28 / 40
28 決闘!天神ノ森
しおりを挟む
露天神の森の中を、久富大志郎は、ゆっくりと歩いている。思案顔で時おり歯と歯の間から、すうッと、小さな音を立てては、また足をとめて、しばしそこに佇む。
そうして、再び、ゆっくりと歩き出すのだ。その動作を幾度繰り返したことだろう。やがて、意を決したのか、天神橋のたともから川に沿って、北へと方角を変えた。
その時、大志郎の背後で声が響いた。
「しばし、待たれよ……久富どのとお見受けいたす」
くるりと踵を返すと、大志郎はおやっと首を傾げた。
おそらく浪人といっていいであろう、息せき切って追いかけてきた五人を認めた。面体に見覚えはなかった。
大志郎も浪人に扮している。おときの父、寺島惣右衛門の助言で身なりを変えていた。着流しだが、寺島のものだけに絹地の質がよすぎて、ほかの浪人の中に混じると余計に目立つ。おそらく惣右衛門はそこまで思念していなかったのだろう。
「誰だ!」
あえてぞんざいに大志郎は返した。
「西町の久富どの……でござろう。われら、伊左次と申す者を探しておる……どこに居るか、素直に言うが身のためぞ」
人に物をたずねるにしては横柄な物言いである。
「ふん」と、大志郎は鼻を鳴らした。
「いきなり何だぁ?」
大志郎は凄んでみせた。十手は持っていない。大刀ひとつ、無意識に柄に手をかけて身構えた。
すると大志郎を取り囲んだ五人のなかから、ひょいと擦り寄ってきた浪人が、
「福島源蔵と申す……ゆえあって、伊左次なる者を探しております。ご存知あれば、お教え願いたい」
と、大志郎に頭を下げた。
それなりの礼儀は心得ているようである。
「福島? 聴かぬ名だ? 江戸からやってきたのか?」
大志郎が問う。けれどそれはどうでもいいことで、むしろ、そうやって時をかせぎ、相手の剣の力量を読み取ろうとしているのだ。
目の前の福島源蔵と名乗った男には殺気はなかった。年の頃は二十五、六と、大志郎はみてとったが、確かなことは分からない。分部宗一郎が〈仇〉といっていた当人が、伊左次を付け狙っている福島源蔵なのであろう。
大志郎は十二年前、伊左次が人を斬って江戸から逃亡したことだけは知っている。それが正式な決闘であったのかどうかまでは分からない。大坂で伊左次と再会して後も、その詳細は聞かなかった。
だから実のところ真相は何も知らないのだ。むしろ福島にこちらから糺したいぐらいであった。
「お!」
大志郎は身構えた。福島には殺気はなくとも、他の四人は明らかに刺殺の陣をとっていた。東西南北にそれぞれの身を置き、中心に相手を追い込んで、同時に抜刀するのである。……剣の道において、一方が一方を“取り囲む”とは、まさに、こういう状況をつくり出す、ということに他ならない。
いわばこのとき、大志郎は気づかないうちに相手の陣の真ん中に押し込められていたのだ。
ところが、慌てたのは大志郎ではなかった。驚いた福島が、
「あいや待たれよ……皆々方、これはどういうことだ!」
と、四人を制しようとした。
「ええぃ、邪魔だ! おまえはどいておれ!」
一人から邪険に怒鳴られて福島は立ち竦んだ。
「や! 仲間割れか!」
怒鳴ったのは大志郎である。言葉を発することで、機先を制する。いや、このとき、大志郎を取り囲んだ四人の浪人の腕前はかれをはるかに上回っており、大声を張り上げることで、誰か通りがかりの者に伝わることを大志郎は期待している。
つまりは、その時点で、大志郎の敗退は目にみえていた、ということであろう。
しかも、敵は四人だけではない。
大木の枝、草むらのかげに、黒頭巾をかぶった者らが潜んでいた……。
(なんだぁ、あいつらは……西町奉行所の同心を堂々と闇討ちしようとは……)
さすがの大志郎も逃げ場がないことを悟った。最後の一手は、やはり大声を張り上げることしかない……。
「おれは西町奉行所同心、久富大志郎!そうと知ってなお、刃を向けるかっ!」
すると、首領格とみえる一人が、薄笑いつつ、
「いかにも!」
と応じた。
「なにっ! おれを斬ろうというのか! お民の一件と関わっておるのだな! こんなことをすれば、一層、複雑な事態になるぞ!」
大志郎は吠えた。叫び続けることで、死地からの脱出の機会をうかがおうとしている……。
「ふん、複雑にさせないために、お主を斬るのだ。悪くおもうな、これもおのがさだめぞ!」
「な、なにぃ!」
大志郎は相手のなかに強固な意思をみた。おそらく使命感に裏打ちされた行動指針があるのだろう。
(やはり、公儀の者か……おれが手を引かないばかりに……)
悔やんだところで、事態は好転しない。むしろ覚悟を決めた。
大刀を抜きかけた大志郎は、上から堕ちてきたものをみた。
木枝に潜んでいた黒装束の一人が、ギャッと悲鳴をあげながら地をのたうち回った。
目になにかが突き刺さったようである。
「あ!」
大志郎はみた。知った。その破片が、おとき瓦であることを……。
こちらへ駆け寄ってくる姿は、まさしくおときにちがいなかった……。
そうして、再び、ゆっくりと歩き出すのだ。その動作を幾度繰り返したことだろう。やがて、意を決したのか、天神橋のたともから川に沿って、北へと方角を変えた。
その時、大志郎の背後で声が響いた。
「しばし、待たれよ……久富どのとお見受けいたす」
くるりと踵を返すと、大志郎はおやっと首を傾げた。
おそらく浪人といっていいであろう、息せき切って追いかけてきた五人を認めた。面体に見覚えはなかった。
大志郎も浪人に扮している。おときの父、寺島惣右衛門の助言で身なりを変えていた。着流しだが、寺島のものだけに絹地の質がよすぎて、ほかの浪人の中に混じると余計に目立つ。おそらく惣右衛門はそこまで思念していなかったのだろう。
「誰だ!」
あえてぞんざいに大志郎は返した。
「西町の久富どの……でござろう。われら、伊左次と申す者を探しておる……どこに居るか、素直に言うが身のためぞ」
人に物をたずねるにしては横柄な物言いである。
「ふん」と、大志郎は鼻を鳴らした。
「いきなり何だぁ?」
大志郎は凄んでみせた。十手は持っていない。大刀ひとつ、無意識に柄に手をかけて身構えた。
すると大志郎を取り囲んだ五人のなかから、ひょいと擦り寄ってきた浪人が、
「福島源蔵と申す……ゆえあって、伊左次なる者を探しております。ご存知あれば、お教え願いたい」
と、大志郎に頭を下げた。
それなりの礼儀は心得ているようである。
「福島? 聴かぬ名だ? 江戸からやってきたのか?」
大志郎が問う。けれどそれはどうでもいいことで、むしろ、そうやって時をかせぎ、相手の剣の力量を読み取ろうとしているのだ。
目の前の福島源蔵と名乗った男には殺気はなかった。年の頃は二十五、六と、大志郎はみてとったが、確かなことは分からない。分部宗一郎が〈仇〉といっていた当人が、伊左次を付け狙っている福島源蔵なのであろう。
大志郎は十二年前、伊左次が人を斬って江戸から逃亡したことだけは知っている。それが正式な決闘であったのかどうかまでは分からない。大坂で伊左次と再会して後も、その詳細は聞かなかった。
だから実のところ真相は何も知らないのだ。むしろ福島にこちらから糺したいぐらいであった。
「お!」
大志郎は身構えた。福島には殺気はなくとも、他の四人は明らかに刺殺の陣をとっていた。東西南北にそれぞれの身を置き、中心に相手を追い込んで、同時に抜刀するのである。……剣の道において、一方が一方を“取り囲む”とは、まさに、こういう状況をつくり出す、ということに他ならない。
いわばこのとき、大志郎は気づかないうちに相手の陣の真ん中に押し込められていたのだ。
ところが、慌てたのは大志郎ではなかった。驚いた福島が、
「あいや待たれよ……皆々方、これはどういうことだ!」
と、四人を制しようとした。
「ええぃ、邪魔だ! おまえはどいておれ!」
一人から邪険に怒鳴られて福島は立ち竦んだ。
「や! 仲間割れか!」
怒鳴ったのは大志郎である。言葉を発することで、機先を制する。いや、このとき、大志郎を取り囲んだ四人の浪人の腕前はかれをはるかに上回っており、大声を張り上げることで、誰か通りがかりの者に伝わることを大志郎は期待している。
つまりは、その時点で、大志郎の敗退は目にみえていた、ということであろう。
しかも、敵は四人だけではない。
大木の枝、草むらのかげに、黒頭巾をかぶった者らが潜んでいた……。
(なんだぁ、あいつらは……西町奉行所の同心を堂々と闇討ちしようとは……)
さすがの大志郎も逃げ場がないことを悟った。最後の一手は、やはり大声を張り上げることしかない……。
「おれは西町奉行所同心、久富大志郎!そうと知ってなお、刃を向けるかっ!」
すると、首領格とみえる一人が、薄笑いつつ、
「いかにも!」
と応じた。
「なにっ! おれを斬ろうというのか! お民の一件と関わっておるのだな! こんなことをすれば、一層、複雑な事態になるぞ!」
大志郎は吠えた。叫び続けることで、死地からの脱出の機会をうかがおうとしている……。
「ふん、複雑にさせないために、お主を斬るのだ。悪くおもうな、これもおのがさだめぞ!」
「な、なにぃ!」
大志郎は相手のなかに強固な意思をみた。おそらく使命感に裏打ちされた行動指針があるのだろう。
(やはり、公儀の者か……おれが手を引かないばかりに……)
悔やんだところで、事態は好転しない。むしろ覚悟を決めた。
大刀を抜きかけた大志郎は、上から堕ちてきたものをみた。
木枝に潜んでいた黒装束の一人が、ギャッと悲鳴をあげながら地をのたうち回った。
目になにかが突き刺さったようである。
「あ!」
大志郎はみた。知った。その破片が、おとき瓦であることを……。
こちらへ駆け寄ってくる姿は、まさしくおときにちがいなかった……。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる