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第19章 王様と王子の城下町デート計画(極秘)
しおりを挟む――というわけで。
「王様と王子の変装デートを決行します」
翌日。
ギルドの作戦会議室に、俺のそのひと言が落ちた瞬間、空気が数秒止まった。
「……なあ」
沈黙を最初に破ったのはルークだった。
腕を組み、椅子をぎいっと軋ませながら、ゆっくり口を開く。
「もう一回言ってくれ。“酒の席の冗談”じゃなくて、“素面での本気発言”だって前提で」
「王様と王子の変装デートを」
「マジかよ」
ルークが顔を覆った。
が、その肩は笑いをこらえて震えている。
「世界の機嫌取り官、とうとう頭がおかしく――」
「ルークさん」
リアナの静かな声が重なる。
剣ではなく、視線で制するタイプのやつだ。
「“おかしい”のは最初からです。今更ではありません」
「フォローの方向がおかしくない?」
俺のツッコミは華麗にスルーされた。
◇ ◇ ◇
「状況を整理します」
エリナが、慣れた手つきで簡易の板を立てる。
さすが局の人間、話を“案件”にするのが早い。
「目的は、“王と王太子殿下に、一日だけ『王としてではない時間』を提供すること”。
形式としては“城下町視察(非公式)”ですが、実態は――」
「デートです」
俺が断言する。
エリナが、わずかに言葉を詰まらせた。
「……父子の時間、という意味での、ですね」
「そうとも言う」
板には、さらさらと項目が書かれていく。
・日程:王都の公式行事が比較的少ない日
・場所:城下町のうち、感情観測の密度が低いエリア
・同行者:世界の機嫌取り官、騎士リアナ、神官セレス、ギルド協力者(ルーク他)
・カバー役:王城側のダミー日程調整、局側の記録処理
「問題は安全面です」
リアナが、いつもの真面目な顔で口を開いた。
「王と王太子のお二人が同時に城外に出る――
それ自体、前代未聞です」
「ですよね……」
「王城側の護衛は、最少人数でも十人はつけたいところでしょう」
「そんな一団がぞろぞろ歩いてたら、変装どころじゃないですね」
城下町デートというより、「要人警護中の巡視」になってしまう。
ルークがニヤリと笑った。
「そこは、“厚みを変える”しかねぇな」
「厚み?」
「表向きの護衛線は薄く見せて、
本命は、人混みの中に紛れさせる」
ルークは、指を二本立てた。
「表層護衛班と、潜伏護衛班の二重構造にすんだよ」
「二重構造……」
「表層は、王城の護衛たち。
“王城周辺を通常どおり巡回してますよ~”って顔で動き回る。
一方、潜伏側は――」
ルークが、悪い顔で笑う。
「“仮面とフードに慣れた連中”だ」
ギルドの裏稼業経験が、ここで役に立つとは。
嬉しいような、不安なような。
◇ ◇ ◇
「変装については、こちらで責任を持ちます」
セレスが、珍しく自信ありげな顔で言った。
「教会には、古い祝祭で使っていた“巡礼者用のフードと衣”がありますから。
“身分を隠して歩く”ことには、宗教的な言い訳が立ちます」
「宗教的言い訳って言いました?」
「言いました」
セレスは、微笑みを崩さない。
「“神の前では皆平等”ですからね。
身分を隠して街を歩く王や王子がいても、おかしくはありません」
「その理屈、ちょっと好きです」
王もアルも、そういう建前なら、本人たちも乗りやすいだろう。
「数字の問題は?」
エリナに視線を向けると、彼女は少しだけ困った顔をした。
「王と王太子の感情データは、常に重点監視対象です。
突然“観測不能”になれば、上層は騒ぎます」
「ですよね」
「ですので、“感度を下げる”という形にします」
「感度?」
「はい。
“城内にいる”という前提での観測範囲を、その日だけ狭めるんです」
エリナは、水晶板を指でなぞる。
「城内の特定区画にいることにしておけば、
そこから外れた動きには、数字がついてきません。
“観測データの誤差”として処理できます」
「そんなこと、できるんですか」
「本来は非常時用の機能ですが……」
エリナは、小さく肩をすくめる。
「“実験”という名目なら、局長を説得できます」
「リュカさん、絶対わくわくしてますよ、その実験」
「ええ。
“王の感情を一日だけ数字から解放したらどうなるか”――
研究者として興味津々でしょうね」
局長の頭上の〈興味〉が、今もどこかでぴょんぴょん跳ねている気がする。
◇ ◇ ◇
「で、具体的にどこを歩くんだ?」
ルークが、城下町の地図を広げた。
「観光名所を全部回るのは無理だ。
“普通に楽しい場所”と、“ちょっとだけ世界の機嫌が悪そうな場所”を、
バランス良く選ぶ必要がある」
「世界の機嫌ツアーですか」
「お前の仕事だろ?」
ルークに言われて、俺は地図を眺める。
「まずは、第三下層区画の広場でしょうね」
「いきなり下層か?」
「祭りのあと、どうなってるか、王様にも見てほしいんですよ」
あの日の仮面たち。
今はきっと、また別の日常の顔に戻っているはずだ。
「それから――」
地図のあちこちを指でなぞる。
「露店が並ぶ通り。
教会の前のベンチ。
川沿いの橋。
ちょっと古い本屋と、場末の甘味屋と……」
挙げればきりがない。
でも、一日で回れる場所は限られている。
「全部を見せる必要はないと思います」
セレスが、静かに言った。
「大事なのは、“王が自分の足で選ぶ”ことです」
「選ぶ?」
「はい。
私たちが候補を用意するのはいいですが、
最終的に“どこへ行きたいか”を決めるのは、王様自身であるべきです」
胸の奥に、ストンと落ちるものがあった。
(――そうだ)
世界の機嫌取り官だなんだと言いながら、
俺はつい、“誰かのために場所を決めてあげよう”としていた。
「“自分の居場所を選び直す”のが、この物語のテーマだろう?」
セレスが、どこかいたずらっぽく微笑む。
「王様にだって、それが必要です」
「……神官って、たまに物語のメタ読みしてきますよね」
「信仰と物語は、案外近いものですから」
そんなことをさらっと言うあたり、やっぱりただの神官じゃない。
◇ ◇ ◇
「ひとつ、気になることがある」
会議が一段落したところで、リアナが真剣な顔になる。
「セレスから聞きました。
最近、各地の教会から、“感情の気配が重い場所”の報告が増えている、と」
「ああ……」
セレスが小さく頷く。
「“残響”ほど明確ではありませんが、
“溜まりかけの声”のようなものを、いくつかの街で感じます」
「つまり、“世界の機嫌の悪いところ”が、また増えてきてると」
「はい」
部屋に、少し重い空気が落ちる。
「その状況で、“王様のデート”なんて呑気なことしてていいのか、って話ですよね」
俺が言うと、リアナが首を振った。
「いいかどうかではありません。
“それでもやるかどうか”です」
「……厳しいな」
「厳しく聞こえますか?」
リアナの目は、真っ直ぐだった。
「私は――
“いつか世界が大きく揺れたとき、あなたが『あのとき王様との一日を諦めたからだ』と後悔するのを見たくないだけです」
胸を刺すような言葉だった。
でも、そこに責める色はない。
「世界は、いつだってどこかの機嫌が悪い。
“全部が落ち着いたら自分のことをしよう”と言っていたら、一生順番は回ってきません」
前の世界の自分が、頭をよぎる。
プロジェクト、締切、クライアント――“落ち着いたら”と思い続けて、結局落ち着いたことなんて一度もなかった。
「だからこそ、私は聞いているんです」
リアナは、はっきりと言った。
「“世界の機嫌取り官”である前に、“篠原悠斗”として――
王様と王子の一日を、あなたは“やりたいか”どうか」
答えは、もう決まっていた。
ずっと前から、たぶん。
「……やりたいですよ」
笑ってごまかすのは、やめた。
「世界のあちこちで何が起きてても、
“王様と王子が肩並べて焦げたパン食ってる光景”を、俺は見てみたいです」
ルークが、ふっとニヤつく。
「いいじゃねえか。そのわがままに乗ってやるよ」
「ギルドとしても、全力で支援します」
マスターの声が、扉のほうから聞こえてきた。
いつの間にか、聞いていたらしい。
「王様が“城下でパン食ってた日があったんだ”って、
あとで酒の肴にできるなんて、そんな面白い話、逃す手はない」
「店の宣伝もしれっと挟んできましたね」
「商人だからな」
セレスも、エリナも頷く。
それぞれの立場で、それぞれの覚悟を持ちつつ。
◇ ◇ ◇
「――日程は、一週間後です」
数日後。
エリナが、局からの正式な連絡を持ってきた。
「王城の公式行事の隙間。
“定期療養日”という名目で、王様の予定が一日だけ空きます」
「療養日」
「はい。
“感情監理システムに関する長期的負荷を軽減する研究の一環として”、
“感情観測密度を意図的に下げる日”――ということになっています」
「言い回しがいちいち長いな」
「長くしておいたほうが、変に勘ぐられませんから」
さすが官僚文化、言葉の鎧が分厚い。
「アル殿下も、その日は“体調観察日”として城内の予定を外されています」
「親子そろって“療養”と“観察”ですか」
「実態は、デートですけどね」
エリナが、ごくわずかに口元をゆるめた。
「……ところで」
「はい?」
「私も、護衛兼観測者として同行します」
「ですよね」
「“王と王太子の感情データが一日消える”なんてイベント、
局の人間が自分の目で見に行かないわけがないでしょう」
「研究者根性のほうが勝ちましたね」
「ええ。
それに――」
エリナは、少しだけ真剣な顔になる。
「“数字を見ない”日だからこそ、
“自分の目で見たもの”を覚えておきたいんです」
「……いいですね、それ」
数字じゃなくて、目で見た光景。
耳で聞いた笑い声。
空気の温度。
その全部を、ちゃんと自分の記憶として抱えておく。
◇ ◇ ◇
夜。
ギルドの屋上で、ひとり星を見上げる。
“残響”の気配は、今日は近くにはない。
でも、世界のあちこちで、きっとまた新しい歪みが生まれている。
全部には、届かない。
一人では、間に合わない。
それでも――
「この日は、王様ひとりの機嫌に全振りしよう」
ぽつりと呟きながら笑う。
世界の機嫌を測る水晶板も、
国の平均値を示すグラフも、
上層のサロンも、下層の路地もひとまず横に置いて。
一日だけ。
王様とその息子が、
人混みの中で、ただの親子として歩いて笑う。
――それだけのことが、この世界のどこかでちゃんと起きたって事実を、
いつか残響に向かってドヤ顔で見せつけてやるためにも。
「準備、ちゃんとしねえとな」
胸の奥で高鳴る鼓動を、今度はちゃんと楽しみながら、
俺は夜風を吸い込んだ。
世界の機嫌を見に行くんじゃない。
この日はただ――
ひとりの父親と、ひとりの息子の機嫌を、
全力で取りに行く日だ。
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