社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

cotonoha garden

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第6話 山道の救援戦

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 この世界で一番怖いのは、牙をむいた魔物じゃない。 
 ――間に合うかどうか分からないまま走る時に、胸の奥で膨らんでいく「もしも」だ。
 
 ◇◆◇
 
 北へ向かう街道は、思ったよりも静かだった。
 
 土の道に、馬車の車輪跡がいくつも重なっている。 
 両側を低い森と岩山が挟み、ところどころ視界が悪いカーブが続いていた。
 
 「ここが、さっきの護衛隊が通ったルート」 
 先頭を行く偵察役の男が、手で合図を送る。 
 リシェルがうなずき、歩調を少し落とした。
 
 「ラムドの話だと、野盗はこの先の“U字カーブ”で待ち伏せしてたらしい。 
 そこで一度退けたけど、撤退中に側道から回り込まれた、って」 
 「典型的な挟み撃ちパターンね」 
 前衛の一人、グラッドの仲間の戦士が低くうなる。
 
 俺は、ラムドから聞いた情報を頭の中で整理しながら歩いていた。 
 地形、敵の数、武器。 
 そして、今の俺たちの戦力。
 
 (前衛4、偵察2、後衛2。俺は非戦闘員……)
 
 戦力と地形から、いくつかパターンが浮かぶ。 
 俺の役割は、剣を振るうことじゃない。 
 誰にどこで何をさせるかを決めて、事故を減らすこと。
 
 「リシェル」 
 「なに?」 
 「U字カーブの手前で、一度全員止めて。そこから先の動きを決めたい」 
 「了解。――止まって!」
 
 リシェルの声で、隊列が止まる。 
 全員の視線が、俺に集まる。 
 喉が乾く感覚を、ごくりと飲み込んだ。
 
 「まず、敵の可能性から整理させてください」 
 ゆっくりと口を開く。
 
 「1つめ。ラムドたちを襲った野盗が、まだあの場所に残っているパターン。 
 2つめ。もう撤退して、別の場所で待ち伏せしているパターン。 
 3つめ。撤退したふりをして、俺たち救援部隊を狙ってくるパターン」 
 
 前衛たちが顔を見合わせる。 
 偵察役の一人が口を挟んだ。
 
 「3つめの場合、あいつら相当頭が回る連中だぞ」 
 「ラムドの話だと、野盗の頭はそこまで冷静じゃなかったみたいだけどな」 
 グラッドが鼻を鳴らす。 
 「ただ、背後に誰かついてる可能性はある」
 
 その一言に、縁の線がざわりと揺れた気がした。 
 野盗だけじゃない、別の勢力――たとえば貴族や商会――の影。
 
 「どのパターンでも共通して言えるのは、俺たちが“まとまって突っ込む”のは悪手ってことです」 
 「バラバラに動けってのか?」 
 「いえ。役割を分けるだけです」 
 
 俺は、地面に指で簡単な図を描いた。 
 U字カーブ、その少し手前、側道の位置。
 
 「偵察2人は、ここの上段に回り込んでください。 
 もし野盗が残っていたら、上から位置を確認。数と配置だけを見て、すぐ戻ってくる」 
 「了解」 
 
 「前衛は二組に分けます。 
 グラッドさんたち“護衛本隊経験者組”は、ラムドたちが通ったルートをそのまま下から進む。 
 もう一組は、少し離れたサブの山道を進んで、“挟み撃ちしてきた側道”の警戒に専念する」 
 
 前衛の一人が口を開く。 
 「じゃあ、あんたはどうする?」 
 
 その質問が来るのは分かっていた。
 
 「俺は、リシェルと一緒に“後方連絡係”をやります」 
 リシェルが片眉を上げる。
 
 「一番安全そうな役を選んだと思ってる?」 
 「全然。むしろ一番怖い」 
 苦笑しながら言う。 
 「だって、情報を受け取りつつ、どのタイミングで誰をどっちに引かせるか決めなきゃいけないから。 
 間違えたら、誰かが死ぬかもしれない」 
 
 その言葉の重さが、自分の喉にそのまま引っかかる。 
 縁値ウィンドウが静かに点滅した。
 
 =========== 
 作戦立案による負荷:+1 
 自己認識と責任自覚:+1 
 =========== 
 
 「でも」 
 俺は、目の前の仲間たちを見る。
 
 「誰かが決めなきゃいけない。 
 だったら、“人を動かすのが仕事だった人間”がやるのが筋だと思う」 
 
 沈黙。 
 やがて、グラッドがニヤリと笑った。
 
 「言うじゃねえか、調整屋」 
 「その覚悟があるなら、文句はねえ」 
 「任せるわよ、啓太」 
 リシェルの目が、いつになく真剣だった。
 
 「その代わり、アタシの背中は絶対に守りなさい。 
 アンタの指示で前に出る以上、アタシの命もアンタの根回しに乗ってると思いなさい」 
 「……重いな」 
 「最初から軽いとは言ってない」 
 
 覚悟を笑いで包んでくれる、その言葉に、少し救われる。
 
 「よし、行くぞ!」 
 グラッドの号令で、隊が動き始めた。
 
 ◇◆◇
 
 問題のU字カーブに近づくと、空気が変わった。
 
 土の上に残る、乱れた足跡。 
 折れた枝、血の跡。 
 野盗たちと護衛隊がぶつかり合った痕跡が、生々しく残っている。
 
 「偵察、配置についた」 
 上段に回り込んだ偵察役から、手信号が送られてくる。 
 俺はうなずき、グラッドたち本隊に合図を返した。
 
 「……敵の姿は?」 
 小声でリシェルに尋ねると、彼女が双眼鏡のような魔道具を覗き込む。
 
 「見える範囲にはいない。死体もない。血痕だけ」 
 「全部持っていかれたのか、引き上げたか……」 
 
 嫌な予感がする。 
 縁の線をよく見ると、この場を通り過ぎた何本もの線が、途中でぷつりと途切れていた。
 
 (遅かった、のか?)
 
 胃のあたりが冷たくなる。 
 だが、まだ決めつけるには早い。
 
 「グラッドたち、慎重に前進して」 
 声を潜めて指示を出す。 
 同時に、偵察組にも合図を送る。
 
 その時だった。
 
 「――ッ!」
 
 上段の偵察役の一人が、突然身を伏せた。 
 次の瞬間、岩陰から矢が飛び出す。 
 
 「伏せろ!」 
 リシェルの叫びと同時に、俺は地面に身を投げ出した。 
 矢が頬をかすめ、後ろの木に突き刺さる。
 
 「やっぱり残ってたか!」 
 前衛の一人が剣を抜く。 
 岩陰、木の根元、あちこちから複数の影が姿を現した。
 
 「野盗だ!」 
 「チッ、救援隊にまで手を出してきやがった!」
 
 ざっと見ただけで十人以上。 
 粗末な鎧と武器だが、立ち位置は悪くない。 
 上から見下ろす位置、退路を塞ぐ位置、側面から回り込む位置。
 
 (思ったより戦略的だ……)
 
 その時、視界の端に“違和感”が映った。 
 一人だけ、鎧の質も姿勢も違う男。 
 全体の指示を出しているらしき、その男の肩には――見覚えのない紋章。
 
 「リシェル!」 
 「見えてる。……ただの野盗じゃないわね」 
 リシェルが唇を噛む。
 
 「前衛、前に! 偵察組は上から援護! 後衛は治癒魔法の準備!」 
 怒号と金属音が飛び交う。 
 戦闘が始まった。
 
 ◇◆◇
 
 俺は震える膝を押さえ込みながら、縁の線を必死に追った。
 
 グラッドと敵前衛の線がぶつかり、火花のように散っては結び直される。 
 偵察役の上からの射線。 
 後衛の魔術師と負傷者候補との間に伸びる線。
 
 (今、“一番切れそうな線”はどこだ)
 
 目を凝らす。 
 一人、隊の端で敵とやり合っている若い前衛の線が、ギリギリのところで震えていた。 
 足元が悪く、今にもバランスを崩しそうだ。
 
 「リシェル!」 
 「なに!」 
 「あいつ、左側の斜面! 足場が崩れそう、フォローを――」 
 
 言い終わる前に、リシェルの体が動いていた。 
 風のような速さで駆け、若い前衛と敵の間に割り込む。 
 
 「下がりなさい!」 
 弓から放たれた矢が、敵の肩を正確に貫く。 
 同時にリシェルが土を蹴り、若い前衛を斜面の安全な方へ突き飛ばした。
 
 「っぶね……!」 
 「集中しなさい! 死にたくないなら!」
 
 縁の線が、一瞬ギリギリまで薄くなりかけて――持ち直した。 
 ログウィンドウが流れる。
 
 =========== 
 「根回し」による注意喚起 
 対象:前衛アッシュ/リシェル 
 生存率:+8% 
 =========== 
 
 (……たった8%、か)
 
 数字だけ見れば小さな変化だ。 
 でも、その8%が「生きて帰れるかどうか」の境界線になることもある。
 
 「啓太!」 
 別の声が飛んでくる。 
 見ると、後衛の魔術師が焦った顔で手を振っていた。
 
 「ポーションが足りない! どの傷を優先するか――!」 
 
 負傷者が二人。 
 一人は腕を切られている。もう一人は脇腹から血を流して倒れかけていた。 
 両方に回復魔法を使うには、魔力も薬も足りない。
 
 (どっちも、今ここで対処しないと手遅れになる)
 
 喉がひゅっと詰まりそうになる。 
 縁の線を見る。 
 腕を切られた男の線は、まだ太い。 
 脇腹をやられた男の線は、細く、今にも途切れそうだ。
 
 「脇腹の方を優先、腕は止血だけ! 肋骨までいってるかもしれない!」 
 自分の声が、自分のものじゃないみたいに響く。
 
 「了解!」 
 魔術師がポーションを脇腹の男の口に流し込む。 
 淡い光が広がり、血の流れが少しずつ収まっていく。
 
 その瞬間、縁の線がかすかに太くなった。 
 同時に、俺の胸の中にずん、と重いものが落ちる。
 
 =========== 
 生命選別判断による心的負荷:+3 
 「根回し」経験値:+5 
 =========== 
 
 足元がぐらりと揺れた気がした。 
 吐き気と、罪悪感と、安堵が一気に押し寄せる。
 
 (俺が決めた。 
 今、どっちの命に多くリソースを割くかを)
 
 元の世界では、数字や工数を割り振るだけだった。 
 それも十分しんどかったが、これはその比じゃない。
 
 「啓太、大丈夫?」 
 リシェルの声が、耳元で聞こえた。 
 彼女はいつの間にか俺のそばに来ていて、周囲の敵を牽制しながら、ちらりと俺の顔色をうかがっている。
 
 「顔真っ青よ」 
 「……正直、ちょっと吐きそう」 
 「でも、判断は間違ってない」 
 リシェルは短く言い切った。
 
 「アンタの“根回し”で救える命があるなら、その分、アンタの心が削れていくのも当然よ。 
 でも――それでも選んだんでしょ、自分で」 
 
 その言葉が、俺の中の何かを支えた。
 
 「だったら、今はそれでいい。 
 後でちゃんと休ませてあげるから、今は最後までやりなさい」
 
 剣と矢の音が響く戦場の中で、その声だけが妙にはっきりと聞こえた。
 
 ◇◆◇
 
 戦闘は、決して楽勝ではなかったが、最悪の結果は免れた。
 
 グラッドたちが前線を支え、偵察組の援護射撃が敵の動きを封じる。 
 側道から回り込もうとする敵は、もう一組の前衛が迎え撃つ。 
 そして、指揮を執っていた“紋章持ち”の男が撤退を決めるまで、そう時間はかからなかった。
 
 「チッ、この街のギルド……なめてたぜ」 
 男が悔しそうに吐き捨てる。 
 その肩の紋章を、俺は見逃さなかった。
 
 (あの紋章……どこかで見たような)
 
 ロエル商会の書類の端に、似た意匠があった気がする。 
 商会か、もしくはその背後にある貴族の紋章か。
 
 「待て!」 
 グラッドが追いすがろうとする。 
 だが、俺は咄嗟に叫んだ。
 
 「深追いしないで! ここで戦線伸ばしたら、負傷者が危ない!」 
 
 グラッドが舌打ちしつつも、足を止める。 
 敵は森の奥へと姿を消した。
 
 =========== 
 追撃中止判断による損耗回避:+5% 
 「根回し」心的負荷:+1 
 =========== 
 
 ログが流れるのを眺めながら、俺は膝に手をついた。 
 どっと疲れが押し寄せる。
 
 「ふぅ……」 
 「お疲れ、裏方の英雄さん」 
 リシェルが隣に立ち、にやりと笑った。
 
 「英雄はやめて。胃がもたれるから」 
 「じゃあ、世界最強の胃痛持ち?」 
 「それも嫌だ」
 
 くだらないやり取りに、少しだけ笑いがこみ上げる。 
 戦場の緊張が、少しずつほどけていくのが分かった。
 
 救助対象だった護衛隊のメンバーは全員生存。 
 重傷は数名いたが、致命傷は避けられた。 
 ラムドが震える声で仲間の名前を呼び、抱き合っているのが見える。
 
 その縁の線が、涙でにじむように温かく光っていた。
 
 ◇◆◇
 
 街に戻る道すがら、俺は空を見上げた。
 
 心臓はまだ早く打っている。 
 胃のあたりは重く、胸には見えない傷がいくつも刻まれたような感覚がある。
 
 (これが、“根回しスキルの重さ”か)
 
 ただ口を動かしていただけのつもりでも、 
 俺の選んだ言葉が、誰かの生死の振り分けになっていたかもしれない。
 
 それは、恐ろしくて、同時に――逃げたくない重さだった。
 
 「ねえ、啓太」 
 隣を歩くリシェルが、不意に口を開いた。
 
 「さっきのあいつの紋章、見た?」 
 「ああ。ロエル商会の書類で、似たようなのを見た気がする」 
 「でしょ。多分、あの野盗たち、ただの盗賊団じゃない」 
 リシェルの目が真剣になる。
 
 「商会か、貴族か……どこかの“上の連中”が、裏で糸引いてる。 
 今日の救援戦は、多分その“前哨戦”よ」 
 
 胸の奥で、なにかが静かに軋んだ。
 
 野盗、護衛依頼、商会、ギルド。 
 そして、その全部の間に張り巡らされた、縁の線。
 
 (俺の根回しは、もしかしたら――)
 
 街と街、国と国。 
 もっと大きな「戦い」の流れにも、少しずつ影響を与えていくのかもしれない。
 
 そんな予感が、恐ろしくもあり、どこか楽しみでもあった。
 
 「大丈夫?」 
 リシェルが俺の横顔を覗き込む。 
 「顔は疲れてるけど、目つきは前よりマシになってる」 
 「そう?」 
 「うん。 
 “自分の言葉のせいで誰かが死ぬかも”って怖がってる顔から―― 
 “自分の言葉で誰かを生かしたい”って顔に、ちょっとなってきた」 
 
 その言葉に、心臓が一度大きく打った。
 
 「……そう見えるなら、ちょっとは成長できてるのかもね」 
 「少なくともアタシの目にはそう見える。 
 だから、これからもよろしくね、“世界最強の根回し屋”さん」 
 
 からかうような響きの中に、ほんの少しだけ、本気の信頼が混じっているのが分かった。
 
 俺は笑って、うなずく。
 
 「こっちこそよろしく。 
 俺の根回しが間違った時は、遠慮なく殴って止めてくれ」 
 「殴る前に矢を射るかもよ?」 
 「それはやめて」
 
 冗談を交わしながら、俺は心の中で、そっと一つだけ決めた。
 
 ――もう、自分の仕事を「誰でもできる」とは、できるだけ思わないでおこう。
 
 怖いままでいい。胃が痛くてもいい。 
 それでも、選んだこの居場所で、俺は俺の根回しを続けていく。
 
 「誰のために段取りするか」を、自分で選べる世界でなら―― 
 きっと、その重さも、少しは誇っていいものになるはずだから。
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