社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

cotonoha garden

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第2話 辺境ギルドの少女

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 最初にこの世界で声をかけてきたのは、眩しい勇者でも高貴な騎士でもなかった。 
 ――元気だけはやたらとある、口の悪い女の子だった。
 
 「おい、そこのあんた。何してんの?」
 
 がさり、と茂みが揺れて、革鎧姿の少女が飛び出してきた。 
 肩までの淡い栗色の髪を後ろでひとつに結び、腰には短剣。背中には、本人の体格には少し大きすぎる弓。 
 ぱっと見、十代後半くらいだろうか。
 
 「えっと……迷子?」 
 自分でもどう答えればいいのか分からず、とりあえず口をついて出た言葉がそれだった。 
 少女は眉をひそめる。
 
 「迷子? こんな魔物の通り道で? 頭おかしいの?」 
 「初対面でひどくない?」 
 「アンタね、この辺りはまだ街から近いとはいえ、うろついていい場所じゃないの。ほら、そこ!」
 
 少女が顎でしゃくった先。 
 いつの間にか、茂みの影から赤い目がこちらを覗いていた。
 
 「……うわ、マジか」 
 四つ足の獣と人間の中間みたいな、犬とも狼ともつかない魔物が、低い唸り声を上げている。 
 さっきまで全然気づかなかった。 
 自分の危機管理能力のなさに戦慄する。
 
 「伏せて!」
 
 少女が叫んだ瞬間、俺は反射的に地面に身を投げ出していた。 
 次いで、弦の鳴る鋭い音。 
 ひゅん、と空気を裂いて飛んだ矢が、魔物の額に突き刺さる。 
 魔物が短く鳴き、崩れ落ちた。
 
 「ふぅ……。ったく、手間かけさせないでよ」 
 「……ありがと」 
 「礼はいいけど、マジで何者? 装備もないし、ステータスも低すぎるし」
 
 そう言いながら、少女はじろじろと俺を見てくる。 
 ステータスが見えてる、ということは、この世界ではそれが普通なのかもしれない。
 
 「俺は……相沢啓太。どっから説明すればいいか分かんないけど、とりあえず異世界初心者です」 
 「いせ……? ああ、召喚とか転移とか、その手の?」 
 少女はあっさりと受け止めた。 
 「時々いるわよ、この辺り。何の加護もないのに森をふらふらして、魔物の餌になりかけるバカ」 
 「言い方」 
 「でも、アンタはまだついてる方ね。アタシに会えたんだから」
 
 どや顔で胸を張る少女。 
 その仕草が少し小動物みたいで、思わず笑ってしまう。
 
 「アタシはリシェル。リシェル・フォルネウス。この辺境都市スレイルのギルドで、副ギルド長もどきをやってるわ」 
 「副ギルド長“もどき”?」 
 「正式な肩書きは“受付兼現場指揮兼雑用兼若手教育担当”ってところね。要は、困った時はだいたいアタシに回ってくるってこと」
 
 その言葉に、どこか覚えのある疲労感を感じてしまうのは、気のせいだろうか。 
 受付、現場指揮、雑用、教育担当。 
 なんだその、便利屋みたいな仕事。
 
 「あー……なんか、分かる気がする」 
 「何がよ」 
 「いや、前の世界でちょっと似たような立場だったもので」
 
 思わず苦笑すると、リシェルは不思議そうに首をかしげた。
 
 「まあいいわ。とりあえず街に連れてく。ここで放っといたら、次はアタシも助けられないかもしれないし」 
 「ありがとう。本当に助かった」 
 「礼は、あとでちゃんと形にしてもらうから」
 
 ニヤリと笑うその顔は、どこか小悪魔的だった。
 
 ◇◆◇
 
 森を抜けると、石造りの城壁が見えてきた。 
 遠くに見えていた塔がだんだんと大きくなる。 
 街の周りを囲む壁の上には、槍を持った兵士らしき人影が動いている。
 
 「ここが、スレイル」 
 リシェルが顎で示す。 
 「国境に近い辺境都市。冒険者と商人、それから厄介ごとが好きな連中が集まる街よ」 
 「最後のひと言が物騒なんだけど」 
 「事実だから仕方ないでしょ」
 
 城門の前には、人と荷車が列を作っていた。 
 門番らしき兵士が順番に確認をしている。
 
 (うわぁ……完全にファンタジーの世界だ)
 
 感心していると、視界の端に、淡い光の線が見えた。 
 人と人の間を細くつなぐ、糸のようなもの。 
 よく目を凝らしてみると、ところどころ色や太さが違う。
 
 「……これが、“縁値可視”か」
 
 女神が言っていた“固有状態”。 
 人と人との縁――関係性の強さや性質みたいなものが、視覚化されているのだろう。 
 夫婦らしい中年男女の間には、太くて暖かい色の線。 
 喧嘩中らしい青年たちの間には、ところどころギザギザに乱れた線。 
 そして、リシェルと門番の兵士の間にも、細い線が一本伸びていた。
 
 「お、リシェルじゃねえか」 
 「ヤン、お疲れ。今日も門番? 暇そうね」 
 「聞こえてるからな?」
 
 門番――ヤンと呼ばれた青年が苦笑する。 
 リシェルと彼をつなぐ線は、そこそこ太く、色も安定している。 
 長年の顔見知り、という感じだ。
 
 「そっちの兄ちゃんは新顔か?」 
 「森で拾ったのよ。魔物の通り道でぼーっとしてた、命知らずの初心者」 
 「いきなり評価ひどくない?」 
 「だって事実でしょ」
 
 ヤンが俺をじろりと見る。 
 その視線に、ほんのわずかな警戒の色が混じる。 
 縁の線が、ぴんと張り詰めたように硬くなったのが分かった。
 
 (……ここか)
 
 俺は、胸の中で深呼吸をした。 
 いきなりスキルを使ってみるべきかどうか迷ったが、ここで拒否されて街に入れなかったら、それこそ詰む。
 
 「はじめまして。相沢啓太です」 
 できるだけ丁寧に頭を下げる。 
 「さっき森で魔物に襲われそうになっているところを、リシェルさんに助けてもらいました。 
 装備も何もなくて、お世話になりっぱなしですが……街の中で、働ける場所を探そうと思ってます」
 
 言いながら、意識を「根回し」スキルの方へ向けてみる。 
 どうやって発動するのか分からないが、さっきステータス画面を開いたように、意識の中で「根回し」とつぶやく。
 
 瞬間、何かがカチリとはまった感覚があった。 
 視界の隅に、小さなウィンドウが浮かぶ。
 
 =========== 
 根回し:事前会話中…… 
 対象:門番ヤン 
 会話内容:自己紹介/目的の共有/謝意の表明 
 縁値変動:+1(仮) 
 =========== 
 
 (おお……)
 
 会話をしながらリアルタイムでログが流れているような、不思議な感覚。 
 そして、ヤンと俺を結ぶ線が、ほんの少しだけ太くなった。
 
 「……へえ」 
 ヤンが、表情を緩めた。 
 「リシェルに命を助けられたってことは、運だけは悪くなさそうだな」 
 「褒められてるんでしょうか、それ」 
 「さぁな。ま、リシェルが連れてきたんなら、変な奴じゃねえだろ」
 
 そう言って、ヤンは俺の肩を軽く叩いた。 
 縁の線が、さらにわずかに明るくなる。
 
 「身分証はねえんだよな?」 
 「そういう制度があることすら、今知りました」 
 「だろうな。リシェル、ギルドで一時登録してやれよ」 
 「そのつもり。ありがと、ヤン」 
 「今度、また酒奢れよ」 
 「この前奢ったばっかでしょ?」 
 「細けえことは気にすんなって」
 
 二人のやり取りを見ながら、俺はひそかに胸をなでおろしていた。
 
 (……今の、ほんの少しの“追い風”か)
 
 もちろん、根回しを使わなくても、リシェルの顔パスでどうにかなったかもしれない。 
 でも、俺の言葉が、わずかでもヤンの判断を後押ししたなら――それは、この世界でも、俺の“仕事”が通用するという証拠だ。
 
 「ほら、行くわよ」 
 リシェルが先を歩き出す。 
 石畳の通りには、行き交う人々の声と、屋台の香ばしい匂いと、馬車の車輪の音が混じり合っている。
 
 「ねえ、さっきの」 
 歩きながら、リシェルがぽつりと言った。 
 「アンタ、妙に手慣れてたわね」 
 「何が?」 
 「初対面の相手に、短い時間で話して、自分の状況説明して、相手の警戒解いて。 
 ヤン、ああ見えて結構慎重なのよ。怪しい奴は、アタシが連れてきても中に入れない時があるくらい」 
 「へえ」 
 「さっきのアンタの話し方、慣れてる感じだった。……前の世界でも、そういうことやってたの?」 
 
 胸の奥を、少しだけ刺されたような気がした。 
 会社で、何度も繰り返してきたパターン。 
 初めての取引先、連携する他部署、納期を守りたくない現場。 
 相手の立場を想像し、損のない落とし所を探り、できるだけ角が立たないように話を進める。
 
 「……そうだね」 
 俺は空を見上げる。 
 この世界の空は、元の世界と同じようで、どこか違う。 
 「俺、向こうでは“調整係”みたいなことばっかりやってたから。 
 話を通して、怒ってる人なだめて、誰も得しないケンカにならないように、って」
 
 リシェルは何も言わず、ただ俺の横顔を見ていた。 
 縁の線が、ほんの少しだけ色を変えた気がした。
 
 「……で、その結果、クビになったわけだ」 
 「うっ」 
 図星を突かれて、思わずつまづきそうになる。 
 リシェルは、ふっと口の端を上げた。
 
 「アンタさ」 
 「な、なんですか」 
 「嫌いじゃないわ、そういうの」 
 「そういうの?」 
 「話を通して、みんながちょっとだけ得するようにしようとするやつ。 
 この街、そういうのが致命的に足りてないから」
 
 冗談交じりの口調だけど、その目はどこか真剣だった。
 
 「ギルド長は腕っぷしは強いけど頭は固いし、冒険者はすぐ突っ走るし、商人は自分の利益しか見えてないし。 
 誰かがちゃんと段取りしてやらないと、そのうち街ごとどこかに飲み込まれるわよ」 
 「……おおげさだな」 
 「おおげさじゃないわよ」
 
 リシェルは足を止め、振り返った。 
 正面に、大きな建物がそびえ立っている。 
 石造りの壁に、交差した剣と秤のマーク。そして、出入りする人々の喧騒。
 
 「ここが、ギルド“スレイル支部”。アンタがこれから、いろんな厄介事に巻き込まれる場所よ」 
 「最後に物騒なこと言ったね?」 
 「歓迎の言葉よ」 
 リシェルは悪戯っぽく笑って、扉を押し開けた。
 
 熱気と、酒と汗と革の匂いが一気に押し寄せる。 
 木のテーブルと椅子。壁に貼られた依頼書。喧嘩寸前の口論と、それを止める声。 
 ――カオス。でも、どこか懐かしい。
 
 (……ああ、そうだ)
 
 ぐちゃぐちゃで、誰かが調整しなきゃ絶対回らない現場。 
 俺の居場所は、案外こういうところなのかもしれない。
 
 そんな予感が、胸の奥で静かに芽生え始めていた。
 
 「さあ、仕事探しといきましょうか。 
 アンタの“根回し”、この街が本当に必要としてるかどうか――これから証明してもらうわよ、相沢啓太」
 
 リシェルの言葉は、挑戦状であり、救いのようでもあった。 
 俺は一度深呼吸をして、騒がしいギルドの中へと足を踏み入れた。
 
 ここが、俺の次の職場になるかもしれない場所。 
 ――“誰でもできる仕事”なんかじゃない、俺だけの根回しを見つけるための、最初の一歩だった。
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