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第5話 根回しスキルの「重さ」
しおりを挟む世界を救う前に倒れるのは、だいたい胃か心だ。
派手な必殺技じゃなくて、地味な根回しで生きてる奴ほど、そのリスクは高い。
――と、異世界二日目にして、俺は早くもそれを実感し始めていた。
◇◆◇
「んー、やっぱり甘いものは正義だわ」
ギルド近くの食堂。
昼のピークを少し外した時間帯で、店内はほどよく静かだった。
向かいに座るリシェルが、ほおばっているのは焼きリンゴに蜂蜜をかけたデザート。
カリッとした表面と、とろりと溶けた果肉。その上に、シナモンらしき香りがふわりと漂う。
「クレーム処理の後の糖分は、命綱だからね」
「さっきはありがとうございました、本当に」
「礼ならもう聞いた。三回目」
リシェルがスプーンをくるくる回す。
その表情はいつもどおり軽いけれど、さっきの交渉の間ずっと俺の様子を見ていたのを、俺は知っている。
「で、どう? 新しいおもちゃの使い心地は」
「おもちゃって……」
俺は、目の前に半透明のウィンドウを呼び出した。
===========
スキル:根回し(レベル2)
効果:対象と事前に会話し、状況・目的を共有することで、
対象の行動に「追い風補正」を与える。
※レベル2効果:複数人の関係性を同時に調整可能。
※縁値の変化が大きいほど、使用者に「心的負荷」が蓄積する。
===========
「……最後の一文が、地味に怖いんだけど」
「心的負荷、ねえ」
リシェルが覗き込むふりをしながら、焼きリンゴをつつく。
「さっきベルノーと話してる時、ちょっと顔色悪くなってたわよ。自覚ある?」
「ある。というか、あの人と話してると、やたら胃がキリキリするというか……」
「それ、スキルのせいだけじゃなくて、元の世界のトラウマじゃない?」
「否定はできない」
ベルノーの背後に見えた、ねじれた縁の線。
あれを見た瞬間、俺の中で「本部」「評価」「数字」といった単語が一気に蘇った。
どうしても、あっちの世界の自分が重なってしまう。
「でもさ」
スプーンで皿をつつきながら、俺は続ける。
「縁の線が見えたり、ちょっと調整したりできるのは便利だけど……
これ、やり過ぎると、人の気持ちを勝手にいじってるみたいで、少し怖いなって」
“追い風補正”。
それは、あくまで決めるのは本人で、俺は後押ししているだけ――
そう女神は言ったけれど。
実際、さっきのベルノーは、俺の言葉がなかったら、あの条件で飲まなかったかもしれない。
それは彼にとって「助かった」のかもしれないが、同時に「別の選択肢」を俺が潰したことにもなる。
「……操ってる、って感じがして嫌?」
「そう。正直ね」
リシェルは少しだけ考える顔になった。
「でもさ、アンタ、元の世界でも似たようなことやってたんじゃないの?」
「え?」
「相手の立場考えて、どう言えば動いてくれるか考えて、言葉を選んで。
それ、“スキル”って名前がついてなかっただけで、中身は変わんないでしょ」
言われてみれば、その通りだった。
ただ、あの世界では、それを「操ってる」なんて考えたことはなかった。
言葉と段取りしか、俺にできることがなかったから。
「違うのは、多分一つだけよ」
リシェルがスプーンを置く。
「こっちでは、それを“力”として自覚しろって、世界に言われてるってこと。
力には責任がついて回る。だから怖くなる。
でも、多分それでいいのよ。怖くなくなったら、多分そっちの方が危ない」
その言葉は、妙に腑に落ちた。
責任を自覚したからこそ、怖くなる。
なら、その怖さから逃げないこと――それが、俺に課された課題なのかもしれない。
そう思い始めた時だった。
「リシェル!」
食堂の扉が勢いよく開いて、見覚えのある顔が飛び込んできた。
門番のヤンだ。息を切らせている。
「どうしたの、そんな慌てて」
「北門近くで揉め事だ! さっき出発した合同パーティ、覚えてるか?」
「ああ、グラッドたちね」
「その一人が、街に戻ってきた。血だらけで、“仲間を助けに戻る”って聞かねえんだ!」
空気が、一気に冷えた気がした。
◇◆◇
北門前は、すでに小さな騒ぎになっていた。
駆けつけた俺たちの目に飛び込んできたのは、片腕に包帯を巻き、肩で息をする男の姿。
「どけ! 行かせろ!」
「落ち着け! その怪我で戻っても、足手まといだ!」
兵士二人が必死に押しとどめているのは、合同パーティの一人――盗賊パーティ側の前衛だ。
鎧の隙間から覗く布が真っ赤に染まっている。
(まずい……)
縁の線を見る。
彼と街の外、まだ見えない森の向こう側を結ぶ線が、今にも切れそうなくらいギラギラと燃えていた。
仲間への焦りと、罪悪感と、恐怖と。
「何があったの?」
リシェルがヤンに尋ねる。
「野盗が出た。護衛は成功したが、退路を塞がれてな……
撤退の途中、この男だけが戻ってきて、他の連中はまだ山道の途中だ」
「救援隊は?」
「今、編成中だが……アイツがそれを待たずに飛び出そうとしてる」
兵士たちの縁の線も、焦りに揺れている。
このまま力ずくで止めようとすれば、怪我人の方が本気で暴れかねない。
(ここで、どう“追い風”を吹かせるか)
俺は、すっと男の前に出た。
「すみません、話を聞かせてもらっていいですか」
「て、てめぇ誰だよ! 邪魔するな!」
「邪魔するつもりはありません。ただ――あなたが本当に仲間を助けたいなら、今、一番やるべきことが何かを一緒に考えたい」
男の目がギラリと光る。
同時に、「根回し」が静かに起動する。
===========
根回し:事前会話中……
対象:冒険者ラムド
感情状態:高揚/罪悪感/恐怖
目的:仲間を救う/自責の念からの突発行動
===========
「……ふざけんな。仲間がまだあそこにいるんだぞ!」
「そうですね」
俺はうなずく。
「護衛対象の荷馬車は、どうなりました?」
「それは……先に行かせた。グラッドたちが守ってくれてる。
だが、奴らが追ってきたら、時間の問題で――」
言葉が詰まる。
想像するだけで苦しいのだろう。
「あなたは、その時どこにいました?」
「俺は……俺が、退路を探しに行って……その、挟み撃ちになりそうで――」
言葉が崩れる。
縁の線に、黒い染みが広がる。
自分だけ戻ってきてしまった、という罪悪感。
(これは、単に止めるだけじゃいけない)
俺は、自分の胸の奥の痛みを思い出した。
会議室に置き去りにされたみたいな、あの感覚。
「あなたが戻ってきてくれたから、今ここに情報がある」
静かに言う。
「敵の位置、状況、仲間の様子。
それを知らずに救援隊を出していたら、もっと危なかったかもしれない」
「でも、俺は……」
「逃げただけだ、って思ってますか?」
図星を刺す。
男の目が揺れた。
「俺も似たような経験がありますから」
「……?」
ここで、少しだけ自分の話を混ぜる。
会社で、プロジェクトが炎上しかけた時。
俺だけが別部署に飛ばされて、残った連中が修羅場をくぐったことがある。
「置き去りにされたみたいで、悔しくて、情けなくて。
でも、あの時もし俺が残ってたら、多分無茶して全部壊してたと思う。
“戻ってきた人間”だからこそ、できることがあるって、後でやっと分かった」
縁値ウィンドウに、小さな変化が浮かぶ。
===========
自己開示による共感度:+2
衝動行動欲求:-1
===========
「ラムドさん」
名前を呼ぶ。
「あなたが今、一番やりたいことは“走って戻ること”ですよね。
でも、仲間を助けるために本当に必要なのは、“あなたの知っている情報を全部、救援隊に渡すこと”じゃないですか」
男の肩が、小さく震えた。
門の外へ伸びていた縁の線が、ほんのわずかに揺らぎ、形を変える。
「……俺は、行っちゃいけねえのか」
「行くべきじゃない、と思います」
あえて、言い切った。
「あなたの怪我の状態で戻っても、多分足手まといです。
でも、ここで全部話してくれれば、あなたの仲間は“あんたが残してくれた情報”に守られる」
言いながら、自分の中の怖さを噛みしめる。
これは、“追い風”というより、彼の選択を俺の言葉で決めにいっているのだ。
間違えれば、取り返しがつかない。
リシェルやヤンの縁の線も、固唾を飲むように揺れている。
数秒の沈黙。
やがて、ラムドは膝から崩れ落ちた。
「……っくそ……っ」
地面に拳を叩きつける。
涙とも汗ともつかないものが、頬を伝った。
「全部、話す。アイツらの位置も、敵の数も、武器も……全部」
「お願いします」
俺は、彼の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
ラムドの背後の縁の線が、まだ遠く震えながらも、切れずに保たれているのが見える。
(ごめん。でも、これが今の俺の“最善”だ)
◇◆◇
その後の展開は、早かった。
ラムドの情報をもとに、リシェルが救援隊を編成する。
前衛にグラッドたちの予備メンバー、偵察役に別の盗賊パーティ、後方支援にギルド所属の魔術師。
「相沢、アンタも来なさい」
「えっ」
「現場での判断が必要な時、“根回し”できる人間が一人いた方がいい。
もちろん、戦闘には参加させないから安心しなさい」
「安心していいのかな、それ……」
とはいえ、自分が言い出した以上、ここで「現場は任せた」はさすがに無責任だ。
俺は覚悟を決めて、護衛用の軽い革鎧を借りることにした。
北門から外へ出る時、ヤンがぽんと俺の背中を叩く。
「ビビったら、すぐ下がれよ。あんたは剣振るうタイプじゃねえ」
「分かってる。俺の武器は口だけだから」
「それ、一歩間違うと嫌な奴だぞ」
「自覚はある」
軽口を交わせる程度には、俺の足も震えてはいなかった。
ラムドの縁の線が、門の向こうへと細く延びているのを見ながら、俺は深呼吸をした。
「行こうか」
「ええ。アンタの根回しが、本当に“世界最強の裏方”かどうか、試してあげる」
リシェルが前を歩き出す。
その背中を追いながら、俺は思う。
(人の選択に口を出すのは、やっぱり怖い。
それでも――俺の言葉で誰かが生き延びられるなら、何度でもやるしかない)
世界最強なんて、大げさな肩書きはいらない。
ただ、自分の根回しが“ここで生きる誰か”の役に立っていると、胸を張って言えるようになりたい。
――そのためにはまず、今日の救援を無事に終わらせなきゃな。
山道へと続く道の先で、縁の線がいくつも絡まり合っているのが見える。
そこが、俺たちの次の戦場だ。
俺は革鎧の紐を握り直し、静かに一歩を踏み出した。
「今度は逃げない。
俺の言葉の重さからも、俺自身の選択からも」
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