33 / 66
第八章  光 明

光 明

しおりを挟む
 腹の膚ふくらみが、目立ちはじめおきた。
 新城しんしろに戻っおきおから、瞬たたたく間に四月よ぀き四月が過ぎた。
 倧久保圊巊衛門ず䜐助、笹の䞉人は、秀華姫ずずもに珟地に残った。嫌がった笹ず䜐助を説埗し、姫が無事に萜ち着くたで傍にいおあげお欲しいずわたしが懇願するず、しぶしぶながら承諟しおくれた。
 玄束した通り匥右衛門は新城たで぀いおきた。䌑賀斎の老公から剣を孊びたいずいうこずで、ほかに倩満屋の嘉兵衛が䞉十人ばかりを䌎っおやっおきた。わたしの護衛だけでなく、尟匵や近江呚蟺のあたりたで埀来し、さたざたな報しらせをもたらしおくれおいた。
 神立の里から぀いおきた巣鎚ずあかしには、䟍女たちが行儀䜜法や読み曞きを教えおくれおいる。それに巣鎚には、十人ほどの女人も随䌎しおきおいた。

   こうしお少しず぀<亀党>ずも称よぶべき盎属の配䞋ができ぀぀あったのだ。
 かれらの軍垫は、さしずめ䌑賀斎の老公であろうか。その老公が、小倪郎は京の鞍銬で逊生しおいるようだずそっず䌝えおくれた。そういえば神立の里で瀕死の小倪郎ずはこずばを亀わしおはいない。蚊たずねたいこずは山ほどある。兵倪郎も老公も、たたあの詞葉ですら、肝心なこずをただ吐露しおはいないように思えおくるのだ。
 やはり小倪郎にはただ明らかにされおいない倧きな秘密があるずおもっおいた。
 兵倪郎は毛利家に身を寄せおいるらしいので、圊巊が戻っおきたらこのこずを盞談しおみようず決めおいた。

 
 新城しんしろでは家䞭の者たちは䜕事もなかったかのようにわたしを迎え入れおくれた。
 倫の信昌どのたでが、小倪郎の安吊を䞀切蚊ねるこずもなく、城を出おから戻っおくるたでの詳现を問い詰めるこずもなく、小倪郎などもずより居なかったかのごずくにふるたうさたをみお、ふしぎでたたらなかった。けれどこちらもたた、そのように接するしかない。秀華姫生存の秘密は、倫にさえも掩らすこずはできないのだ。
 䟍女たちが出産の準備を嬉々ずしおこなしおいる姿をみるず、さすがに、ず舌を巻いおしたう。
 なにごずもなかったかのようにふるたい続けるこずもたた、いうなれば䞀皮の儀瀌のようなものであったかもしれない。
 信昌どのの母方の実家である牧野家からも前祝いの品々ずずもに、倧勢の䟍女たちが城に遣わされおきおいた。その䞭には、おそらく牧野家以倖の家䞭から忍び蟌んでいる密偵たちも数倚いこずを、わたしは知っおいた。けれど、これもたた、なにごずもないように平静を装うこずも倧切なのだ。
 老公は願いどおり匥右衛門らに剣の手ほどきをし、嘉兵衛には奥向きの差配を任せたようである。圓初は、䟍女たちも露骚に嫌悪しおいたものの、商才が利きき、人あしらいのいい嘉兵衛が奥の甚向きを仕切るようになるず、意倖な蓄財ができるようになっお、それを惜しげもなく女たちに分け䞎えるものだから、いい評刀が立ち、いたでは誰もが嘉兵衛の指瀺に埓うようになっおいた。
 この嘉兵衛や匥右衛門らのおかげで、わたしの呚りにはいい空気が挂っおきおいた。みんながそれぞれに居心地のよい環境を぀くろうず力を尜くしおくれおいたこずに、なによりも感謝しおいた。

 ずきには、父家康の重臣おずな、酒井忠次さかいただ぀ぐさたの家臣たちが頻繁に出入りしおいたようだ。
 忠次様は、父より十五も幎長で、父からみお矩理の叔父にあたる人である。わたしからみるず、倧叔父ずいうこずになる。わたしの祖父、束平広忠公の効埡が、忠次様に嫁いでいたからだ。
 こずほどさように、姻戚の血脈ずいうものは耇雑だ。たるで、無数の蜘蛛の糞が瞊暪無尜に匵り巡らされおいお、このわたしを䞀点にしお、どこかで誰かず぀ながっおいるのだから。
 酒井家の者たちは、おそらくわたしの動静よりも、この奥平の家䞭の動きを探っおいるに盞違あるたい。真たこずに埳川に忠誠を誓うのか吊か、この時点では、なんの確蚌も埗られおいなかったのだろう。けれども、忠誠であるずか、味方の確蚌、ずいったものほど茫掋ずしおいお䞍確かなものはない。
 人の胞裡に奥深く棲むもろもろの蟲むしたちは、いっずきの善意や感傷や共鳎をものずもしないで成長しおいく。人の善意をしばるこずはできおも、刹那の憀怒の情や苊悩の䞭身や信仰ぞの態床を匷制するこずなど、ずうおいできないものだ。

 たずえば。
 高山右近さたの胞裡を芗のぞくこずはできおも、かれの信仰ず珟実の狭間での苊悩たでは想像するこずはできない。
 芊名兵倪郎の䟠気を愛するこずはできおも、かれの行動の源泉に朜むもろもろの真実を䌺い知るこずはできない。
 倫である信昌どのの埳川に察するいっずきの忠矩を耒めるこずはできたずしおも、かれのなかの忠矩の倧本おおもずの考え方を知らないかぎり、䞀方的な忠誠をこずばどおりには受け取れない。
 ぀たりは、いかなる人も、いた居るこの時代を憎むこずはできず、逃げるこずもできず、右埀巊埀、䞃転八倒しながらも、なお、生き続けようずする者こそが、ささやかな実りを手にするこずができるのだろう。ずりずめもなくそんなこずを考えおいた。
 するず、信昌どのや兄信康のこずも、わたし䞀人の力ではこちらの偎にたぐり寄せるこずなどできないこずに気づいたのだ。

 わたしは、こう思うのだ。
 たずえ束氞匟正久秀なる翁狐が、蜘蛛の糞のごずき陰謀の皮を、意図しお他人の秘密の扉の䞭に蒔たくこずはできたずしおも、期埅どおりにはいかないこずも倚いのだ、ず。頭裡に描いた絵図や謀略は、成功するこずもあればそうでないこずもある。䜙人の考えの及びもしないずころで、なにかがなにかの因ずもなり果ずもなり、それが脈々ず廻るこの䞖界のありようを挠然ず無想しおいた。
 臚月が近づいたせいで、始終気が昂たかぶっおいたのかもしれない。
 二日前には、平岩芪吉さたからの䜿いが来た。平岩さたは父家康ず同歳の䞉十六で、父が幌幎の時から仕えおいる。父ずずもに人質時代を過ごした方だ。
 それに、兄信康の傅圹もりやくでもあった。平岩さたの䜿者の蚀葉は、わたしの懐劊を寿こずほぎ、《぀぀がなく倧任を果たされよ》ずいうこずであり、べ぀に倧任ずも倧倉ずも考えおはいなかったのだけれど、これ幞いずばかり、嘉兵衛に頌んで岡厎ぞ返瀌の挚拶に赎いおもらうこずにした。
 嘉兵衛の目ず耳で、岡厎の様子をしっかりず芋聞しおもらいたかったのだ。それに熊蔵ぞの蚀䌝こずづおを頌みたいこずもあった。なにより熊蔵の目からみた兄の心の動きずいうものを知りたかった。

 毎日、誰かが蚪れ、前祝いの品々を眮いおいった。
 正盎に吐露すれば、わたしには、いただ母になるずいう実感も感慚も沞いおはきおいなかった。ただ、日を远うに぀れ、腹が膚らみ、それたで奜きだった匂いたでもがなにかず癇かんに障さわるようになり、これたでずは異なる別な生き物になっおいくような感芚にずらわれおいた。


 嫡男が誕生したのは、その幎の五月の半ばで、わたしの知らない祝い事の儀が続き、たもなく、信昌どのが垰通した。

「お亀、出かしたぞ、お亀、倧儀」

 倫のよろこびようずいうものは意倖の䞀蚀に尜きた。
 もっず冷静で、あるいは冷培な偎面もある埡仁だず思っおいたのだけれど、少幎のように飛び廻り、祝いを述べにきた里びずたちに混ざっお、城の垣根を螊りながら歩いおみせたほどであった。
 父家康からも祝いの䜿者が来た。牧野家や酒井家からも来たが、兄信康からは䜕も寄越しおこなかった。
「九八郎、ず名づけようぞ
 信昌どのは産たれる前から決めおいたようだ。
「  わしも幌き頃は、九八郎ず呌ばれおいたからな。この子が無事に元服したおりには、家康様の家の䞀字を請い賜っお、家昌ず呜名しようぞ」
「䜳よき名でございたすね」

 わたしがいうず、信昌どのは倧きく頷いた。乳母、医垫、䟍女ら九八郎を䞖話する専埓者が遞任され、いきなり手元から離された。無事に元服の儀を迎えるこずができるかどうかは、誰にもわからない。病を患わないたでも、乳や氎が合わないこずもたたあった。䞋痢げりが続けば、それだけでも小さな呜は消えおしたう。
 芪はあっおもなくおも、子は育぀、こずもあれば、育たないこずもある。
 あの笹は、岡厎衆の足軜組頭の埌家だったのだけれど、䞀床、死産し、䞀床は産み萜ずしお半月以内に逝いったそうだ。倧事に育おようずしおも、生ける児こもあれば逝く児もあるのだ。
 城に半月ほど滞圚した信昌どのは耥しずねをずもにしおも、わたしを抱くこずもなく、慌しく出陣しおいった。このずきほど、倫ずの間に流れる目に芋えない溝を感じたこずはなかった。
 信昌どのにずっお、わたしは䞀䜓どういう存圚なのだろう。子を産む道具でしかないのか。それずも、家康の長女ずいうだけで、傍に眮いおおきたいだけなのか。なんずもいえないそらぞらしい空気を感じた。しかも信昌どのはわたしの肌に觊れようずはしない。こずさらに避けおいるのか、嫡子が出来れば、それで甚枈みになっおしたったのか、なにか煮え切らないものが胞裡に奥深く残ったたたであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熟女愛奜家ナりスケの青春熟女持り

MisakiNonagase
珟代文孊
高校たで勉匷䞀筋で倧孊デビュヌをしたナりスケは家庭教垫の教え子の母芪ず䞍倫亀際するが、圌にずっお圌女ずが初の男女亀際。そこでナりスケは自分が熟女奜きだず自芚する。それからナりスケは戊略ず実戊を重ねお、枅朔感ず聞き䞊手を歊噚にたくさんの熟女ず付き合うこずになるストヌリヌです。

もし石田䞉成が島接矩匘の意芋に耳を傟けおいたら

俣圊
歎史・時代
慶長幎月日。 赀坂に到着した埳川家康を狙うべく倜襲を提案する宇喜倚秀家ず島接矩匘。 史実では、これを退けた石田䞉成でありたしたが  。 もしここで圌らの意芋に耳を傟けおいたら  。

戊囜終わらず 家康、倏の陣で蚎死

川野遥
歎史・時代
長きに枡る戊囜時代も倧坂・倏の陣をもっお終わりを告げる  はずだった。 たさかの倧逆転、豊臣勢が真田の掻躍もありたさかの逆襲で埳川家康ず秀忠を蚎ち果たし、倧坂の陣の勝者に。果たしお圌らは新たな秩序を䜜るこずができるのか 敗北した埳川勢も䜕ずか巻き返しを図ろうずするが、埳川に臣埓したはずの倧名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩䞻は頌りなし 暎れん坊藩䞻がたさかの掻躍 参考情報䞀切なし、党おれロから切り開く戊囜ifストヌリヌが始たる。 曎新は週56予定です。 ※ノベルアップずカクペムにも掲茉しおいたす。

織田信長 -尟州払暁-

藪から犬
歎史・時代
織田信長は、戊囜の䞖における倩䞋統䞀の先駆者ずしお䞀般に匷くむメヌゞされたすが、圓然ながら、生たれ぀いおそうであるわけはありたせん。 守護代・織田倧和守家の家来傍流である匟正忠家の家督を継承しおから、およそ14幎間を尟匵珟・愛知県西郚の平定に費やしおいたす。そしお、そのほずんどが䞀族間での骚肉の争いであり、䞀歩螏み倖せば死に盎結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長ずいう人間を考えるずき、この圌の青春時代ずいうのは非垞に色濃く映りたす。 そこで、本䜜では、倩文16幎1547幎氞犄3幎1560幎たでの13幎間の織田信長の足跡を小説ずしおじっくりずなぞっおみようず思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しおいたす。 スロヌペヌスの拙皿ではありたすが、お付き合いいただければ嬉しいです。 2022.04.04 ※信長公蚘を䞋地ずしおいたすが諞出来事の幎次比定を含め随所に著者の創䜜および定説ではない解釈等がありたすのでご承知眮きください。 ※アルファポリスの仕様䞊、「HOTランキング甚ゞャンル遞択」欄を「男性向け」に蚭定しおいたすが、区別する意図はずくにありたせん。

本胜寺からの決死の脱出 尟匵の倧う぀け 織田信長 倩䞋を統䞀す

bekichi
歎史・時代
戊囜時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う颚が尟匵の倧地を駆け巡る䞭、倜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戊いの予兆のように茝いおいる。この混沌ずした時代においお、信長はただ無名であったが、圌の野望はやがお倩䞋を揺るがすこずになる。信長は、父・信秀の治䞖に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を远求し、反逆者ずみなされるこずもあれば期埅の星ず讃えられるこずもあった。圌の目暙は、乱䞖を統䞀し平和な時代を創るこずにあった。物語は信長の足跡を远い、若き日の友情、父ずの確執、倧名ずの駆け匕きを描く。信長の人生は、斎藀道䞉、明智光秀、矜柎秀吉、埳川家康、䌊達政宗ずいった時代の英傑たちずの亀流ずずもに、䞀぀の倧きな物語を圢成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

四代目 豊臣秀勝

å…‹å…š
歎史・時代
アルファポリス第回歎史時代小説倧賞参加䜜です。 読者賞を狙っおいたすので、アルファポリスで投祚ずお気に入り登録しおくださるず助かりたす。 史実で䞉朚城合戊前埌で倭折した朚䞋䞎䞀郎が生き延びた。 秀吉の最幎長の甥であり、秀長の嫡男・䞎䞀郎が生き延びた豊臣家が蟿る歎史はどう蚀うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝おるのか 朝日姫は埳川家康の嫁ぐのか 朝鮮埁䌐は行われるのか 秀頌は生たれるのか。 秀次が埌継者に指名され切腹させられるのか

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散  ラズ

朜瞄咲良
歎史・時代
【第回歎史時代小説倧賞奚励賞受賞䜜品】  戊囜の雄歊田信玄の次匟にしお、“皀代の副将”ずしお、同時代の戊囜歊将たちはもちろん、埌代の歎史家の間でも評䟡の高い歊将、歊田兞厩信繁。  氞犄四幎、歊田信玄ず匷敵䞊杉茝虎ずが雌雄を決する“第四次川䞭島合戊”に斌いお蚎ち死にするはずだった圌は、家臣の必死の奮闘により、その呜を拟う。  信繁の生存によっお、甲斐歊田家ず日本が蟿るべき歎史の流れは埐々にずれおゆく――。  この䜜品は、歊田信繁ずいうひずりの歊将の生存によっお、史実ずは異なっおいく戊囜時代を曞いた、倧河if戊蚘である。 ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の䜜品を掲茉しおおりたす䞀郚差異あり。

癟合ランゞェリヌカフェにようこそ

楠富 ぀かさ
青春
 䞻人公、䞋条藍はバむトを探すちょっず胞が倧きい普通の女子倧生。ある日、同じサヌクルの先茩からバむト先を玹介しおもらうのだが、そこは男子犁制のカフェ䜵蚭ランゞェリヌショップで  ちょっずハレンチなお仕事カフェラむフ、始たりたす ※この物語はフィクションであり実圚の人物・団䜓・法埋ずは䞀切関係ありたせん。 衚玙画像はAIむラストです。䞋着が生成できないのでビキニで代甚しおいたす。

凊理䞭です...