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第八章 光 明
光 明 (二)
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七月になって、予期せぬ来客があった。
驚いたことに、門前で、
「武田勝頼が臣、真田昌幸でござる。ご嫡男誕生のお祝いに罷越しましたぞ」
と、雄叫びを張り上げていた。
しかも、わたしへの面会を所望しているという。ちょうど退屈しかけていた頃だったこともあり、会ってみることにした。
その人物は、わたしの前に両手をつき、
「亀姫さま!久闊でございまするな」
と、いった。
かれが面をあげたとき、わたしは、えっ?と、たじろいでしまった。
「あ、あなたは……む、武藤喜兵衛さま!」
「はい、真田に復姓いたしました……拙者の兄、信綱、昌輝の両名は、ほれ、あの長篠のおりに討ち死いたしおりましてな。拙者は武藤家に養子に入っておりましたが、このたび真田の家督を継ぐことと相成り、名も、昌幸と改めました。真田昌幸としては、これが、初対面でござるゆえ、なにとぞ、よしなに……それにしてもあの節は、見事なまでに一杯喰わされてしまい申した……いやはや、まっこと、大恥を掻かされましたぞ」
「……さ、さようでございましたか……真田様、わざわざ甲斐より参られたのは、その借りを返せとの仰せでございましょうか」
「はてさて、当方がお貸し申し上げたものが何かございましたかな…そそれはそうと、風の便りに聴き申したぞ。まことの秀華姫は御落命あそばされたと。あのおり、煙が立ち上っておったあの里で……のう。おいたわしや、あの地で真実を吐露していただければ、われらも助勢つかまつったものを……」
嫌味たっぷりに唇を歪ませてはいたが、目の光りは驚くほど柔らかかった。昌幸どのは、どこかしらわたしとの会話を愉しんでいるようにすらおもわれてきた。
父家康とは五歳下だという。わたしはこの人物が、ふしぎとそれほど嫌いではなかった。
咄嗟に思いついたことがあり、昌幸どのの心胆を試してみたいと、秀華姫の妹のことを口に出してみた。
「……それはそうと真田様、能登で行方の知れぬという明国の皇女、優華姫の居所をご存知であれば、お教えいただきたいのですが……」
「な、なんと、まあ、そのようにぬけぬけとお訊ねあるとは、女人とは思われぬ豪胆なるお腹でございますな」
「……あのとき、私を明国の皇女だと思われていたということは、皇女を勝頼どのと娶わせようという策略だとお見受けしましたが、かりにそれが成ったとしても、いま、武田家に衆望が寄せられるとは思えませぬけれど」
「然り。……ですが、なにごとも、まずはやってみずには、はじまりますまいて。なにごとかを為して、なにごとかをつむぎ出し、つむいでは、また、綻びをつくろい……なかなかに、おのれが思うようにはいかぬのが、これ、憂き世と申すものでございますからな」
そんなことをひとしきりほざいておいてから昌幸どのは、優華様は七尾城に逃れていて、その噂を聞き及んだ上杉謙信公がすばやく能登攻略を決断したらしいと教えてくれた。
「……上杉軍は、すでに越中の魚津まで出てござるよ。こうなれば、武田はもう手を出せぬ。これまた、なんとも歯がゆいことでございましてな……」
「あの、お願いごとがございます。どうか、優華様を、あなた様のお力で助けてあげてくださいませ」
「な、なんと、拙者に、そのようなことを頼まれなさるのか」
「はい……あまりにもおかわいそうで。せめて、妹の姫だけでも、助けてあげとうございます」
「ふうむ。ただそれだけでござるかな?亀姫さまが、その玉をにぎらば、なんとなされるおつもりでござろうや」
「そうですね……どこか人里離れた……そう、洞窟のなかで、ひっそりとお暮らしできるようにしたいものです」
「なんと、洞窟に閉じ込めると?それは、あまりにも無慈悲なるおふるまい!」
「けれど洞窟の中は、雪の下でもあたたかいのです。真夏は意外と涼しいと聴きました」
「ふうむ……」
両の腕を組んだまま昌幸どのは、唸っていた。魔物でも見るかのような目でわたしを一瞥してから、もう一度唸った。まだ昌幸どのに依頼する大事な要件が残っていたので、かれと供奉の者たちに粥膳を供し、、その間に武藤喜兵衛、いや、真田昌幸どのに関する事情を知ろうと、なにかと人物評に長けている弥右衛門を呼び、話を聴いた。
驚いたことに、門前で、
「武田勝頼が臣、真田昌幸でござる。ご嫡男誕生のお祝いに罷越しましたぞ」
と、雄叫びを張り上げていた。
しかも、わたしへの面会を所望しているという。ちょうど退屈しかけていた頃だったこともあり、会ってみることにした。
その人物は、わたしの前に両手をつき、
「亀姫さま!久闊でございまするな」
と、いった。
かれが面をあげたとき、わたしは、えっ?と、たじろいでしまった。
「あ、あなたは……む、武藤喜兵衛さま!」
「はい、真田に復姓いたしました……拙者の兄、信綱、昌輝の両名は、ほれ、あの長篠のおりに討ち死いたしおりましてな。拙者は武藤家に養子に入っておりましたが、このたび真田の家督を継ぐことと相成り、名も、昌幸と改めました。真田昌幸としては、これが、初対面でござるゆえ、なにとぞ、よしなに……それにしてもあの節は、見事なまでに一杯喰わされてしまい申した……いやはや、まっこと、大恥を掻かされましたぞ」
「……さ、さようでございましたか……真田様、わざわざ甲斐より参られたのは、その借りを返せとの仰せでございましょうか」
「はてさて、当方がお貸し申し上げたものが何かございましたかな…そそれはそうと、風の便りに聴き申したぞ。まことの秀華姫は御落命あそばされたと。あのおり、煙が立ち上っておったあの里で……のう。おいたわしや、あの地で真実を吐露していただければ、われらも助勢つかまつったものを……」
嫌味たっぷりに唇を歪ませてはいたが、目の光りは驚くほど柔らかかった。昌幸どのは、どこかしらわたしとの会話を愉しんでいるようにすらおもわれてきた。
父家康とは五歳下だという。わたしはこの人物が、ふしぎとそれほど嫌いではなかった。
咄嗟に思いついたことがあり、昌幸どのの心胆を試してみたいと、秀華姫の妹のことを口に出してみた。
「……それはそうと真田様、能登で行方の知れぬという明国の皇女、優華姫の居所をご存知であれば、お教えいただきたいのですが……」
「な、なんと、まあ、そのようにぬけぬけとお訊ねあるとは、女人とは思われぬ豪胆なるお腹でございますな」
「……あのとき、私を明国の皇女だと思われていたということは、皇女を勝頼どのと娶わせようという策略だとお見受けしましたが、かりにそれが成ったとしても、いま、武田家に衆望が寄せられるとは思えませぬけれど」
「然り。……ですが、なにごとも、まずはやってみずには、はじまりますまいて。なにごとかを為して、なにごとかをつむぎ出し、つむいでは、また、綻びをつくろい……なかなかに、おのれが思うようにはいかぬのが、これ、憂き世と申すものでございますからな」
そんなことをひとしきりほざいておいてから昌幸どのは、優華様は七尾城に逃れていて、その噂を聞き及んだ上杉謙信公がすばやく能登攻略を決断したらしいと教えてくれた。
「……上杉軍は、すでに越中の魚津まで出てござるよ。こうなれば、武田はもう手を出せぬ。これまた、なんとも歯がゆいことでございましてな……」
「あの、お願いごとがございます。どうか、優華様を、あなた様のお力で助けてあげてくださいませ」
「な、なんと、拙者に、そのようなことを頼まれなさるのか」
「はい……あまりにもおかわいそうで。せめて、妹の姫だけでも、助けてあげとうございます」
「ふうむ。ただそれだけでござるかな?亀姫さまが、その玉をにぎらば、なんとなされるおつもりでござろうや」
「そうですね……どこか人里離れた……そう、洞窟のなかで、ひっそりとお暮らしできるようにしたいものです」
「なんと、洞窟に閉じ込めると?それは、あまりにも無慈悲なるおふるまい!」
「けれど洞窟の中は、雪の下でもあたたかいのです。真夏は意外と涼しいと聴きました」
「ふうむ……」
両の腕を組んだまま昌幸どのは、唸っていた。魔物でも見るかのような目でわたしを一瞥してから、もう一度唸った。まだ昌幸どのに依頼する大事な要件が残っていたので、かれと供奉の者たちに粥膳を供し、、その間に武藤喜兵衛、いや、真田昌幸どのに関する事情を知ろうと、なにかと人物評に長けている弥右衛門を呼び、話を聴いた。
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