社畜をクビになった俺、感情がステータスの異世界で最弱と言われたけど、共感スキルで仲間と世界を救う

cotonoha garden

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第14章 世界の機嫌取り官、昇進(たぶん不本意)のお知らせ

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 祭りが終わった翌朝、俺は壮大に寝坊した。
 ――世界の機嫌をちょっとマシにしたあと、自分の体力ゲージがゼロ近くまで削れてるっていうのは、どうなんだろう。

◇ ◇ ◇

「おはようございます、世界の機嫌取り官」

 ギルドの食堂に降りていくなり、マスターにそう呼ばれた。

「やめてください、その呼び方」

「お上から正式に通達来てたぞ。“感情監理局特別協力官”――通称“世界機嫌調整担当”だとよ」

「通称がおかしいんですよ通称が」

 トレーを受け取りながら抗議する。
 でも、食堂のあちこちからくすくす笑いが聞こえてきた。

「昨日の祭り、良かったぞ」

「子どもがあんなに笑ってるの、久しぶりに見た」

「文句も愚痴も多かったけどな。……まあ、それでちょうどいい」

 頭上に数字は浮かんでいないのに、
 声の温度だけで、みんなの〈喜び〉と〈照れ〉と〈疲労〉がちゃんと混ざっているのが分かる。

(……お祭り、やってよかったな)

 しみじみと思う一方で、
 「機嫌取り官」の肩書きだけは、どうにかならないかな、とも思う。

「悠斗」

 後ろから、聞き慣れた声。
 振り向くと、エプロン姿のリアナが、山盛りの皿を両手に抱えていた。

「それ、まさか」

「祭りの残り物を、全部持ってきました」

 テーブルに並べられたのは、串焼き、揚げ物、甘い焼き菓子まで。
 完全に“昨日の屋台の残り全部セット”だ。

「朝からこんなに食べられないですよ」

「大丈夫です。みんなで分けますから」

 そう言いながらも、リアナの視線はさりげなく俺のほうに寄っている。
 ――絶対、「とりあえずいっぱい食べさせて回復させる」って顔だ。

「ありがたく、いただきます」

 結局、言われるがままに串を手に取る。
 香辛料の匂いが鼻をくすぐった。

「セレスさんは?」

「礼拝所の片付けに行きました。
 昨日、広場の隅で勝手に“感謝の祈り”を始めた子たちがいて……喜んでいましたよ」

「それ、半分くらいは“セレスさんへのお礼”ですよね」

「そうですね」

 リアナは、穏やかに微笑んだ。

「昨日のあなたを見ていて思いました」

「なんです?」

「ひとりで背負っていた荷物を、少しだけ人に渡せるようになったんだな、って」

 胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。

「そんなに成長しましたかね、俺」

「ええ。
 前だったら、“祭りの責任は全部自分が”と抱え込みそうでした」

 ぐさりと刺さる。
 図星だ。

「今は、“責任者だけど、手伝ってって素直に言う”ようになりました」

「それはまあ……そのほうが、結果的に機嫌がマシになるんで」

「自分の?」

「自分の」

 即答すると、リアナがくすっと笑った。

「それでいいと思います」

「いいんですか、それで」

「あなたが“自分の機嫌”を大事にできるなら、
 世界の機嫌だって、ついでに少しはマシになりますから」

 その考え方、かなり好きだ。

◇ ◇ ◇

 朝食を終えた頃、ギルドに一通の書状が届いた。
 封蝋には、感情監理局の紋章。

「さっそくだな」

 マスターが苦笑する。

「世界の機嫌取り官殿宛てだ」

「だからその呼び方やめてくださいって」

 封を切ると、中からは丁寧な字で綴られた文と、数枚の資料が出てきた。

 ――【局長リュカ・アーベントより】

『第三下層区画における“小規模祭事”は、おおむね良好な結果をもたらした。
 抑圧値の継続的な低下、感情表出の自然化、治安の悪化なし。
 予想されていた「暴動リスク」は、現時点で確認されていない』

 ふむふむ。

『ついては、今後も「安全な感情発散の場」の設計が必要であると判断した。
 そこで――』

 そこで?

『感情監理局内に新設される予定の“感情環境調整室”(仮称)への出向を打診する。
 君の肩書きは、そのまま“世界機嫌調整担当特別官”となる』

「出向って、俺、局の職員じゃないんですけど」

 思わず声が漏れる。
 リアナが、横から覗き込んだ。

「“出向”というより、“半分局員扱いにする”ってことですね」

『なお、待遇面についてはギルドとの協議の上、
 依頼報酬+局からの手当を別途支給する予定である。
 この件について、君の“機嫌”を損ねるつもりはない』

「最後の一文、完全に俺向けだろこれ……」

 なんだかんだで、リュカはこういうところ抜かりない。

『近日中に、中央からも君に興味を持った者たちが接触してくる可能性がある。
 その際、“世界機嫌調整計画”の意図を、君なりの言葉で説明してくれると助かる』

 “中央”。
 この世界の王都のさらに上、王族や上級貴族が集まる場所。

「……めんどくさい匂いしかしないですね」

「光栄なお話ですよ?」

 リアナが、社交辞令のテンプレみたいな声で言った。

「それ、本心じゃないですよね」

「めんどくさそう、とは私も思いました」

 正直な感想をありがとう。

「でも、“上”の人たちにも、きっと“世界の機嫌”はあるはずです」

「上の世界の機嫌取りですか。
 それ、難易度高くないです?」

「下手なことをすれば、簡単に首が飛ぶ分だけ」

「それは本当にやりたくないですね」

 前の世界では、「プロジェクトが飛ぶ」だったけど、
 こっちは物理的に首が飛びかねないから笑えない。

◇ ◇ ◇

「で、どうするんだ?」

 昼前、ルークが肩を組んできた。

「局に出向ってのも悪くねぇぞ。
 安定した収入に、面倒な書類と、面倒な会議と、面倒な人間関係がセットで付いてくる」

「最後の三つがいらないんですよねえ」

「安心しろ。どの世界も大体同じだから」

 経験者は語る、みたいな言い方をするな。

「でもよ、半分局員ってんなら、逆に考えりゃ“ギルドと局の橋渡し役”にもなれる」

「橋渡し役?」

「ああ。
 今まで、“数字でしか街を見てなかった連中”と、“数字なんか知らねえよって現場”の間で、
 話を通せるやつがいなかったんだ」

 ルークは、真面目な顔で言った。

「あんたは、どっちの空気も分かる。
 数字の便利さも、数字が届かないところのしんどさも」

「……まあ、そうですね」

 前の世界の、現場と本社の板挟みを思い出す。
 嫌な記憶と同時に、「だからこそ出来ることもあるのかもな」という感覚が湧いてくる。

「それに」

 ルークがニヤッと笑う。

「“世界の機嫌取り官”って肩書き、酒場のネタとして最高だろ?」

「そこ重要なんですか」

「重要だろ。
 嫌なことがあっても、『まあ世界の機嫌取り官だしな』って笑えるじゃねえか」

 妙なポジティブさだけは見習いたい。

◇ ◇ ◇

 その日の夕方、セレスが戻ってきた。
 礼拝所の片付けを終えたらしい。

「どうでした? 広場のあと」

「いい祈りが、たくさん残っていました」

 彼女は、ほんのりと微笑んだ。

「“楽しかった”とか、“またやりたい”とか、“来年も兄ちゃんと一緒に見てますように”とか」

「最後のやつ、反則級に刺さるんですけど」

「ええ。私も刺さりました」

 セレスの〈祈り〉が、また静かに揺れている気がした。

「それと――」

 彼女は、小さな封筒を取り出した。

「局長からの口頭ではなく、“もうひとつの依頼”も託されています」

「もうひとつ?」

「はい。
 “残響”のような存在は、おそらく王都だけではない、と」

 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

「各地の教会や礼拝所から、
 “最近、感情の気配が妙に重い場所がある”という報告が、少しずつ届いているそうです」

「……やっぱり、あいつ一体だけ、なんて都合よくないですよね」

「ええ。
 もしかすると、“世界のどこかに溜まった残響”が、
 時折この世に滲み出しているのかもしれません」

 セレスは、真っ直ぐな目で俺を見た。

「局長は、あなたに“王都担当”以上の役割を期待しています」

「期待されるの、苦手なんですけどね」

「私も、得意ではありません」

 セレスの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

「でも、“世界の機嫌取り官”という肩書きは、
 言い換えれば“世界のわがまま聞き役”でもあります」

「わがまま聞き役」

「はい。
 世界のあちこちで、“怒れない誰か”や“泣けない誰か”が、
 小さくわがままを飲み込んでいる」

 セレスの言葉は、静かだけれど強い。

「それを、聞いてあげる役。
 全部叶えられるわけではないけれど、“聞いた”という事実だけでも、
 誰かの明日を少しマシにできる役」

「……そういう説明だと、ちょっとだけやってみたくなりますね」

 自分でも単純だと思う。
 でも、“聞き役”という言葉は、前の世界でも、今の世界でも、俺にとってしっくりくる役割だった。

「もちろん、嫌になったら逃げてもいいんですよ」

 セレスは続ける。

「そのときは、私たちがあなたの“機嫌取り”をしますから」

「それ、かなり贅沢な保証じゃないですか」

「世界の機嫌取り官には、それくらいの優遇があってもいいと思います」

 リアナも頷いた。

「あなたが“自分の機嫌”を諦めそうになったら、
 私は全力で止めます」

「騎士の本気の説教、ちょっと怖そうですね」

「覚悟しておいてください」

 脅されてるのか励まされてるのか分からない。
 でも、嫌じゃない。

◇ ◇ ◇

 その夜。

 ギルドの屋上にひとり出て、空を見上げながらぼんやり考える。
 星には、やっぱり数字は浮かんでいない。

「……リュカさんの提案、受けるかどうか」

 出向。
 感情環境調整室。
 世界機嫌調整担当特別官。

 肩書きは長いし、面倒も多そうだ。
 でも――

 第三下層区画の笑い声。
 仮面をつけた子どもたちの顔。
 “残響”と交わした、あのやり取り。

「やりたいか、やりたくないかで言えば」

 答えは、もう決まっている気がした。

「……やってみたい、んだよなあ」

 自分の機嫌を、ようやくちょっとマシにできるようになった今なら。
 世界の機嫌と小競り合いしながら歩くくらい、たぶん耐えられる。

 そのとき、背後で小さな気配がした。

「決めたみたいですね」

 振り向くと、そこには――

 薄い影が立っていた。
 フードもマントもない、ただの人影。

 けれど、頭上には、やはり数字が浮かんでいない。

「……“残響さん”」

『さん付けするな、と言った』

 ざらざらした声が、しかしどこか色を変えていた。
 以前より、少しだけ輪郭がはっきりしている。

『祭り、悪くなかった』

 短い言葉。
 でも、それだけで十分だった。

「見てたんですか」

『“怒れない街”が、少しだけ怒って、少しだけ笑って、少しだけ泣いていた。
 ああいう音なら、見逃してやってもいい』

「見逃して“やっても”って、偉そうですね」

『私は、押し込められた声の残りかすだ。
 偉そうなのは、仕様だ』

 仕様なら仕方ない。

『――次は、どこへ行く?』

 “残響”の声には、ほんのわずかに興味が混ざっている。

「そうですね」

 俺は、夜空を見上げる。

「世界の機嫌が悪そうなところなら、どこでも」

『世界中だな』

「でしょうね」

 笑いながらも、少しだけ身震いする。

「でも、ひとつずつですよ。
 世界まとめてじゃなくて、“今日の誰か一人”から」

『愚かだな』

「愚かで、わがままで、面倒くさいのが俺なんで」

 “残響”は、しばらく黙っていた。
 風が吹き、ギルドの屋根の端にかけられた布がかすかに揺れる。

『……なら、見ていてやる』

 やがて、静かな声が落ちた。

『きみがどこまで、自分の機嫌と世界の機嫌を両方抱えて歩けるのか――
 最後まで見届けてから、終わりにしてやる』

「終わりにするって、何をです?」

『“世界は最悪だ”という証明を、だ』

 その言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。

「いいですね、それ」

 俺は、夜風に向かって笑った。

「じゃあ俺は、全力で“世界も案外悪くない”って証明しにいきます」

『愚か者』

「そうですとも」

 次の瞬間、影はふっと薄れて、夜の闇に溶けた。

 頭上には、やっぱり数字のない星空。
 でも、そのどこかで、“残響”は見ているのだろう。

 世界の機嫌取り官。
 わがまま聞き役。
 愚か者。

 ――肩書きが増えすぎて、名刺が足りない。

 そう苦笑しながらも、
 少しだけ高鳴る胸の鼓動を、俺はちゃんと自分のものとして抱きしめていた。
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