社畜をクビになった俺、感情がステータスの異世界で最弱と言われたけど、共感スキルで仲間と世界を救う

cotonoha garden

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第20章 王様、フードをかぶる

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 ――そして、当日。

 王様と王子の変装デート作戦、コードネーム「世界の機嫌より今日は親子の機嫌優先大作戦」が決行される朝が来た。
 ……コードネームは今つけた。誰にも言わない。

◇ ◇ ◇

「似合ってますよ、陛下」

 そう言った瞬間、リアナに無言で肘をつつかれた。
 たぶん“もっと敬え”的な意味だ。

 教会の一室。
 セレスが用意した“巡礼者用のフードと衣”を、王様とアルが順番に身につけている。

 目の前の王様――この国の頂点にいるはずの人は、いま、
 地味な灰色のフード付き外套に、質素な革靴という、どう見てもただの旅人スタイルだった。

 なのに、隠しきれない“威圧感”みたいなものがにじみ出ているの、
 職業病っていうか、存在感の暴力っていうか。

「……肩の力を抜いていただけますか」

 セレスが、祈りのときより柔らかい声で言う。

「“神のもとでは皆平等な巡礼者”という建前ですから。
 そんなに『王です』と背中で主張されると、服が泣きます」

「服が泣くとは新しい表現だな」

 王様は苦笑しつつ、わずかに姿勢を緩めた。
 それだけで、部屋の空気が少し軽くなる。

 頭上の数字を見るまでもなく、〈緊張〉がちょっとだけ下がったのが分かった。

「父上、似合ってますよ」

 隣で同じフードをかぶったアルが、どこか楽しそうに言った。

「“ただの真面目そうな巡礼者”に見えます」

「真面目そう、か……そこは否定できんな」

 王様も、少しだけ肩を揺らす。

 アルのほうはというと――
 もともと愛想のいい顔立ちをしているからか、フードをかぶると、
 やたら爽やかな旅人にしか見えない。

「アル、もう少し“疲れた大人感”を出せます?」

 俺が言うと、アルがきょとんとした。

「疲れた大人感、とは?」

「『税金のことは考えたくないけど明日のパン代は気になる』系の表情です」

「難度が高い」

 そのやり取りだけで、王様の〈ユーモア〉がちょっと上がるのが見えた。
 ――よし。いい感じに緩んできた。

◇ ◇ ◇

「動きの確認をしましょう」

 リアナが前に出る。
 完全に“護衛隊長モード”だ。

「本日のルールは四つ。
 一つ、王であること、王太子であることを、絶対に名乗らない。
 二つ、街の人々の前で“数字”や“観測”の話はしない。
 三つ、“正解らしい振る舞い”をしない」

「その三つ目のルール、まだ慣れませんね」

 アルが苦笑する。

「いつもは“正解らしい振る舞い”を求められますから」

「今日は“間違えていい日”です」

 リアナの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

「転んでもいいし、道に迷ってもいい。
 安いパンを選んでも、高い菓子を衝動買いしてもいい。
 “後で帳簿と評議会に怒られるかどうか”を考えなくていい日です」

 王様が、そこでわずかに目を伏せた。
 その頭上の〈戸惑い〉と〈期待〉が、同時に揺れる。

「そして四つ目」

 リアナが、俺をちらりと見る。

「“何があっても、最後まで楽しもうとすること”。
 これは全員に共通です」

「護衛のルールに“楽しめ”って入るの、たぶん世界でもここだけですよ」

「世界の機嫌取り官が関わる案件ですからね」

 エリナが、横でさらっと言う。
 局の制服ではなく、今日は地味な町娘風の格好だ。

 ……違和感がすごい。

「笑いましたね?」

「いえ、似合ってるなあと思って」

「嘘が下手ですね」

 そんなやりとりをしながらも、エリナの手にはいつもの記録板はない。
 今日は“数字を見ない日”。
 代わりに、小さな布袋を持っているだけだ。

「それ、何入ってるんですか」

「飴です」

「飴?」

「“気圧が下がりそうな案件”には、糖分の補給が必要でしょう」

 局員の経験値の使いどころが独特すぎる。

◇ ◇ ◇

「では――行きましょうか、“悠斗”」

 準備が一通り整ったところで、王様が俺を見た。
 今日はあえて“機嫌取り官”ではなく、名前で呼んでくる。

「はい、“巡礼者のおじさん”」

「誰が“おじさん”だ」

 王様の頭上の〈不満〉が1だけ跳ねて、同時に〈楽しみ〉も跳ねた。
 うん、悪くない。

 セレスが、最後に小さく祈りを捧げる。

「本日の巡礼が、ただの“王の息抜き”ではなく――
 “この国が自分の足で歩くための一歩”になりますように」

「……祈りの内容が重いんですけど」

「軽くすると、神様が聞き逃すかもしれませんから」

 そう言って微笑むあたり、やっぱり只者じゃない。

◇ ◇ ◇

 教会の裏口から外に出ると、朝の空気がひんやりと頬を撫でた。
 まだ陽は高くない。
 城下町は、ちょうど人が増え始める時間だ。

「ここからしばらくは、私が先導します」

 ルークが、いつもの軽い足取りで歩き出す。
 今日は単なる冒険者風の格好――というか、普段とあまり変わらない。

「王城側の護衛は、もう周囲に散ってる。
 “ただの巡回”の顔してな」

「局側の観測も、感度を三段階落としてあります」

 エリナが、さりげなく説明を挿む。

「“王城内部の特定区画にいらっしゃることになっている”ので、
 今この瞬間の陛下の機嫌は、誰も数字では把握していません」

「王様の居場所を数字から隠すって、
 世界一贅沢な“かくれんぼ”ですね」

「そうですね」

 エリナが、ほんの少しだけ楽しそうに笑った。

「――でも、私は見ていますよ。
 “数字じゃないほうの陛下の機嫌”」

 その言葉に、王様が一瞬だけこちらを見た。
 視線が合った瞬間、ほんのわずかに〈照れ〉が浮かんで消える。

 ――いい。
 こういう“誤差レベルの揺れ”こそ、今日の目当てだ。

◇ ◇ ◇

 最初の目的地は、第三下層区画の広場だった。

 あの日、祭りをした場所。
 今は仮面も飾りも片付けられて、
 いつもの“ちょっと薄汚れたけれど、生活の匂いのする広場”に戻っている。

「ここが……」

 フードの奥から漏れた王様の声は、想像していたよりも静かだった。

「祭りのあと、です」

 俺は正直に言う。

「正式な許可は降りてなかったですけど」

「知っている」

 王様は、ゆっくりと広場を見渡した。

 洗濯物を干す人。
 朝からパンを売る屋台。
 小さな子どもが水場で遊んでいる。

 その頭上には、やっぱり数字が浮かんでいるけど――
 今日は、意識して見ない。

「……静かだが、悪くないな」

 王様がぽつりと言った。

「“何も起きていない”静けさではなく、
 “何かが続いている”静けさだ」

 その言い回しに、少し驚く。

「続いている、ですか」

「子どもたちの笑い声が、“昨日生まれたもの”ではないからな」

 王様は、広場の端で鬼ごっこをしている子たちを見やる。

「お前たちが祭りで作った“きっかけ”のあと――
 ここで暮らす者たちが、自分たちなりの遊び方を続けている」

 王様の頭上で、〈観察〉と〈満足〉が静かに増える。

 ――この人、本当はずっとこうやって街を見たかったんじゃないか。

 そんな考えがよぎった。

「父上」

 隣で、アルが小声で呼ぶ。

「“あれ”をしてもよろしいですか」

「あれ?」

 俺が首を傾げる前に、アルは広場の屋台に近づいていた。

「すみません、このパンを二つ」

 王太子候補、完全に“普通の青年”の顔で露店に並んでいる。
 王様も、半歩遅れて隣に立った。

「俺の分も一つ、追加で」

 ついでに俺も注文する。

 店のおばさんが、俺たち三人を順々に見た。

「巡礼かい? この辺じゃ見ない顔だねえ」

「はい。
 ちょっと、世界の機嫌を見に」

 口が勝手に動いていた。
 王様とアルが、同時にこちらを見た気配がする。

「へえ、世界の機嫌ねえ」

 おばさんは、豪快に笑った。

「うちの旦那の機嫌なら、今朝ちょっと悪かったけどね」

「それは、パンの出来栄えが原因ですか?」

「よく分かったね」

 おばさんは、焼き立てのパンを紙袋に詰めながら言う。

「ちょっと焦がしちまったからさ。
 “こんなんじゃ客が減る”ってぼやいてたよ」

 アルが、わずかに反応した。

「焦げたパン……」

「おや、嫌いかい?」

「いえ」

 アルは、うっすら笑う。

「“ときどき焦げているほうが、好きなんです”」

 王様が、その横顔を見ていた。
 フードの奥で、その表情がどう変わったのかは見えない。

 ただ――

 パンを受け取る王様の指先が、ほんの少しだけ震えていたのを、
 俺は見逃さなかった。

◇ ◇ ◇

 広場の端の段差に腰かけて、三人でパンをかじる。
 リアナたちは少し離れたところで、別の屋台を装いながら見守っている。

「……どうです? 陛下」

 一口目を飲み込んだタイミングで、俺は聞いた。

「焦げ具合」

「悪くないな」

 王様は、意外と素直に答えた。

「“完璧に焼けたパン”より、
 こういう“少し失敗した証拠”のあるパンのほうが――」

 そこで言葉を切る。

「“人が焼いた”という感じがする」

 アルが、小さく笑った。

「父上」

「なんだ」

「“王様の舌に合うパンを焼かなきゃ”って、
 王城の厨房はいつも必死なんですよ」

「知っている」

「でも、多分――
 たまにはこういうパンも、出していいと思います」

 アルの横顔は、どこか照れくさそうで、それでいて真剣だった。

「“完璧でなきゃいけない王様”の機嫌を取るの、
 みんな、ちょっと疲れてますから」

 王様の頭上の〈孤独〉が、また少しだけ揺れた。
 それと一緒に、〈自覚〉の数字がじわりと浮かぶ。

「……そうか」

 王様は、もう一口パンをかじる。

「なら、今度厨房に言ってやるか」

「なんてです?」

「“たまには焦がしてもいい”と」

 俺は、思わず吹き出しそうになった。

「怒られますよ、たぶん」

「怒らせてやればいい」

 王様の目が、ほんの少しだけ楽しそうに光る。

「“王の舌を傷つけるわけにはいきません!”とか言って騒ぐ連中の機嫌を、
 たまには私が悪くしてやる」

「世界の機嫌取り官の前で宣言する内容じゃないですけど、
 個人的には大賛成です」

 アルも笑っていた。
 フードの陰で、父と子の笑い声が重なる。

 その音を聞きながら、俺の胸の奥の何かが、じんわりと温かくなる。

(――ああ)

 こういう瞬間を、見たかったんだ。

 数字じゃ測れない、
 世界のどこかで、確かに起きている“ちょっとマシになった機嫌”を。

◇ ◇ ◇

 パンを食べ終えたあとも、城下町の一日は続く。
 露店をひやかし、
 教会の前のベンチでぼんやりし、
 川沿いの橋から、水面に映る街の影を眺める。

 そのどこかで――

 ふと、背筋を撫でるような、冷たい気配が通り抜けた。

(……来たか)

 “残響”ほどはっきりしていない。
 でも、どこかで溜まりかけた声が、薄く滲んでいる。

 世界の機嫌は、今日もどこかで悪い。
 それは変わらない。

 けれど、隣では王様が、
 「アル、あの菓子も食ってみるか」と、
 少し子どもっぽい声で息子を誘っている。

 ――だったら、今日くらいは。

 俺は、流れていく冷たい気配に、心の中でだけそっと言ってみる。

「悪いけど、今日はこっちを優先させてもらうからな」

 世界の機嫌取り官である前に、
 俺個人のわがままとして。

 王様と王子が、
 ただの親子として笑っている一日を――

 全力で、守り抜いてみせる。

 そう決めた瞬間、
 胸の奥で、またひとつ、自分の機嫌がマシになる音がした気がした。
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