乙女ゲームの悪役令嬢だったので、悪役になる覚悟ですが、王子様の溺愛が世界を破滅させてしまいそうです

葵川真衣

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5.軌道修正

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 シャロンは再度書庫に向かった。
 
(さっきの、本当にあったこと?)

 ライオネルから、頬にキスされた気がする……。
 ゲーム内で、ヒロインに向けて悪役令嬢のこんなセリフがあった。

「ライオネル様とわたくしは唇どころか、まだ頬のキスもしていないのに!」と。

 十五歳あたりの段階でまだなのだ。
 今九歳である。
 だからさっきのは気のせいだ。
 シャロンはそう結論を出した。
 発熱しそうなので、考えるのをやめた。
 
 ゲームをハッピーエンドに導くため、立派な悪人にならなければ。
 シャロンが本棚を眺めていれば、横から声を掛けられた。
 
「何をお探しなのですか」
「悪者が登場する本よ」
「悪者?」

 気づけば、不思議そうな顔をしたクライヴが傍らに立っていた。

「あらクライヴ……いたの?」
「はい」

 クライヴは顎を引く。

「お嬢様が書庫に入られるのがみえましたので、追いかけて来ました。ライオネル様はお帰りになられたのですか?」
「うん、さっきね」
「お部屋で休まれるよう、お嬢様を心配されていましたが」
「じっとなんてしていられないの」

 余程、シャロンは本を読みたいのだろうとクライヴは思ったようだ。

「お手伝いをします」

 シャロンは断り切れず、選んだ本を彼に部屋まで数冊運んでもらうこととなった。

「ありがとう、クライヴ」
「いえ」
「さて勉強して悪者にならなきゃ」

 机に置いた本を前に、腕まくりする。
 するとクライヴは目を瞬かせた。

「悪者になるための読書なのですか?」

 決意を口に出してしまったようだ。
 
(いけない)

 シャロンにとってはとてつもなく重要なことだが、他人が聞けば危ない人間に違いない。
 
「ううん。悪者になるためとか、もちろんそんなことないわ」

 シャロンが言い繕えば、クライヴは軽く首を傾げた。

「ではなぜ、悪者の出てくる本を探していらっしゃったのですか」
「ちょっと興味があって。それだけよ」

 自分が悪役になることで、世界が救われるのである。

「悪者になるための勉強というのは……。お嬢様は、王太子殿下の婚約者であらせられます」

 シャロンはふっと横を向く。

「今はね」
「今は?」

 ヒロインがライオネルと結ばれても結ばれなくとも、どのルートでも婚約破棄される。
 命と世界のほうが恋より大事だ。
 前世の記憶を得た今、恋に走るなど正気の沙汰ではない。
 
「悪者に傾倒するというのは、俺は……」

 クライヴが気づかわしげに言う。

「大丈夫よ」

 心配しているようなので、シャロンはそう請け負った。

「わたくしとライオネル様の婚約はいずれ解消となるのだから」

 開き直って告げれば、クライヴは困惑を深めた。
 本を開き、さて勉強をはじめようとすると、彼が言葉を発した。
 
「お嬢様。俺の思い違いでしたら申し訳ありませんが。もし悪者になろうとされているのでしたら、考え直してください」

 眉尻を下げる彼に、シャロンは語る。
 
「時として人は、やむを得ず悪者の道に進まなければならないこともあると、わたくし感じているの。念のため言っておくけれど、別にわたくし悪者になろうと考えていないわ」

 当惑している彼に、いちおう力強く否定しておく。

「どういう理由で、人は悪者の道に進まなければならないのでしょうか」
「ひとつは大義のため」
「大義」
「そうよ」

 クライヴは目を伏せる。

「しかし悪者の道に進むなど、よいことではないと思います。そんな勉強をして、万一お嬢様が悪人になってしまえば、旦那様も奥様も大層悲嘆に暮れることとなります。最悪、公爵家は取り潰しとなり、使用人皆、路頭に迷うことになるかもしれません……。お嬢様ご自身、ただではすみません」

 その言葉にシャロンははっとする。

(それは鋭い指摘ね)

 ヒロインに嫌がらせをすれば、ヒロインと攻略対象の仲は確かに深まるだろう。
 が、公爵家はいったいどうなってしまうのか。
 彼の言う通り、取り潰しとなったら。
 国外追放後、悪役令嬢側は詳しく描かれていなかったので、わからない。
 
(見落としていたわ……。このまま突き進めば、周囲に迷惑を掛けてしまうんじゃ)

 それはシャロンの望むことではない。
 大切なことに気づかせてくれたクライヴに、シャロンは感謝を覚えた。

「ありがとう。わたくし、大きな過ちをおかすところだったかもしれない」

 シャロンはぱたん、と本を閉じた。
 周りが見えていなかった。
 ゲームで悪役令嬢がしていたことは、かなりおっかない。
 あんな非道なことを行うのは危険だし、自分には無理だ。
 もっとよい方法があるはず。

「あなたのおかげで、わたくし大切なことに気づけたわ!」
「いえ、俺は何も……。こちらの本は、書庫に戻しておきますね?」
「ええ、お願いするわ」

 悪について勉強する必要はなくなった。
 シャロンは椅子から立ち上がる。
 
「あ、そうだわ。ちょっと待って、クライヴ」

 シャロンはチェストの前まで行き、腕飾りを取り出した。

「本当にこの腕飾り、わたくしがもらってしまってよいの?」

 ずっと預かったままになっていたのだ。
 クライヴは首肯する。

「はい」
「お父様の形見でしょう」
「お嬢様のものです。お嬢様が拾われたときから」
「本当にいいのかしら……」
「もちろんです」
「では眺めて楽しむことにするわね」

 見ているだけで心が惹きこまれる、きれいな腕飾りだ。
 もらえて嬉しかった。
 自分はよく動き回る。身につけて壊してはいけない。
 クライヴが退室し、シャロンは引き出しの中に腕飾りを大切にしまった。

 それにしても危ないところだった。

(彼に指摘されるまで、周りにまで考えが及ばなかった)

 誰にも被害が及ばないよう、気をつけないと。
 シャロンは軌道修正した。
 周りに迷惑をかけず、ヒロインと攻略対象を結び付け、国外追放されるのだ!
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