【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉

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28 決闘!天神ノ森

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 露天神の森の中を、久富大志郎は、ゆっくりと歩いている。思案顔で時おり歯と歯の間から、すうッと、小さな音を立てては、また足をとめて、しばしそこに佇む。
 そうして、再び、ゆっくりと歩き出すのだ。その動作を幾度繰り返したことだろう。やがて、意を決したのか、天神橋のたともから川に沿って、北へと方角を変えた。
 その時、大志郎の背後で声が響いた。

「しばし、待たれよ……久富どのとお見受けいたす」

 くるりときびすを返すと、大志郎はおやっと首を傾げた。
 おそらく浪人といっていいであろう、息せき切って追いかけてきた五人を認めた。面体つらに見覚えはなかった。
 大志郎も浪人に扮している。の父、寺島惣右衛門の助言で身なりを変えていた。着流しだが、寺島のだけに絹地の質がよすぎて、ほかの浪人の中に混じると余計に目立つ。おそらく惣右衛門はそこまで思念していなかったのだろう。

「誰だ!」

 あえてぞんざいに大志郎は返した。

西久富どの……でござろう。われら、伊左次と申す者を探しておる……どこに居るか、素直に言うが身のためぞ」

 人に物をたずねるにしては横柄な物言いである。

「ふん」と、大志郎は鼻を鳴らした。
「いきなり何だぁ?」
 
 大志郎は凄んでみせた。十手じっては持っていない。大刀ひとつ、無意識に柄に手をかけて身構えた。
 すると大志郎を取り囲んだ五人のなかから、ひょいと擦り寄ってきた浪人が、
「福島源蔵と申す……ゆえあって、伊左次なる者を探しております。ご存知あれば、お教え願いたい」
と、大志郎に頭を下げた。
 それなりの礼儀は心得ているようである。

「福島? 聴かぬ名だ? 江戸からやってきたのか?」

 大志郎が問う。けれどそれはどうでもいいことで、むしろ、そうやって時をかせぎ、相手の剣の力量を読み取ろうとしているのだ。
 目の前の福島源蔵と名乗った男には殺気はなかった。年の頃は二十五、六と、大志郎はみてとったが、確かなことは分からない。分部宗一郎が〈仇〉といっていた当人が、伊左次を付け狙っている福島源蔵なのであろう。
 大志郎は十二年前、伊左次が人を斬って江戸から逃亡したことだけは知っている。それが正式な決闘であったのかどうかまでは分からない。大坂で伊左次と再会して後も、その詳細は聞かなかった。
 だから実のところ真相は何も知らないのだ。むしろ福島にこちらからただしたいぐらいであった。

「お!」

 大志郎は身構えた。福島には殺気はなくとも、他の四人は明らかに刺殺の陣をとっていた。東西南北にそれぞれの身を置き、中心に相手を追い込んで、同時に抜刀するのである。……剣の道において、一方が一方を“取り囲む”とは、まさに、こういう状況をつくり出す、ということに他ならない。
 いわばこのとき、大志郎は気づかないうちに相手の陣の真ん中に押し込められていたのだ。
 ところが、慌てたのは大志郎ではなかった。驚いた福島が、
「あいや待たれよ……皆々がた、これはどういうことだ!」
と、四人を制しようとした。
「ええぃ、邪魔だ! おまえはどいておれ!」

 一人から邪険に怒鳴られて福島は立ちすくんだ。

「や! 仲間割れか!」

 怒鳴ったのは大志郎である。言葉を発することで、機先を制する。いや、このとき、大志郎を四人の浪人の腕前はかれをはるかに上回っており、大声を張り上げることで、誰か通りがかりの者に伝わることを大志郎は期待している。
 つまりは、その時点で、大志郎の敗退は目にみえていた、ということであろう。
 しかも、敵は四人だけではない。
 大木の枝、草むらのかげに、黒頭巾をかぶった者らが潜んでいた……。

(なんだぁ、あいつらは……西町奉行所の同心を堂々と闇討ちしようとは……)

 さすがの大志郎も逃げ場がないことを悟った。最後の一手は、やはり大声を張り上げることしかない……。

「おれは西町奉行所同心、久富大志郎!そうと知ってなお、刃を向けるかっ!」

 すると、首領格とみえる一人が、薄笑いつつ、
「いかにも!」
と応じた。

「なにっ! おれを斬ろうというのか! お民の一件と関わっておるのだな! こんなことをすれば、一層、複雑な事態になるぞ!」

 大志郎は吠えた。叫び続けることで、死地からの脱出の機会をうかがおうとしている……。

「ふん、複雑にさせないために、お主を斬るのだ。悪くおもうな、これもおのがさだめぞ!」
「な、なにぃ!」

 大志郎は相手のなかに強固な意思をみた。おそらく使命感に裏打ちされた行動指針があるのだろう。
(やはり、公儀の者か……おれが手を引かないばかりに……)
 悔やんだところで、事態は好転しない。むしろ覚悟を決めた。
 大刀を抜きかけた大志郎は、上から堕ちてきたをみた。
 木枝に潜んでいた黒装束の一人が、ギャッと悲鳴をあげながら地をのたうち回った。
 目になにかが突き刺さったようである。

「あ!」

 大志郎はみた。知った。その破片が、であることを……。
 こちらへ駆け寄ってくる姿は、まさしくにちがいなかった……。
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