🟧叛雨に濡れる朝(あした)に🟧  【敵は信長か? それとも父・家康なのか!  乱世の不条理に敢然と立ち向かえ!】

海善紙葉

文字の大きさ
26 / 66
第六章  嶺 鳴

嶺 鳴 (四)

しおりを挟む
 ・・・・なにゆえ芦名小太郎は信長様から命を狙われているのだろうか。
 新城しんしろで小太郎は、襲ってきた伊賀者には殺意があった、と語っていたはずである。とすれば、あの服部半蔵さまを動かしているのは、父家康しかいないだろう。すると小太郎は、父と信長様の双方から付け狙われていることになるではないか……。

「……それは、小太郎の出生の秘密と関わりがあるのです……」

 それだけ洩らすと、詞葉は口を閉ざした。なにやら思わせぶりな口調が気になってしかたなかった。

「いまは詳しくは申し上げられませぬけれど、小太郎は、決して、姫様に害を為す者ではございませぬゆえ、そのことだけは……」

 信じろと告げられても、言葉というものにはなんの重みもない。
 いまは、ただ、小太郎が信長様に狙われている理由を知りたいとおもった。
 詞葉が言うには、小太郎の存在が、信長様にあらがう武将たちの支えのようなものになりかねないと危惧きぐされているらしかった。けれど小太郎の秘密を口にしない詞葉に、それ以上のことを聞き出すのは無理というものだった。

 それで、詞葉が付き従っている高山右近さまについて訊ねてみた。どうやら、右近さまは、かなり複雑な立場におられたようだ。

「……織田様は、をことのほかお気に入られたご様子で、織田様の直臣じきしんになれと仰せなのです。それで、たちに、ジュスト右近様を説得せよとお命じになられたのです。さもないと、京に南蛮寺を建てさせないぞ、と脅迫なさるのです」

 ということは。
 右近さまが仕えている荒木村重という御仁を裏切れと勧める役割を、詞葉が担っているということなのだろうか。
 つまり、詞葉は回り回って信長様のために働いているということになる。けれど、詞葉の養父ともいうべき芦名兵太郎という人物は、信長様と戦っている……なんとも複雑すぎて咀嚼そしゃくしきれなかった。新しい知識が増えていくたびに、あらたな謎が立ち塞がるのだから。

 ついでに、彦左衛門や弥右衛門はどうしているのも訊いてみた。彦左衛門は、一行の大将を演じていたし、詞葉も新城で会っていたはずである。弥右衛門や佐助、熊蔵のことは詞葉はわからないかもしれないが、彦左が無事かどうかだけは知りたかった。

「……しばらく牢に入れられていましたが、いまでは勝手気儘きまま気儘にこの城内をうろついておられます……なにやら、などと、意味のわからぬことばをかけながら・・・」

 詞葉が言ったとたん、わたしはケラケラと笑った。
 ごしょう、ではあるまい。
 彦左が新城にやってきたときに、誰彼なしに『御殊勝ごしゅしょう!』と声をかけ回っていたことを思い出したのだ。おそらくここでも、城の見取り図を作ろうと探っているのだろう。そのことを伝えると、詞葉はぽかんとした顔を向けてきた。
 そして、笑みを浮かべた。
その穏やかなしぐさが、ふいに小太郎の容貌かおと重なって、わたしはしばしうろたえた。


 いぬの刻から降り始めた雪は、さらさらと音を運んでくる。
 篝火かがりびが立てるぱちぱちという音がそれを打ち消していく。いつも居るはずの警護の武士たちの姿はなかった。話し声がなにひとつ聴こえてこない。

 引戸を少し開くと、篝火の炎が揺れていた。
 肌にしみつく雪のかけらは、そのつど溶けて、誰かの涙の代わりを演じているようにもおもえてきた。そう言えば、かなりの間、わたしは涙をこぼしていない。それだけ強くなったのか、それとも涙すら出なくなってしまったのだろうか。静寂しじまのなかで、わたしの思念の流れの音が響いたような気がした。

 そのとき、闇のなかでうずくまっている人の影を見た。

「だ、誰?」

 恐る恐る問いかけた。はじめて寒さとともに恐怖の感情が音を立てて襲ってきた……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

処理中です...