🟧叛雨に濡れる朝(あした)に🟧  【敵は信長か? それとも父・家康なのか!  乱世の不条理に敢然と立ち向かえ!】

海善紙葉

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第四章  芯 奥

芯 奥 (ニ)

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、そなたも大変でしたね」
 これでもわたしは精一杯の愛想を振りまきながら、熊蔵に接したつもりである。にもかかわらず、ムッとして唇を噛み締めているだけで、もぞもぞと指と指をいじっていた。
 年の頃はわからない。
 べつに知りたいともおもわなかった。彦左やわたしより数歳は上だろうが、背丈はわたしと変わらない。
 小柄で、熊というよりも、どちらかといえば狐のような印象を受けた。一重瞼に細長い瞳、鼻はやや高い。申し出どおりに家来にしてやろうというのに、何が不服というのだろうか。

「……お熊というのは、どうも女人のようで、嫌ずら。熊、と呼び捨てにしてもらいたい

 率直に本音を吐露した熊蔵は、慌てて、同じことを丁寧に言い直した。わたしは笑いで返しながら、
「では、こらからクマと呼ぶことにします」
と伝えると、嬉々として頭を下げた。

「・・・そのつど頭を垂れなくとも、いいのです。新城しんしろの牢では、つい居丈高いたけだかにふるまってしまいましたが、船の上では、たった一人の知り合いのようなものですから……、そのかわりに、クマが見聞きしたことを包み隠さず教えて……」

 ……もらいたいと告げると、熊蔵は低声こごえで語りだした。
 わたしが新城の牢番に命じたとおり、あのあと熊蔵は彦左の配下に加えられたのだが、見向きもされずにどうしたものかと迷っていると、小太郎が近づいてきて、『今宵、敵の襲撃があるやもしれぬ。おまえは、の寝所の近くで見守っておるがいい』と、指示されたのだそうである。深更、小太郎の通告どおり謎の一団が城内へなだれ込み、おそらく小太郎が指揮する芦名衆が応戦。しかし、そこへまた新たな侍たちが登場し……
「……もうなにがなにやら、天と地がひっくり返ったようなありさまでした。曲者くせものが姫様をさらっていったあとを、必死で追いました……これでも足には自信があります、けれど、途中で襲われ、当て身を喰わされて、気がついたときはここにおりました……」

 忸怩じくじたるおもいを表情にのせながら、熊蔵はうつむいた。いや恥じることはない、とわたしは言った。
 追ってきてくれたおかげで、こうして対面することができたのだから。恥じるべきは、城を襲撃した輩であろう。
 それから熊蔵は、参戦した一群は伊賀者に違いないと推測を述べた。とすれば、やはり服部半蔵さまの指示で、わたしは、この船にいるということなのだろうか。いい機会なので、熊蔵に弥右衛門の素性を知っているかと訊くと、意外な人物の名が浮かび上がってきた。

「……あやつは、おそらく、だにぃ。岡崎で何度か見かけたことがありました」
「あ」
 それしか声にならなかった。
 茶屋衆とは、茶屋ちゃや四郎次郎しろうじろうどのが率いる忍び集団、といっていい。本姓は中島氏で、父家康より三歳若く、いま三十四歳だろうか。京をはじめ各地に商家を構えているが、それらはことごとく徳川家の諜報拠点であったろう。父が敗戦した元亀三年の三方みかたが原の戦いをはじめ、幾度も武将の一人として茶屋衆を率い参戦している……。
 もう少し詳しく茶屋衆の動向を熊蔵に訊こうとしたとき、わたしの目の前に、大人の顔をした童子が躍り出てきた。四尺(約120㎝)ほどの背丈だろうか。

「な、なんだにぃ!」

 あまりの突然のことに頓狂な声をげてしまった。
 童なのか、大人なのか、判然としない。
 けれど、十歳といった童ではない。思慮深い目付きと顔に刻まれた皺と、隙のない挙措は、あきらかに大人の容貌かおつきだった。
 そのは、ジロリとわたしを眺めると、にやりと笑った。

「ほほう、彦左が惚れたおなごというは、この姫子ひめごかっ!」



 
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