社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

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第19話 王都行きの段取りは、胃薬の在庫から

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 王都行きが決まった瞬間、一番最初に浮かんだのは希望でも不安でもなく、 
 ――手持ちの胃薬が、あと何錠残ってるかだった。
 
 ◇◆◇
 
 「というわけで、王都に行ってきます」
 
 ギルドの奥、いつもの休憩スペース。 
 テーブルを囲んで座るのは、エルド、ティア、カイム、リシェル。 
 向かいにはガルドとベルノーもいる。 
 ほぼ“スレイル側のフルメンバー”だ。
 
 「“というわけで”で王都行きを報告するの、アンタくらいよ」 
 リシェルが呆れ顔でため息をつく。
 
 「もっとこう、“栄転です!”みたいなテンションで行きなさいよ」 
 「残念ながら、俺の中の社畜センサーが“出張”のほうに分類してるんだよね……」 
 
 王都本部監査局への招集。 
 それは確かに、立場だけ見れば出世コースに片足突っ込んでいるのかもしれない。
 
 でも、俺の胃は知っている。 
 本社出張に、ろくな思い出がないことを。
 
 「まあ、栄転だろうが出張だろうが、一つ言えるのはだ」 
 ガルドが豪快に笑う。
 
 「“現場側から王都に物申せる奴”が出たってだけで、この街にとっちゃ大きな前進だ」 
 
 「相沢さんが向こうで何を話してくるか、その結果がどうなるかは分かりませんが」 
 ベルノーが真面目な顔で続ける。
 
 「“スレイルから現場連絡官を送り出した”という事実自体が、本部へのメッセージになります」 
 
 エルドが、いつものふわりとした笑みを浮かべた。
 
 「啓太くんが帰ってきたとき、街の空気がちょっとでも良くなってたらそれで十分だよ。 
 ……もちろん、生きて帰ってきてくれないと困るけどね」 
 
 「え、生存確認が前提条件なんですけどそこ」 
 「大丈夫。最悪、僕が神殿に“蘇生の申請書類”出すから」 
 「書類仕事で生き返らせるな」
 
 くだらないやり取りに、少しだけ緊張がほぐれる。
 
 カイムが腕を組み、じろりと俺を見る。
 
 「……本部で、また俺たちを“駒扱いするような連中”と会うかもしれねえが」 
 
 「うん」 
 
 「そんとき、“現場は黙って従うだけじゃねえ”って、きっちり言ってこいよ」 
 
 その目には、過去の苛立ちと一緒に、信頼も滲んでいた。
 
 「もちろん」 
 俺は頷く。
 
 「そのために根回し屋やってるんだから」 
 
 ティアが小さく笑い、胸に手を当てる。
 
 「啓太さんが王都で何を話すか、風がちゃんと運んでくれるよ。 
 ……だから、迷ったときは、“この街の風”のこと思い出して」 
 
 「それ、詩的で好きだけど、ちょっとプレッシャーでもあるな」 
 「大丈夫。プレッシャーを分けるのも、風の仕事だから」 
 
 彼女の言葉に、胸の奥がほんのり温かくなる。
 
 「じゃあ、こっちからのお願いは一個だけだ」 
 ガルドが指を一本立てた。
 
 「王都から何を持って帰ってきてほしいかって? 決まってる」 
 
 「なに?」 
 「“話は聞いてやる”って構えの上司だ」 
 
 思わず笑ってしまう。
 
 「難易度高すぎない?」 
 「だからこそ、根回し屋の出番だろうが」 
 
 そう言ってガルドは、俺の肩をどんと叩いた。 
 痛い。けど、嫌じゃない。
 
 ◇◆◇
 
 「で、まずは何から段取りするわけ?」
 
 現場連絡官室に戻ると、リシェルが腕まくりしながら待ち構えていた。 
 机の上には、既に「王都出張準備リスト」と書かれた羊皮紙が広げられている。
 
 「仕事早くない?」 
 「段取りは命よ。それ、アンタが一番よく分かってるでしょ?」 
 
 書かれている項目をざっと見る。
 
 ――ギルド&支部への正式な出張届 
 ――王都までの移動手段の手配(馬車・日程・護衛) 
 ――持参する資料の選別 
 ――胃薬と非常食の準備 
 
 「最後の2行、明らかにリシェルの趣味入ってるよね?」 
 「胃薬は絶対持っていきなさい。 
 あと、王都の食事が口に合うとは限らないから、ミナ特製のクッキーを非常食として――」 
 
 「いや非常食のレベル超えてない?」 
 「心の非常食よ」 
 「それは否定できない」
 
 半分は冗談、半分は本気の準備リスト。 
 でも、そのどれもが“戻ってくる前提”で書かれているのが嬉しかった。
 
 クラウスも、ほどなくして現場連絡官室にやってきた。
 
 「出発は三日後になる」 
 「思ったより早いですね」 
 
 「本部の招集だからな。あまり待たせると“逃げた”と受け取られかねん」 
 「逃げないですよ。胃は逃げたがってますけど」 
 
 クラウスは、少しだけ口元を緩める。
 
 「王都までは本部の馬車を使う。 
 道中、護衛を一隊付けると通達が来ているが――スレイル側からも数名同行させたい」 
 
 「ギルドからは俺が行くわ」 
 リシェルが即答した。
 
 「受付嬢が現場に出るのはイレギュラーだけど、“スレイル代表”が必要でしょ。 
 それに、アンタ一人じゃ心配」 
 
 「心配の理由が“メンタル”なのか“体力”なのかでだいぶ話が変わるんだけど」 
 「両方よ」 
 
 エルドも手を挙げる。
 
 「じゃあ、神殿からは僕が。 
 王都の神殿にも顔が利くし、監査局と神殿は何かと関係が深いからね」 
 
 「俺は街を守る側に残るさ」 
 カイムが肩をすくめる。
 
 「だが、“現場側”の話をする時に、俺の名前くらいは出してもいい」 
 
 「ティアは?」 
 「風はどこにでもついていくから。 
 ……って言いたいけど、さすがに身体はここに残るよ」 
 
 冗談めかして笑いながらも、ティアの目は少し潤んでいた。
 
 「でも、風はちゃんと一緒に行くからさ。 
 王都で困ったら、“スレイルの風、助けてください”って心の中で言ってみて」 
 
 「それ、恥ずかしさで逆に死にそうなんだけど」 
 「大丈夫。風はそういうの笑わないから」 
 
 クラウスが、皆を見渡して頷く。
 
 「では、王都行きのメンバーは―― 
 私と相沢、ギルド代表としてリシェル、神殿代表としてエルド。 
 護衛隊は本部から一隊、スレイルからは二名ほど付ける予定だ」 
 
 「……思ったより、大所帯になってきたな」 
 「派手なほうが、本部に“現場は本気だ”と伝わる」 
 「そこはちょっとだけ楽しみにしておけって顔してますよねクラウス様」 
 「そう見えるか?」 
 「見えます」
 
 ◇◆◇
 
 夜。 
 現場連絡官室で一人、書類を整理していると、窓の外から小さくノックする音がした。
 
 「啓太さん」
 
 顔を出したのはミナだった。 
 両手には布包み。
 
 「これ、旅のお供にどうぞ」 
 
 包みを開くと、中にはぎっしりとクッキーが詰まっていた。 
 チョコ入りのもの、ナッツ入りのもの、形も少しずつ違う。
 
 「……多くない?」 
 「エルドさんとリシェルさんの分も入ってますから。 
 それに、王都でもきっと“残業”あると思うので」 
 
 ミナの縁の線が、少しだけ震えている。 
 心配と、応援と、寂しさと。 
 その全部が混ざっていた。
 
 「ありがとう」 
 包みを胸に抱きしめる。
 
 「ちゃんと帰ってきます。 
 “現場連絡官室・スレイル支部”の看板、外さないで取っておいてください」 
 
 「もちろんです」 
 ミナが笑う。
 
 「ここは啓太さんの“帰ってくる場所”ですから」 
 
 その一言に、喉の奥が熱くなった。
 
 ◇◆◇
 
 三日後の朝。 
 ギルド前の広場には、王都行きの馬車が二台用意されていた。 
 一台は本部監査局の馬車。 
 もう一台は、ギルドと神殿からの同行者用。
 
 広場には、いつもより多くの人が集まっていた。 
 冒険者、商人、ギルド職員、神官。 
 その誰もが、自分の仕事の合間を縫って見送りに来ている。
 
 「相沢」 
 ガルドが近づいてきて、分厚い封筒を差し出した。
 
 「これは?」 
 「スレイル支部とギルドから、本部宛ての正式な意見書だ。 
 “現場連絡官制度の本格導入を求める”ってやつな」 
 
 封筒は、いつもの書類より少し重かった。 
 中に詰まっているのは、文字だけじゃない。 
 この街の人たちの思いも一緒だ。
 
 「重いだろうが――その重さごと、王都まで運んでくれ」 
 「了解です」 
 
 ベルノーも一歩前に出る。
 
 「支部長としてではなく、一人の魔道士としてもお願いしたい。 
 “現場と本部が対立する構図”じゃなく、“一緒に動ける形”を作ってきてください」 
 
 「できるかどうかは分かりませんけど―― 
 やれるだけやってみます」 
 
 エルドとリシェルが、それぞれ荷物を肩に掛けながらこちらを見る。
 
 「行こうか、啓太くん」 
 「行きましょ、現場連絡官」 
 
 胸の奥で、何かがかちりと噛み合う音がした気がした。
 
 異世界に来て、ギルドで働いて、 
 現場連絡官になって―― 
 
 その全部を繋げる先が、今、王都にある。
 
 ◇◆◇
 
 馬車が動き出す。 
 スレイルの街並みがゆっくりと後ろに流れていく。
 
 見送りの人たちが手を振り、 
 ティアが風を送り、 
 カイムが「変なこと言ってクビになって帰ってくんじゃねえぞ!」と叫ぶ。
 
 「フォローのつもりでさらにプレッシャーかけないでほしいな……」 
 
 そう苦笑した瞬間、 
 ステータスウィンドウが、静かに開いた。
 
 =========== 
 長期案件【王都監査局との関係構築】が開始されました 
 
 ・この旅の選択と根回しは、 
 “相沢啓太の居場所”に大きな影響を与えます 
 =========== 
 
 「知ってるよ、そんなの」 
 
 小さく呟き、窓の外―― 
 遠ざかっていくスレイルの街に頭を下げる。
 
 「行ってきます。 
 俺はちゃんと、“自分で選んだ居場所”に戻ってくるから」 
 
 その約束だけは、何があっても曲げない。 
 たとえ王都でどんな面倒な会議と胃痛が待っていても―― 
 「帰る場所がある根回し屋」は、前よりずっと強いはずだから。
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