社畜をクビになった俺、感情がステータスの異世界で最弱と言われたけど、共感スキルで仲間と世界を救う

cotonoha garden

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第15章 数字だらけのサロンと、笑わない貴族たち

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 世界の機嫌をちょっとマシにしたら、今度は「世界の上層階の機嫌」まで見てこいと言われた。
 ――……いやいやいや、さすがに担当範囲、広げ過ぎじゃない?

◇ ◇ ◇

 数日後。
 俺は王都の“さらに上”、上層街区へ向かう馬車の中にいた。

「緊張してます?」

 向かいの席で、エリナがちらりとこちらを見る。

「緊張というか、“場違い度”で吐きそうですね……」

 窓の外には、きらびやかな屋根と、整えられすぎた街並み。
 第三下層区画のごちゃごちゃした路地とは、同じ王都とは思えない。

 頭上に浮かぶ数字を、つい見てしまう。
 道行く人たちの〈不安〉は低く、〈自尊心〉と〈退屈〉がやけに高い。

「上層街区の平均感情値は、全体的に“安定しています”」

 エリナが、仕事モードの口調で言う。

「怒りや悲しみの急激な変動は少なく、
 日常的なストレスも下層ほどではない。
 ただ――」

「ただ?」

「〈虚無〉の値が、全体的に高いんです」

「虚無……」

 嫌な単語が出てきたな。

「“別に楽しくはないが、不満と言うほどでもない”状態。
 感情を動かす必要性を感じていない層、とも言えます」

「それ、世界の機嫌が悪いのとはまた違う意味で、厄介ですね」

 怒っている人のほうが、まだ話が通じやすい。
 「怒っている理由」があるからだ。

 虚無は、何も求めていない。
 だからこそ、変化に対して一番鈍い。

◇ ◇ ◇

 馬車が止まり、扉が開く。
 目の前に広がったのは、やたら広い庭と、白い石造りの建物だった。

 ――感情監理局・上層分室。
 通称、“数字だらけのサロン”。

「……サロン、ねえ」

「上層貴族たちが、“安全に感情を発散する場”として使う場所です」

 エリナが説明する。

「愚痴をこぼしてもいい、怒りを表明してもいい、
 ただし、その全てが“数字として記録される”前提のサロン」

「それ、発散になってます?」

「彼らは『なっている』と言っています」

 なるほど。
 “数字にして把握した気になる”タイプのセルフケアだ。
 前の世界でも似たようなの見たな……ストレス値アンケートだけ取って、何もしないやつ。

◇ ◇ ◇

 案内されたのは、やたら天井の高い応接室だった。
 壁には観測用の水晶板がいくつも埋め込まれている。

 ほどなくして、扉が開く。

「初めまして。“世界機嫌調整担当特別官”殿」

 入ってきたのは、三十代半ばくらいの男だった。
 上質な紺のジャケットに、控えめな装飾。
いかにも“仕事のできる貴族官僚”という雰囲気だ。

「王国上層評議会付参事官、レオネル・グロイスと申します」

「篠原悠斗です。あの、その肩書きは、できれば短く――」

「“機嫌取り官”とお呼びしても?」

「それもなんか違うんですけど、まあもういいです……」

 軽く頭を下げると、レオネルの頭上の数字が目に入る。

 〈自制:92〉
 〈退屈:78〉
 〈責任感:85〉
 〈虚無:53〉

(あー……これは、だいぶ疲れてるタイプの“有能上司”だ)

 前の世界にもいた。
 仕事は完璧にこなすけれど、自分の感情の扱い方だけだけは致命的に不器用な人。

「さて」

 レオネルは、ソファに腰を下ろしながら本題に入った。

「君が第三下層区画で行った“小規模祭事”――
 あれは、評議会でも議題に上がりました」

「怒られたりは……?」

「むしろ、“評価”されています」

 意外な言葉だった。

「抑圧値の継続的低下。犯罪件数のわずかな減少。
 何より、“市民が自発的に協力した”という点を、王は重く見ている」

「王様、本気で数字見てるんですね」

「ええ。
 “数字で国を守る”ことを掲げたのは、現王の代からですから」

 レオネルの口調は、どこか誇りと疲労が混じっていた。

「――だが」

 その声色が、少しだけ低くなる。

「上層の数字は、“安定しすぎている”」

「安定しすぎている?」

「怒りも悲しみも、小さく抑えられている。
 抑圧値も、それほど高くはない。
 だが同時に、“喜び”も“期待”も、目立って増えてはいない」

 レオネルは、壁の水晶板に視線を向けた。
 そこには、上層街区全体の感情グラフが表示されている。

 どの線も、ほぼ横ばい。
 大きな波がまったくない。

「国の舵取りを担う層が、この状態でいいのか――
 王は、そこを気にされている」

「……王様、意外とちゃんと“世界の機嫌”見てますね?」

「機嫌取り官にそう言われると、妙な説得力がありますね」

 そこで、レオネルの〈ユーモア〉の数字が、かすかに1だけ上がった。

◇ ◇ ◇

「具体的に、何をすれば?」

 俺が尋ねると、レオネルは一瞬言葉を選ぶような顔をした。

「上層貴族たちは、“感情を乱すもの”を極度に嫌います。
 彼らの多くは、『感情は数字で管理されるべきだ』と考えている」

「まあ、予想はしてました」

「そこで君には、彼らの前で――」

 レオネルは、さらっととんでもないことを言った。

「“数字のない時間”を、実際に作ってみせてほしい」

「…………」

 数秒、思考が停止する。

「……それ、つまり」

「かつて下層で行ったように、“数字を見ない状態で感情を使う場”を、
 今度は上層のサロンで再現してほしい、ということです」

 エリナが、隣でこくりと頷く。

「局長も同意しています。
 ただし、対象は“ごく一部の有志貴族”に限定されますが」

「有志、ね……」

 数字信仰の貴族たちが、どれくらい乗ってくるのか想像もつかない。
 けれど、王がそこに危機感を持っているなら、やる価値はあるのかもしれない。

「参加予定の方々のリストを、お渡しします」

 エリナが手渡してきた紙には、いくつかの名前が並んでいた。

 ――上層評議員の娘。
 ――若い侯爵家の当主。
 ――王妃付き侍女長。
 そして、その中に見慣れない肩書きがひとつ。

「“王太子殿下(仮名)”って何ですかこれ」

「字面のままです」

 レオネルは、さらっと言い切った。

「まだ正式に世継ぎとして公表されてはいませんが、
 王が次代の候補として目をかけている御方です」

「いやいやいやいや。
 いきなり王太子候補の“機嫌取り”から始めろって、ハードモードすぎません?」

「異世界転移していきなり世界の機嫌取り官になった人に言われても……」

 エリナのツッコミが妙に的確だった。

◇ ◇ ◇

 準備のためにサロンの内部を見て回る。
 豪華なシャンデリア。
 赤い絨毯。
 壁には、美しく整えられたグラフと、
 貴族たちの感情推移を示した精密な水晶板。

「……数字だらけですね、本当に」

「ここでは、“感情をいかに理性的に管理しているか”を互いに見せ合うのが、
 一種のステータスなんです」

 エリナの説明に、思わずため息が漏れる。

「“怒ってない自分”“取り乱さない自分”を誇る文化か……
 そりゃ虚無も高くなりますよ」

 怒ることも、泣くことも、「みっともない」とされる世界。
 感情監理システムができる前から、たぶんそういう文化だったのだろう。

(……この世界、上から下まで、感情に不器用すぎないか?)

 前の世界も大概だったけど、ここはここでなかなかのものだ。

◇ ◇ ◇

「で?」

 準備を終えたあと、屋上で風に当たりながら考える。
 リアナは警備の打ち合わせで別室、セレスは教会と連携中だ。

「“数字を見ない時間”を作るって、具体的に何をすればいいんだ俺は」

 第三下層区画では、祭りという分かりやすい形があった。
 仮面を作る文化も、元からあった。

 上層貴族に、祭りの真似事をしてもらうのか?
 ……違う気がする。

「ここにいる人たちが、本当に持て余してるものって……」

 ぼそりと呟いたとき、
 背後から、静かな気配が近づいてきた。

「“正解であること”でしょうね」

 振り向くと、そこにはセレスが立っていた。
 礼服のまま、屋上の風に髪を揺らしている。

「上に立つ人ほど、“間違えられない”と教え込まれて育ちます。
 失敗しても許される場を、ほとんど持たない」

「失敗してもいい場、か……」

 第三下層区画の祭りは、ある意味“多少失敗しても笑って済ませられる場”だった。
 上層には、それがない。

「じゃあ、やることはひとつですね」

 自分で言いながら、ちょっとだけワクワクしている自分に気づく。

「“間違えてもいい時間”を、作ってやればいい」

「どのような形で?」

「まだ考え中ですけど……」

 前の世界で、上司たちがふいに見せた弱音。
 数字だけでは測れない“本音の会議”の雰囲気。

「あのとき、みんな少しだけ“人間の顔”になってたんですよね」

 数字を外した瞬間に、こぼれた「怖い」「しんどい」「本当はやりたくなかった」。

「貴族たちにも、きっと似たようなものがあるはずです」

「“王太子殿下(仮名)”にも?」

「特に」

 セレスが、ふっと笑った。

「王冠は、重いものですから」

◇ ◇ ◇

 その夜。
 “数字のない時間”を始める前、準備の最終確認をしていると――

 サロンの扉が、静かに開いた。

 入ってきたのは、まだ若い男だった。
 金に近い明るい髪を後ろで束ね、深い青の瞳。
 服装は控えめだが、立ち姿に自然と視線が引き寄せられる。

 頭上には――何も浮かんでいない。

(……あ)

 数秒遅れて、自分の心臓が跳ねる。

「初めまして。
 “仮名”などと書かれていた者です」

 青年は、どこか苦笑いを含んだ声で言った。

「王太子候補、アルノルト・フェルンハイト。
 今日だけは、“アル”と呼んでいただけますか、“機嫌取り官”殿」

 その瞬間、俺は確信した。

 ――世界の機嫌取り官のお仕事、ここからもう一段階めんどくさくなる。

 でも同時に、ちょっとだけ楽しみだとも思ってしまった自分がいて。

 その事実が、いちばんの“成長”なのかもしれない、と
 仮面も数字もないサロンの真ん中で、ひそかに苦笑した。
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