🟧叛雨に濡れる朝(あした)に🟧  【敵は信長か? それとも父・家康なのか!  乱世の不条理に敢然と立ち向かえ!】

海善紙葉

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第十三章  奪 還

奪 還 

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 急ぎ旅のはずであったのに、いささか呑気のんきに構えすぎていたきらいがあるようだ。
 父家康が、信長様に臣下の礼をとりさえすれば、すべては丸く収まるだろうと楽観しすぎていたのかもしれない。けれども、そのときは、母と兄に再会できる期待のほうが強く、巣鴨に岡崎の懐かしいにおいや風物のことを喋ったりしているだけで、なにやら四年ぶりの里帰りのような心持ちにすらなっていた。

 岐阜城下と安土あづちの様子を調べてきたいという茶屋四郎次郎どのの意向で、大垣で二手にわかれた。
 おそらくわたしような女人連れでは足手まといになると考えたのだろう。
 茶屋衆三十人を供にと残してくれた。
 警護のためだと云っていたけれど、おそらく監視する役目を申しつけられたらしい茶屋衆探索頭の五郎兵衛ごろべえが、つかず離れずいつもかたわららにつきまとっていた。それでも休みたいといえば、すばやく陣幕まで張ってくれた。あまりの手際の良さに驚かされたほどだ。

「……亀さまは、これから先は岡崎という地でお暮らしになられるのでしょうか?」

 休息をとっているとき、突然、巣鴨が訊ねてきた。

「さあ、どうなるか……わからない。巣鴨は順慶さまのもとへ帰りたいのでしょうね」 

「いいえ。……いまは、亀さまのおそばにいるだけでうれしい。亀さま……桑名には、筒井鉄砲衆を待機させるよう手配しておきました……お役に立てるかはわかりませぬが、どうぞ亀党にお加えくださりませ」

 なんと巣鴨なりにこちらの危機を察して、援軍の必要までも想定していたのだ。心強い味方だとおもった。
 丁寧に謝意を伝えると、巣鴨の頬が、見るまに朱に染まっていったのを、わたしは見逃さなかった。
 桑名に着いたとき、海には面していないということを初めて知った。
 川を下れば、伊勢湾なのだそうである。驚いたことに一行を待っていた筒井衆は総勢三十人ばかりいて、巣鴨を認めるなり、
「姫……」
と呼びかける声をたしかに聴いた。
 なるほどかつて想像していたように、やはり筒井順慶さまはまことの血族をわたしに託したらしかった。筒井家も生き延びることに必死なのだろう。このとき、巣鴨が本当の妹のようにおもえてきた。
 あえて聴こえなかったふりをして、数人をいて桑名に置き、そのまま陸路で刈屋かりやへの道をめざした。
 大府というころで休息していたときであった。
 陣幕の周りを囲んでいた茶屋衆が突然、騒ぎ出した。馬のいななきが聴こえた。
 ときの声に似た咆哮ほうこう咆哮がこだました。
 こちらの陣幕に、血飛沫ちしぶきが散った……。

「姫!敵襲でござる!さっ、これに!」

 五郎兵衛がわたしと巣鴨を陣幕から遠ざけ、かされながら林の中へ駆けた。
 敵とは誰のことなのだろう。
 ギャッという叫び声がとどいた。大木の根元に身をかがめ、前方をうかがった。
 五郎兵衛の家来が何人か、地に倒れていた。からだに太い矢が突き刺さっている。
 いつだったか詞葉から貰った懐刀の束をぎゅっと握り締めた。
 五郎兵衛が合図を送ると、筒井衆の鉄砲が一斉に火を噴いた。轟音ごうおんとともに、十数騎の馬が、左から右へ駆けていった。
 そのとき、わたしはたのだ。
 馬上の隻眼の人物を……。

「存知よりの者でござりまするのか?やつは、何者?」

「神立の里を襲撃した黒母衣武者の首領!おそらくは信長様の手の者でございましょう」

「信長様の!いや……姫と知って襲ってきたのではないやもしれませぬな。われらを殺すのが目的ならば、ほかに襲い方もあろうものを、おそらく荷駄や金子を脅し盗ろうとでもしたのかもしれませぬなあ。それにしても筒井鉄砲衆は、聴きしにまさる威力でございました。おかげさまで、いのち拾いいたしました……」

 五郎兵衛は巣鴨に目で礼の意を示した。まさしく巣鴨の配慮はからいのたまものであった。
 幸いにも死者はでなかった。腕や脚を射抜かれた者が五名いただけである。
 五郎兵衛は、一夜の宿をうために使者を刈屋城へ送った。突然の襲来にも迅速に応じ、気の配り方も行き届いていて、さすがに五郎兵衛は四郎次郎どのがしただけのことはあると安堵あんどした。


 刈屋城は、信長様麾下きかで最大の軍勢をようする佐久間さくま信盛のぶもりという御方の城であるらしい。
 いまは石山本願寺攻めの総大将として出陣中で、城兵はさほど多くはなく、五郎兵衛の交渉が見事に効を奏したようで、負傷した者の傷の手当だけでなく、城内の蔵を宿舎として使わせてくれることになった。久方ぶりにまともなし物を口にすることができたわたしはともかくとしても、ともの者たちの疲れ切った顔に一様に浮かんだ安堵の表情を見て、一晩疲れを癒すように五郎兵衛に告げた。

「姫!縁起がよろしゅうござりまするぞ」

 城番の侍衆と話して戻ってきた五郎兵衛が、ひょうたんに詰めた地酒を一同に配りながら大声を挙げた。

「……この刈屋の城は、別名〈亀城〉とも呼ばれているそうにございまするぞ。それに、この城は、家康様のご生母であられる於大おだい様のご実家でもござったそうな……」
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