと近付く。もう時間が無いと判断したエルリィスは意を決した。壁に手を突き、深呼吸を一つし、思い切り、頭を壁に打ち付けた。すぐに鈍い痛みが襲い、エルリィスは意識を流されるまま手放した。


 城下町の何処にでもある様な宿屋にて、アルフは部屋の窓辺に腰掛けながら考え事をしていた。
 アルフが初めて夢見の巫女と言う存在を知ったのは幼少期の頃だった。

「ああ、夢見の巫女の天啓が下った・・・・・・」
 そう言ったのは齢九十を超えたウカという老婆だった。ウカは幼いアルフを親代りとして面倒を見ていた。そして時折、天啓が下ったと譫言の様に言う事があった。
「なぁ、婆さん、ゆめみのみこって何だ?」
 アルフは当時何も知らない子供だった。時々ウカがボヤく天啓の名はいつも小難しく、単なる呆けた老婆の独り言だとも思っていた。
「さあねぇ、分かるのは天啓の一つさ。それもとっても特別なねぇ」
 ウカはスープの鍋を掻き回しながらアルフの質問に答えた。老婆が鍋を掻き混ぜる姿はさながら童話に出てくる魔女の様だった。
「じゃあ、てんけいって何だよ」
「そうだねぇ、簡単に言うと特別な力だねえ。誰にでもある訳でもないし、唯一無二の色んな天啓があるのさ。私のどこかの誰かに天啓が下ったのが分かるのも天啓の一つだよ。遺伝と考える人も居るし、単なる才能と考える人も居るし、全く信じない人も勿論居る」
「ふーん、じゃあ俺には? てんけいは?」
 ウカは何か考えるかの様に少し間を開けて言った。
「さてねぇ、天啓を授かるのはほんの一握りの人間だけさ。子供の内に授かるもんだけど、大人になっても何も無ければ諦める事だね」
「えー、俺もてんけいが欲しい」
  また少しの沈黙の後、ウカは真面目な顔でアルフに言った。
「いいかい、良く覚えておいで。古い伝説によると、この世界にはとても特別な天啓を持つ者が居る。十啓と呼んでいてねえ、十人揃った時、強大な力を手に入れられる。だが、決して十人集めてはならないよ。と言っても、そんな奇跡はなかなか起こらないけれどねぇ」

 昔の記憶を辿っていると、窓を叩く音に気が付いた。ふと外を見ると首から紋章を下げた青い小鳥が窓辺に佇み、しきりに嘴で窓の硝子を啄いていた。アルフが窓を開けるとすぐに鳥は部屋の中に入り、アルフの人差し指に乗った。
「やあ、若様ご機嫌いかがかな? 」
 青い鳥の嘴から紡がれるのは可愛らしいさえずりではなくルドの声だった。
「若様はやめろ。お前のせいで麗らかな昼が台無しだ」
「はあ、相変わらずつれないなぁ。こっちは朝のアルフ様の寝顔を鑑賞も我慢してひとっ走りしたと言うのに。取り敢えず、例の事は依頼人に報告が終わりましたよ」
 青い鳥はアルフの指の上で毛ずくろいをしながらそう言った。
「今度から宿の部屋は別々に取る必要が有る様だな。それにしても随分と早いな」
 ルドの向かった先はこの国より二つ程離れた所にあった。普通に行けば一週間は掛かる距離だった。
「まあね、この私にかかればこんなものです」
「それより、まだその国に居るか?」
「ええ、まあ、これから帰ろうかと思ってたところですが」
「なら、爺さんにもう一度会って商談してこい。あの不死身の王を玉座から降ろす気はあるのかってな」
「ええっ!? ちょっ、 若様! またそんな気まぐれな事言って。本当にそんな事出来るんです?」
 アルフはルドの声から慌てる様子が容易にに想像出来た。
「ああ、俺は不可能な事は言わない。策はこれから考える」
「ええー、また行き当たりばったりは御免ですよ? まあ、商談はしてきますけど・・・・・・でも一体何故そんなに今回はやる気なんです? まさか、夢見の巫女と関係するのです?」
 青い鳥はアルフの顔を凝視した。その黒い目にはアルフの自信に満ちた顔が映っていた。
「ああ、俺の考えが正しければあいつは十啓の一人だ」
「やはり・・・・・・ですか」
「お前が夢見の巫女の事を知らなかったのがその証拠だ。そうだろ? 不完全なる辞典?」
 アルフは意地の悪い顔で言った。悔しがるルドの顔を想像してなお良い気分になった。
「全知なる辞典ですー!! もう、十啓については鍵が掛かってるんですから仕方が無いでしょう? それで、お会いになっていかがでした?」
「歳は十四、五位か、あれは巫女様として祭り上げると言うより完全に奴隷扱いだな。オルディンらしいと言えばらしいが。それからヘルゲイムの呪具を使われていたな」
「それはそれは随分と高級な奴隷ですね・・・・・・ああ、そろそろ時間の様です」
 アルフが鳥を見ると、首元に下げている紋章が消えかかっていた。
「兎に角、あまり感情移入するのもどうかと思いますけど。続きはまた帰ってからにしましょう」
 そう言い残して首元の紋章は消え、はらりと紙で出来た首輪が落ち空気に溶けて消えた。
「感情移入・・・・・・か」
 アルフは独りごちて同じ色をした空に飛び立つ鳥を見上げた。


 夕刻になって、エルリィスは痛む身体を引き摺りながら兵に連れられ牢屋に戻った。
 結局の所、予知夢はなんとか見る事は出来た。特に何事も無く平穏な一日をオルディンは過ごせると言う結果だった。しかし、エルリィスが気絶している間の時間を無駄にした事と、追い打ちをかけるように暗殺者の事も知らぬ存ぜぬを通した為オルディンに平手打ちされる事一回、お腹を蹴られる事三回、背中から踏まれる事六回、腕、脚を蹴られる事十二回の暴行を受けた。長年の経験からなるべく受け身をとるようにしている為、痣は多数出来ていたが骨までは折れていないのが幸いだった。
 痛みと疲れから、今日は早いうちから寝てしまおうとエルリィスは考えた。
 身体を硬い寝床に横たえるとあちこちの打ち身が痛み、エルリィスは苦悶し、呻き声を上げた。
「くあ・・・・・・うぅう」
 痛みで暫くは眠れないかもしれないと思った時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お辛そうですね、そのお怪我。大丈夫ですか?」
 エルリィスはすぐに起きようとしたが起きるにしても上手く身体に力が入らなかった。その声はとても幼い声で、瞬時にあの不思議な夢で聞いた声だと気が付いた。そして声は驚くべき事にアルフの様に牢の外からではなく中から、いや、エルリィスの傍らから聞こえたのだった。
「あなたは・・・・・・どうして・・・・・・?」
「えっと、苦しそうなお姿を拝見して・・・・・・つい? あ、そうだ、寝苦しそうなので宜しければ僕がお手伝いしますね」
 少年はエルリィスの聞きたい事とは少しズレた事を言った。エルリィスは少年の姿は見えないがより近くに気配を感じ身構えた。例え自分よりも年下だとしても気は抜けなかった。
「ああ、そんなに警戒しないで下さい。僕、怪しい者ではありませんから」
 まるで明らかに怪しい者の常套句を言って少年はエルリィスの頭に手を乗せた。
「なんて、そんな事言っても怪しむなと言うのも無理がありますよね。まあ、取り敢えずお休みなさい」
「えっ! ・・・・・・・・・・・・うっ」
 エルリィスには少年が何をしたのかさっぱり分からなかった。少年が頭に手を乗せた後、急激に意識がどんどん薄れていくのを感じた。世の中には天啓と言う不思議な力がある。少年が牢に入れたのも、こうして何かの力を使われたのも、何かの天啓なのだとしたら、下手をすればもう二度と目覚める事は出来ないかもしれない。エルリィスが意識を完全に手放す前に最後に聞こえたのは少年の「良い夢を・・・・・・」と言う言葉だった。
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