🟧叛雨に濡れる朝(あした)に🟧  【敵は信長か? それとも父・家康なのか!  乱世の不条理に敢然と立ち向かえ!】

海善紙葉

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第六章  嶺 鳴

嶺 鳴 (三)

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 淡々と告げる詞葉の表情からは、こちらの動揺と逡巡しゅんじゅんをやわらげようと腐心しているさまが伝わってきた。詞葉が吉利支丹キリシタンとは知らなかったし、また南蛮の信仰というものもまったくわからない。
 わたしが置かれているいまの情況というものを理解するには、まずは詞葉を信用していいのかどうかを見極めねばならないだろう。


 ・・・・詞葉の父は、按二郎あんじろうという名の日本人で、肥前ひぜんで生まれ、手広く異国と商いをしていた商家の手代をしていた。行状が悪く、十六、十七のとき、ささいな喧嘩がもとで、人を殺し、寄港中の船に乗り込み、日本から逃げた。ゴアという国まで逃れて、信仰に目覚めたらしかった。

「……ポルトガルという国で生まれた母は、若くして寡婦となって、様たちの身の回りの世話をするためにゴアに赴き、父と知り合ったようです。父からこの国のことを聴いた様が、ぜひ日本という国へ行きたい、尽力せよと頼まれて、父と母は船に乗りました。わたしは船の上で生まれたのです……」
 
 ……ところが、母親は産後の熱が続き、船の上で病死。一行は薩摩に上陸し、博多をめざしたのだそうである。平戸では大村純忠という武将の庇護のもとで暮らしたが、父は詞葉を置いて旅に出かけ、そのまま帰ることはなかった。寺で読み書きを覚えながら育った詞葉を拾ったのが、芦名兵太郎であったらしい。
 三浦半島に拠点を持っていた水軍の総大将、兵太郎が〈詞葉しよう〉と命名したのだそうである。


 ようやく詞葉と芦名兵太郎のつながりがみえてきた。
 もっとも、小太郎から兵太郎が養父のような存在とは聴かされてはいたものの、詞葉の口からはっきりと吐かれたことばは重みがあった。しかも、芦名兵太郎という謎の怪人物が、懐かしい知己ちきのようにすらおもえてきた。

 知識というものは、一羽のちょうに似ている。
 ひとところにとどまっていれば、なにも不自由することなく生きていくことができるかもしれない。何も知らずとも、周囲のことをわかろうとする努力をせずとも、小さな世界に身を置き続けることで安住を得られるのかもしれない。
 けれども、ひとたび羽をひろげ、未知なる地へと赴き、未知なる人と触れ合ってしまえば、そうはいかない。
 好むと好まざるとにかかわらず、得た知識というものを醸成させ、咀嚼そしゃくしていかないことには、おのれ一人だけが取り残されてしまう。たとえ、小さくとも、か弱い羽であったとしても、思い切り羽ばたき続けるしかない……。

 新城しんしろを離れてのちのわたしは、おそらくは、したたかに墨を吸いとる大きな和紙に似ていたのかもしれない。
 次の日も、その次の日も、詞葉は姿をみせにきてくれた。なにげないやりとりが続くだけで、二人の間に立ち塞がっていた見えない壁が少しずつ崩れていったようである。

「……姫様がおられた新城の城には、さまざまなやからが暗躍していたのですよ。亡き大賀弥四郎の残党はもとより、今川家の復興を画策する者、徳川様の意を受けて奥平家中を見張る者、さらには、武田、上杉、北条の密偵、松永弾正様の手の者、……そして、織田様が放った刺客……」

「信長様の刺客!」

 意味が判らない。唖然としていると、詞葉は、もう一度ことばを重ねた。

「……織田信長様は、小太郎のいのちを狙っているのです……」
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