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第七章 神 立
神 立
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一帯には鼻をつく嫌な臭いが漂っていた。
大和、山城、摂津の国境、四方を険しい山々に囲まれた里である。
神立、と書いて、かんだち、というのだそうである。
積雪を掻き分け、道なき道を北へと進んだ。
わたしは鎧直垂の袴をはいていた。
さらに防寒用の脛当を巻き、頬当までつけさせられていた。この男装は、佐助が準備していた鉄砲足軽の装束ではなかったけれど、この身なりのほうが寒さには耐えられるようだ。
芦名兵太郎の家来衆が十人ばかり、わたしを囲むように従っていた。そのあとに知らない顔の武士たちが続いている。
・・・・大久保彦左衛門は最後尾に居る。佐助やあの熊蔵も彦左と一緒のはずである。
いわゆる〈後駆〉の任を果たしているのだ。追撃を見張り、防禦する重要な役割で、しんがりとも言うのだそうだ。
会って間もないというのに兵太郎は、わたしの血縁者であるかのようにぞんざいに接してくる。
旧知のごとくにわたしに
「お亀、お亀!」
と、呼びかけてくる。
どこかでそんなことばのやりとりを愉しんでいるような態度に、こちらのほうが戸惑ってしまった。
「それにしても、お亀よ!よくぞ調子を合わせて弾正の奴めを騙してくれたな。礼を申すぞ」
からからと兵太郎は豪放に笑う。それが修験道で学んだ発声の方法なのかまでは判らないけれど、半里先までも響き渡るのではないかとこちらが驚くほど威があり、さりながら周囲の者に安堵を与える不思議な笑い声だった。
とうに四十は過ぎているらしい。
けれどもどちらかといえば面長な容貌の造りのわりには大きなぎょろりとした瞳にも愛嬌がある。いや、人によってはよほどの威圧を覚えるのかもしれない。
「詞葉からおはなしはうかがってござります」
あたりさわりのない返し方をしてみた。
「おうよ、わしも聴いておるぞよ!いろいろとな」
なにやら意味ありげに笑い返されると、わたしはつられて笑うしかない。これも兵太郎という人物が放つ魅力というものなのだろうか・・・・。
哄笑しつつ兵太郎は、詞葉は高山右近さまととに、荒木村重さまの居城、有岡城へ赴いたことをわたしに告げた。
「・・・・もうすぐ小太郎とも会えようぞ」
「ま、まことでございますか」
なぜかわたしは“小太郎”の名を耳にして胸の動悸の高まりを感じて、おもわず俯いてしまった。こちらの反応を兵太郎は可笑しそうに見つめていた……。
大和、山城、摂津の国境、四方を険しい山々に囲まれた里である。
神立、と書いて、かんだち、というのだそうである。
積雪を掻き分け、道なき道を北へと進んだ。
わたしは鎧直垂の袴をはいていた。
さらに防寒用の脛当を巻き、頬当までつけさせられていた。この男装は、佐助が準備していた鉄砲足軽の装束ではなかったけれど、この身なりのほうが寒さには耐えられるようだ。
芦名兵太郎の家来衆が十人ばかり、わたしを囲むように従っていた。そのあとに知らない顔の武士たちが続いている。
・・・・大久保彦左衛門は最後尾に居る。佐助やあの熊蔵も彦左と一緒のはずである。
いわゆる〈後駆〉の任を果たしているのだ。追撃を見張り、防禦する重要な役割で、しんがりとも言うのだそうだ。
会って間もないというのに兵太郎は、わたしの血縁者であるかのようにぞんざいに接してくる。
旧知のごとくにわたしに
「お亀、お亀!」
と、呼びかけてくる。
どこかでそんなことばのやりとりを愉しんでいるような態度に、こちらのほうが戸惑ってしまった。
「それにしても、お亀よ!よくぞ調子を合わせて弾正の奴めを騙してくれたな。礼を申すぞ」
からからと兵太郎は豪放に笑う。それが修験道で学んだ発声の方法なのかまでは判らないけれど、半里先までも響き渡るのではないかとこちらが驚くほど威があり、さりながら周囲の者に安堵を与える不思議な笑い声だった。
とうに四十は過ぎているらしい。
けれどもどちらかといえば面長な容貌の造りのわりには大きなぎょろりとした瞳にも愛嬌がある。いや、人によってはよほどの威圧を覚えるのかもしれない。
「詞葉からおはなしはうかがってござります」
あたりさわりのない返し方をしてみた。
「おうよ、わしも聴いておるぞよ!いろいろとな」
なにやら意味ありげに笑い返されると、わたしはつられて笑うしかない。これも兵太郎という人物が放つ魅力というものなのだろうか・・・・。
哄笑しつつ兵太郎は、詞葉は高山右近さまととに、荒木村重さまの居城、有岡城へ赴いたことをわたしに告げた。
「・・・・もうすぐ小太郎とも会えようぞ」
「ま、まことでございますか」
なぜかわたしは“小太郎”の名を耳にして胸の動悸の高まりを感じて、おもわず俯いてしまった。こちらの反応を兵太郎は可笑しそうに見つめていた……。
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