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第22話 新人たちの誓いと、「保険聖職者」という名前
しおりを挟む——“祈りを数字にする”なんて、やっぱり嫌だ。
でも、“数字にしなきゃ届かない祈り”があることも、もう知ってしまった。
◇◇◇
「では、本日より——“医療互助制度・第一期研修会”を始めます」
石造りの小さな講堂に、私の声が響いた。
ここは、街外れの礼拝堂と財務省のあいだに新しく借りた、半分は倉庫みたいな建物だ。
急いで机と椅子を並べ、壁には手描きの図と表を貼りつけている。
前を見れば、十数人の男女がまばらに座っていた。
元・神殿付き祈祷師。
冒険者を引退した回復役。
街の施療院で働く薬師見習い。
そして——
「……緊張してる?」
最前列の端で、ミラがこくこくと頷いた。
「は、はい……。
“第一期”って、響きが重くて」
「大丈夫。
失敗しても“第二期で直す”って書いておきますから」
「そ、そんな気楽な……」
ミラの顔は真っ赤だが、その目は真剣だ。
隣の席では、ギルドから派遣された若い受付職員が緊張のあまり背筋を伸ばしすぎている。
(……ここから、三年分の“現場”が増えていくんだ)
そう思うと、胸の奥がざわざわした。
◇◇◇
「まず、自己紹介からいきましょうか」
私は手元の名簿を見ながら、ひとりずつに目を向けた。
「“互助制度対応治療師”として登録予定のみなさんです。
自分の名前と、今までどんな場所で“癒やし”に関わってきたかを教えてください」
最初に立ち上がったのは、粗末な法衣を着た青年だった。
「ハルク・ローレン。
これまでは、地方の小さな村の祈祷師でした」
どこか警戒するような視線で、彼は言葉を続ける。
「村では、金のあるなしに関係なく怪我人を診てきました。
だから正直、“癒やしを金で区切る”この制度には、まだ納得しきれていません」
講堂の空気が、ぴりっと緊張する。
「ただ……」
ハルクは、少しだけ目を伏せた。
「去年、村で流行り病が出たとき、薬が足りなかった。
どれだけ祈っても、薬代は祈りじゃ払えない。
そのとき、“数字で守れる命もある”って思い知らされました」
彼の拳が、膝の上でぎゅっと握られる。
「だから、ここに来ました。
“祈りを数字に変えるやり方”を、自分の目で確かめたくて」
「……ありがとうございます」
私は、自然と頭を下げていた。
「納得していないまま来てくれたこと、そのまま言葉にしてくれたこと、うれしいです」
ハルクの視線が、少しだけ柔らかくなる。
◇◇◇
そのあとも、さまざまな“以前の現場”が語られた。
施療院で、支払いのたびに顔を曇らせる患者を見てきた薬師。
ギルドで、回復薬の代金を払えずに依頼を諦めた冒険者を見送ってきた女性。
そして、神殿で“信仰心が足りない”と言われ続けた、元同僚の祈祷師たち。
(みんな、どこかで“お金のせいで守れなかった何か”を抱えてるんだ)
それが痛いほど伝わってきて、胸の奥がきゅっとなる。
「最後に——ええと、“財務省側の研修担当”の方」
私は、講堂の一番後ろで書類をめくっている人物に視線を向けた。
「ご挨拶、お願いします」
「……財務省医療互助制度調整室、ユリウス・クラウスだ」
彼は、渋々といった様子で立ち上がる。
ざわり、と前列がざわめいた。
「クラウスって……砦の報告書で出てきた名前じゃ……」
「ってことは、この人が“数字を担当してる人”?」
囁き声が飛び交う。
「自分の役割は単純だ」
ユリウスは、淡々と言った。
「互助の箱に“いくら入っているか”を数え、その数字で“どこまで守れるか”の線を引く。
線の外側を“互助としては守れない”と判断することもある」
ハルクが、鋭い目で彼を見た。
「……それは、“金のない人間を切り捨てる”ってことですか」
「違う」
ユリウスは即答した。
「“一度に守れる人数”を決めることだ」
講堂の空気が、また変わった。
「箱に入っている金が有限である以上、全員を同じようには守れない。
だから、現場と一緒に線を決める。
“どういう状況なら互助で守るのか”
“どういう状況なら国庫や別の箱で守るのか”
それを曖昧にしないために、数字を使っているだけだ」
「“切り捨てるための数字じゃない”ってことですか」
ミラがおそるおそる尋ねる。
「そうだ」
ユリウスは、珍しくはっきりと頷いた。
「もし君たちが、互助の枠を広げたいと思うなら——
現場の声と数字をセットで持ってきてくれ。
“ここで誰かが諦めることになった”という事例と、
“互助の箱に今いくらあるか”という報告を」
ハルクの目が、少しだけ和らぐ。
「数字だけで線を引かれたくなければ、数字だけを渡すな。
祈りと一緒に渡せ」
最後の一言は、少しだけこちらを見て言われた気がした。
「……以上だ。
不満があるなら、現場で数字を集めてから来い」
「ケンカ売ってます?」
思わず小声で突っ込むと、前列からくすくす笑いが漏れた。
でも、その笑いにはどこか安堵も混じっている。
◇◇◇
午前中の講義は、“互助の仕組みの基礎”だ。
契約の流れ。
掛け金と給付金の関係。
“緊急支援箱”と“戦時特別金”の違い。
私は黒板代わりの板に簡単な図を描きながら説明した。
「……つまり、“互助の箱”だけじゃ足りないときは、
“別の箱”を用意して一緒に使う、ってことなんですね」
ミラが、真剣な顔でメモを取っている。
「はい。
互助は、万能の神様じゃありません。
だからこそ、“足りないところ”をどう補うかまで含めて制度なんです」
「でも、“足りないなら足りないなりに諦めてもらう”って選択肢も、
正直、あるんじゃないかと思うんです」
ハルクが、真正面から言ってきた。
「どれだけ箱を増やしても、どこかでは限界が来る。
それなら、“ここから先は守れない”って割り切るほうが潔いんじゃないですか」
講堂の空気が、また固まる。
私は、ゆっくりと彼を見た。
「“潔さ”で人の生活は守れません」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「諦める線を早く引いてしまえば、そのぶん楽になるのは制度を作る側です。
“ここで諦めてください”って言ってしまえば、それ以上頭を悩ませなくていい。
でも、私は——」
砦の夜が、頭に浮かぶ。
血の匂い。
うめき声。
“互助三割”という線。
「一度引いた線の上で、“それでも漏れた人たち”の顔を忘れたくないんです。
守れなかった約束を書き残すために報告書を書いているのは、そのためです」
ハルクの目が、揺れた。
「“諦める線”を引くこと自体は、避けられません。
でも、“諦めたままにするかどうか”は、現場の選び方で変えられるはずだと思っています」
講堂のどこかで、息を飲む音がした。
「……ずいぶんと、面倒くさい祈り方ですね」
ハルクが、ぽつりと言う。
「そうですね」
私も、笑って頷いた。
「“信仰心が足りない聖女”には、お似合いかもしれません」
前列で、ミラがくすっと笑い、周りもつられるように表情を緩めていく。
◇◇◇
午後からは、実地演習だ。
ギルドの一角を借りて、“相談窓口のロールプレイ”をする。
「じゃあ、最初の担当はミラ。
相談者役はハルクさんで」
「えっ、いきなりですか!?」
「互助の説明、礼拝堂でいつもやってるじゃないですか」
「そ、それはリゼルさんが横にいてくれるからで……!」
ミラの慌てぶりに、周りから好奇心と親近感が入り混じった視線が集まる。
私は少し離れた椅子に座り、メモを取る準備をした。
(うまく言えなくてもいい。
大事なのは、“どこでつまずいたか”を一緒に見ることだ)
そう自分に言い聞かせていると、隣からぽつりと声がした。
「——“保険聖職者”」
「はい?」
ユリウスが、ギルドの柱にもたれながら、ぼそりと呟く。
「“制度のことが分かっていて、祈りのことも分かっている人間”を、
何と呼べばいいかという話が出た」
「正式名称は“互助制度対応治療師”でしたよね」
「長い」
「ですよね」
思わず同意してしまう。
「で、一部の大臣がこう言った」
ユリウスは、少しだけ口元を緩めた。
「“聖女が始めた互助なら、その現場を担うのは“保険聖職者”と呼べばいい。
どうせ新聞が勝手にそう書き立てる”と」
「し、新聞……」
どこかで誰かが面白がって、勝手にそんな見出しをつける未来が目に浮かぶ。
「君は嫌か?」
「嫌っていうか……」
私は、自分の胸元を見下ろした。
そこには、神殿時代の聖女の徽章ではなく、“互助制度調整室”の小さなバッジが光っている。
「“保険聖職者”なんて名乗ったら、
きっと神殿の人たち、また変な顔しますよ」
「もう十分されているだろう」
ユリウスの冷静なツッコミに、苦笑するしかない。
「……でも」
私は、窓口で必死に説明しようとしているミラの背中を見た。
言葉につまって、紙をひっくり返して、それでも諦めずに“互助”の仕組みを伝えようとしている。
その隣では、ハルクが“お金のない人”役になりきって、わざと意地悪な質問を投げている。
——それでも、皆、本気で“守れる線”を探そうとしている。
「悪くないかもしれません」
「何が」
「“保険聖職者”って呼び名」
私は、小さく笑った。
「だって、“祈りを諦めない人”の肩書きみたいで」
ユリウスが、一瞬だけ目を丸くし、それから視線をそらした。
「……大臣たちには、そう伝えておく」
「やめてください、恥ずかしいです」
そう言いつつも、胸の奥が少しだけ温かくなる。
◇◇◇
その日の研修が終わるころには、皆、ぐったりと疲れ切っていた。
「頭を使う癒やしって、こんなにしんどいんですね……」
ミラが机に突っ伏しながらぼやく。
「戦場で腕振るうのとは、別の筋肉使う感じだな」
退役冒険者の男が、肩を回しながら笑った。
ハルクは、窓の外の夕焼けを見ながら呟く。
「……祈りの形、本当に変わるのかもしれませんね」
「変わってほしいですか?」
私が尋ねると、彼は少し考えてから頷いた。
「変わらないままで守れなかったものを、いっぱい見てきたので」
その答えに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「だから、せめて——」
ハルクは、こちらを見た。
「“数字にするのが嫌だから”って理由だけで、諦めるのはやめようと思います」
私は、静かに応えた。
「じゃあ、一緒に面倒くさい祈り方を覚えていきましょう」
「言いましたね」
ハルクが、くすりと笑う。
「言いましたよ」
講堂の窓から見える空が、ゆっくりと紫に染まっていく。
——三年後、この空の下でどれだけの“保険聖職者”が働いているだろう。
想像もつかない。
でも、きっとどこかで誰かが、今日みたいに頭を抱えながら線を引いている。
その線が、できるだけ多くの祈りを抱えられるように——
「“保険聖職者”って、やっぱりちょっとカッコいいかもしれない」
心の中だけでそう認めながら、私は最後の出席簿に、そっとペンを走らせた。
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