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第23話 神殿からの召喚状と、「信仰心が足りない聖女」の帰還
しおりを挟む——また“信仰心が足りない”って言われに行くのか。
でも今度は、あの日と同じ場所で、同じようにはうつむかない。
◇◇◇
「リゼルさん、新聞、新聞!」
朝の礼拝堂で帳簿とにらめっこをしていると、ミラが半分転がるように駆け込んできた。
「どうしたんですか、火事でも——」
「火事じゃなくて記事です!」
差し出された紙面には、大きな見出しが踊っていた。
『辺境砦を救った“保険聖職者”たち
——祈りと数字で命をつなぐ、新しい聖職の形』
「あああああ」
思わず顔を押さえた。
「やっぱり“保険聖職者”って書かれてる……」
「かっこいいですよ?」
ミラはきらきらした目で記事を指さす。
「ほら、“互助三割・砦二割・国庫五割の線引きは、元聖女リゼルの提案によるもの”って」
「その“元”ももうちょっと言いようがあると思うんですけどね……」
ため息をつきながらも、記事を追う。
砦の兵の証言。
ギルドでの説明の様子。
“保険聖職者”第一期研修の話まで、割と細かく書かれている。
「これ、誰がしゃべったんでしょうね」
「ヘルマン隊長と、あと……ギルドの誰か、ですかね」
「間違いなくマリナさんですね」
そう言っていると、礼拝堂の扉がもう一度開いた。
「ピンポーン、“誰か”登場」
「やっぱりあなたですか」
マリナが、新聞をもう一部ぶんぶん振りながら入ってきた。
「いやー、記者さんが“なんか面白い話ありません?”って言うから、つい」
「“つい”で全国紙に乗せないでください」
「でもいいじゃない、“保険聖職者”広めたかったんでしょ?」
ぐうの音も出ない。
嬉しさと気恥ずかしさがごちゃ混ぜになって、胸のあたりがむずむずする。
◇◇◇
そのときだった。
「失礼いたします」
礼拝堂の入り口から、低い声がした。
振り向くと、見慣れた紋章が目に飛び込んでくる。
白い法衣に金の刺繍。
胸元に下がった円形の徽章。
「……神殿、の人?」
ミラが小さく呟いた。
男は、かつての同僚だった祈祷師より少し年上に見える。
しかし、その立ち居振る舞いは、村の祭司というより“本部から来た役人”という風情だ。
「リゼル・アルマリア殿はこちらにおられるか」
全員の視線が、一斉に私に集まる。
「はい。
元・中央神殿付聖女、現・医療互助制度調整室所属のリゼルです」
胸を張って名乗ると、男は一瞬だけ目を細めた。
「……これをお渡しするよう、預かってまいりました」
差し出された封筒には、青い蝋で押された紋章。
中央神殿本院。
——あの日、私を“信仰心が足りない”と断じた場所。
指先が、かすかに震える。
「開けても?」
「もちろん。
ただし、中身を読んだあとは……判断はお任せします」
最後の一言には、どこか含みがあった。
私は静かに封を切る。
『招集状
元中央神殿付聖女 リゼル・アルマリア殿
新たに国にて始動した“医療互助制度”に関し、
神殿としても対応を協議する必要があると判断した。
ついては、当制度の発案者として、
神殿大広間にて行われる“信仰と互助に関する協議会”への出席を求める。
日取りは○月○日。
出席の有無は任意とするが、神殿としての見解を示す場であることを理解されたい——』
ざっくり言えば、“ちょっと来て説明しろ”という内容だ。
しかし、文面の随所に、かつての上司たちの筆跡が見える。
固く真面目で、どこか遠回しな言い回し。
(任意、ね)
“来てもいいし来なくてもいい”、と書いてある。
でも実際は、“来ないなら来ないなりのものとして扱う”という意味だ。
「……どうなさいますか」
神殿の使者が、静かに尋ねる。
「“互助制度が信仰を損ねている”という声も、一部では上がっております。
あなたの口から、神殿に説明する機会とお考えいただいてもよいかと」
ざわ、と、背筋が冷える。
(やっぱり、そこ突かれるよね)
祈りを数字にする。
癒やしを“保険”として売る。
信仰心が足りないどころか、“信仰を商売にした”と非難されてもおかしくない。
「リゼルさん……」
ミラが、不安そうに私の袖をつまむ。
「行かないって選択肢も……ありますよ?」
マリナも、真剣な顔になっている。
「向こうが本気でケンカ売ってきてるなら、わざわざ殴られに行く必要は——」
「行きます」
自分でも驚くほど、すぐに答えが出た。
「リゼル?」
「たぶん、行かなかったら一生後悔します」
胸のあたりを押さえる。
「“信仰心が足りない”って言われたあの日、
何も言えずに出てきた自分のこと、今でも時々夢に見ますから」
あのときは、守りたい仕組みも、守りたい人も、まだぼんやりしていた。
でも今は違う。
ギルドで互助に入ってくれた冒険者たち。
街外れの礼拝堂に通う人たち。
辺境砦の兵たち。
研修で頭を抱えている“保険聖職者”の卵たち。
——彼らの祈りに、数字という形で付き合っている自分がいる。
「だから、今度はこっちから聞きに行きます」
神殿の紋章が押された紙を、ぎゅっと握りしめた。
「“あなたたちは、何を信じて癒やしているんですか”って」
使者の男の目が、一瞬だけ揺れる。
「……承知しました。
当日、お待ちしております」
彼は丁寧に一礼し、礼拝堂を後にした。
◇◇◇
「ほんとに、行くんだね」
その日の夕方、調整室の一室で、ユリウスが書類から顔を上げた。
「止めると思いました?」
「君の性格を考えれば、止めても無駄だと判断した」
「冷静な分析ありがとうございます」
椅子に腰を下ろし、招集状を机の上に置く。
「でも、ちょっとだけ怖いのは本当です」
正直な気持ちを吐き出すと、ユリウスは珍しくすぐに返した。
「それでいい」
「え?」
「怖くなくなったら、君はきっと“神殿に勝つための制度”を作り始める」
その言い方に、はっとする。
「“神殿を見返してやりたい”とか、“あの日の評価をひっくり返したい”とか。
そういう気持ちだけで制度を動かし始めたら、現場はすぐに歪む」
彼は、真剣な目でこちらを見た。
「怖いまま行け。
“相手を打ち負かすために行く”んじゃなく、“自分が何を信じているかを確認しに行く”ために」
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……ユリウスさんって、たまにすごく信仰深いですよね」
「財務官の信仰対象は、だいたい現場の数字だ」
「台無しです」
でも、その台無しなところが、妙に安心する。
◇◇◇
招集の日。
中央神殿の白い石段は、昔と変わらずまぶしかった。
石畳を踏む足音が、少しだけ震えている。
(深呼吸)
肺いっぱいに、神殿特有の香の匂いを吸い込む。
懐かしい。
そして、少しだけ苦い。
「リゼル・アルマリア殿ですね」
大広間の前で出迎えたのは、見覚えのある神官だった。
以前、祈りの講義を担当していた人物だ。
「お久しぶりです」
頭を下げると、彼は一瞬ためらってから、ぎこちなく会釈を返した。
「……君が抜けてから、神殿の“癒やし部門”も色々と大変でね」
「そうでしょうね」
思わず苦笑する。
「“癒やしの祈り”だけで全部片付けろって言われても、限界がありますから」
「その“限界”を、君は数字に変えたわけだ」
含みのある言い方だ。
返事をしようとして、ふと気づく。
「先生は、“限界を数字にしたこと”を、どう思ってるんですか?」
神官は、少しだけ視線を泳がせた。
「……私は、良かったと思っているよ」
小さな声だった。
「神殿に持ち込まれる“癒やしの依頼”のうち、
“祈りだけではどうにもならない案件”がどれくらいあるか。
君も、ここにいたころから知っていただろう」
子どもの薬代。
老人の長年の持病。
働き手を失った家族の生活費。
“祈りで全部何とかしてほしい”という願いは、時に残酷だ。
「君が追放されたあとの何年か、我々は何も変えられなかった。
祈りの言葉を増やすことしか、できなかった」
神官は、苦笑に似た表情を浮かべた。
「だから正直、“医療互助制度”の噂を聞いたとき、
“ああ、ようやく誰かがやってくれた”と思ったよ」
「先生……」
「ただし、それと“神殿としての立場”は別だ」
彼は、短く息を吐いた。
「上は、“信仰が数字に負けるのではないか”と恐れている。
“互助制度が広がれば、人々は神殿から離れていくのではないか”と」
それは、きっと正直な恐怖だ。
「だからこそ、君を呼んだ。
“本当にそうなのか、君の口から聞きたい”と」
「……わかりました」
拳を握りしめる。
扉の向こうから、低いざわめきが聞こえてきた。
何人もの神官たちの声。
数人分の椅子のきしむ音。
「行きます」
神官が扉を押し開ける。
白い大広間。
高い天井から吊られたシャンデリア。
左右の席には、神殿の上層部と思しき人々が並んでいた。
その視線が、一斉にこちらに向かう。
「——元聖女リゼル・アルマリア」
中央の席から、落ち着いた声が響いた。
そこに座っているのは、神殿長老のひとり。
私に“信仰心が足りない”と言い渡した一人でもある。
「久しいな」
「お久しぶりです」
膝を折り、礼を取る。
あの日と同じ所作。
でも、心持ちは違う。
「本日は、“医療互助制度”とやらについて、
君の口から詳しく説明してもらおう」
長老の目は、穏やかに見えて、その奥に探るような光を宿している。
「——それと」
彼は、続けた。
「“信仰を数字に変えた聖女”が、今、何を信じているのか。
それも聞かせてもらいたい」
大広間の空気が、ぴん、と張り詰める。
喉が、ひりりと乾いた。
(そうだよね。
そこを、聞かれないわけがない)
逃げ道は、最初からなかった。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「……承知しました」
心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。
それでも——
「“信仰心が足りない聖女”なりの答えを、持ってきました」
そう言って、一歩前に出た。
あの日、言えなかった言葉を、
今日こそこの場所で、ちゃんと口にするために。
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