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第1話 できれば王子を泣かせたい!
番外後編 1匹見つけたら100匹?(護衛視点)
しおりを挟む事もあろうに、他のご令嬢(よりによって花畑下心女)と二人きり(俺、忠告しましたよね?!)で話しているところを彼の公爵令嬢に目撃されてしまったらしい。
その場で問い詰めてくれれば弁解も可能だったろうに、何故かご令嬢は姿も現さずに帰ってしまわれたと。
数日後に呼び出された時にはもう、ご令嬢の中で浮気(浮気なんかじゃないと坊ちゃんは喚いておりますが)や婚約解消含めて結論を出してしまった後だったらしい。
え? 二人きりで話していたくらいで、何故婚約解消沙汰なんかになるのかって?
奥さん曰く『一匹見つけたら百匹はいると思え』だそうです──つまりですね、一度あったことは二度目も考えられますし、むしろ一度で済むはずがないという話なんですよ。
あ、奥さんは何故か俺の靴を壁に叩きつけながらその名言を叫んでましたけどね──一匹って何のことだろうね?
とにかく、王侯貴族の醜聞はその一回が命取りになるんですよ。
それに、それがもし本当に坊ちゃんと花畑女の密会場面だとしたら──一度や二度で済むはずがない。ご令嬢はお若いはずなのにその辺りのことをよくご存知なんですね。
だから、坊ちゃんと花畑女との仲が公然の秘密になる前、つまりはお互いに傷が浅いうちに婚約を解消してしまおうという結論に至ったんでしょう。思い詰めた余りに、どちらか片方が一方的に婚約を破棄するより遥かにダメージが少ないですからねぇ。
──と、いうようなことを何とか聞き取りしましたが。
「アレクサンドラが婚約解消を申し出てきたんだ」
うん、さっきからほとんど同じことしか言わないんですよね。例えがあれだけど壊れた玩具みたい。
「アレクサンドラが──……」
しかし、それはもう悲愴な顔をしてポロポロと涙を零しながら話す坊ちゃんに、胸がぎゅーっと締め付けられる。
え……何これ、しんどいんだけど?!
今までどんなに虐められても嫌がらせされても、涙を流すのだけは耐えてきた男の中の男(注:俺の中ではですよ?)の坊ちゃんが! 泣いてらっしゃるだと?!
あー、もうホントしんどい! 俺の中の乙女心が震えてる!
誰?! ウチの可愛い坊ちゃん泣かせたの誰ですか──?! って、あのご令嬢しかおりませんな、ハハハッ。
「えーっと……事情は大体分かりました。殿下はその男爵のお嬢さんがお好きなんでしたっけ?」
「断じて違うっ! 俺が好きなのはアレクサンドラだけだ──っ!!」
「──っ!」
すんません、今、ちょっと感動に打ち震えて言葉を忘れてしまいました。
だってあの!
あのツンツン坊ちゃんが!
初めてご自分の恋心をお認めになった瞬間ですよ?!
これがデレですよ、デレ! いやー、いいデレいただきましたぁっ!
赤飯? 今夜は赤飯ですよね?!
あー……ごめんなさい、自分でも意味不明な言葉を口走っております。赤飯とは何でしょう? 一瞬何か違う人格に乗っ取られて知らない言葉を口にしていたような気がします。ツンデレの神様でも降臨なさったんでしょうかね──はて?
「俺は……婚約者でいることに甘えてたんだな。俺が何を言っても何をしても側にいてくれるものだと思っていた……」
そうですね、婚約者ですからね!
しかもほぼほぼ王命ですからね?
普通はそのまま結婚しますもんねぇ。
まさか、たかが花畑女の登場如きで、彼のご令嬢が自らお気に入りの玩具を手放そうとするなんて、俺も思ってもみませんでした。
逆に花畑女をめためたのギッタンギッタンにしてくれるんじゃと密かに期待してたんですけど──実はそれほど気に入ってるわけじゃなかったってことなんですかね?
あ、これオフレコでお願いしますね?口に出したらウチの坊ちゃんが立ち直れなくなるやつですからね!
「……アレクサンドラは俺を捨てるつもりなんだろうか」
ぐぐっと唇をかみ締めながら必死に悲しみを堪えている坊ちゃん……いけません。俺、何か新しい扉を開きそうですっ。
「もう……遅いんだろうか……」
嗚呼っ!そ、そんな顔をしないでください、坊ちゃん!
「殿下、遅いといえば遅いですが……」
「ぐっ! やはり……」
「しかし、お二人の婚約はまだ解消されていないではないですか。遅過ぎるという訳ではありませんよ!」
「……っ!!」
「何をやっても遅かれ早かれ婚約が解消されてしまう運命ならば、もう何も怖いものはありません。これ以上悪い状況にはなりえませんからね。婚約が正式に解消されてしまう前に、イリガール嬢への熱い気持ちをガンガンぶつけてみればいいんです! もしかしたら思い直してくれるかもしれません! ファイトです!」
坊ちゃんと彼のご令嬢には、言葉が足りなすぎると思うんですよね!──まぁ、今までは口を開けば子供の悪口みたいなことしか言えてませんからね。照れ隠しが行き過ぎて帰ってこられないような状態でしたからね。
「ちょっと待て、ローガン!婚約解消が決定事項となっていないか?」
「殿下、初めて自覚した恋心に舞い上がっているところ申し訳ないのですが、事態はきちんと把握してくださらないと!」
「事態だと……?」
「イリガール嬢に今日呼び出されたのは?」
「……婚約解消についての打診だった」
「その話、殿下だけにですか?」
「……いや、公爵殿には話してあるらしい」
「陛下には?」
「公爵殿はまず本人たちで話し合ってから決めろと言っていたらしい。父上にはまだ伝わっていないだろう」
あら、婚約解消の案件は公爵家にて差し戻しってことですかね?
起死回生のチャンスじゃないですか!
元々公爵様は、娘さんと坊ちゃんの婚約にあまり積極的ではなかったと聞いていたんですよね。公爵家の一人娘ですもんね、他家に嫁がせるより入婿を迎える方が妥当でしょうしね。
自分の娘が坊ちゃんに酷い言葉を浴びせられているのも、もちろんご存知だったはず。
だからこそ、この件を知ったらこれ幸いと解消を進めてくるんじゃないかなーと思ってたからちょっと意外。
一介の護衛である俺が、公爵様と直接お話する機会なんてほとんどないに等しいですが、王家と縁続きになって名声や権力が欲しいってお人柄には見えなかったです。何にしろ彼らは富と名声も既に手にしているものですからね、この婚約に固執する意味もないんです。
それなのに『本人たちが話し合う』ことを重視するなんて──公爵様って意外と話のわかる方なんですかね?
「それを聞いて安心しました。貴族院のろうが……じゃなくてお歴々や、陛下にまで伝わってしまっていたら完全に試合終了ですからね!」
あっぶねー、老害って言いかけた! 危うく心の中で常日頃思ってる本音がだだ漏れるとこでした。習慣って恐ろしい! 誰かに聞かれてたらやばいところでした。
「そ、そうだな……」
「さて、それでは最も重要なことをお聞きしますが……」
「な、何だ?」
「イリガール嬢との婚約に関しての、殿下のご意志は?」
「もちろん解消なんかする訳ないだろう!? 婚約解消など絶対に認めない! 続行一択だ!」
力強く拳握りしめてる姿には萌えますけどね。その一言が何故彼のご令嬢の前で言えないんでしょうね?
「ならば頑張ってくださいまし。ご自覚されているか分かりませんが、今までの殿下の振る舞いのせいでマイナススタートですからね」
「わ、分かってる! だが、何をどうしたらいいのか分からないんだ……」
「そりゃもちろん、殿下の場合はまずは自分の好意を伝えるところからでしょうよ」
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「ておりません!」
「……少しくらいは……」
「甘えちゃいけません! 殿下の好意は一ミリも、いえ、一ミクロンも伝わっておりません。間違いないです、俺が保証します。その証拠に殿下が贈った装飾品などは全て一度しか身につけていらっしゃいませんでしたからね。それは、つまり義理ということです」
「ぎ、義理……そうだったのか!」
「そうですよ! 贈り物を贈るなどの行動も大事ですが、女性には言葉で伝えることが最も重要なんです! 俺も奥さんに口酸っぱくして言われましたから。毎朝愛の言葉を囁いてます!」
胸を張ってみたりしたけど、ちょっと語りすぎちゃったかな。うわぁ、恥ずかしいよね!
「愛の言葉……」
お前がか?と茶化されるのを覚悟してたら、存外坊ちゃんは真剣な表情をしてました。
「そ、そうですとも!」
「ローガン……その……俺にもその愛の言葉とやらを教えてくれないか?」
もうどうにでもなれー。
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「これは……?」
坊ちゃんは怪訝そうに眉をしかめる。
泣き過ぎて目が真っ赤ですよ! 王宮内に戻られる前に、すぐそこの騎士団の鍛錬場で顔を洗って行かれた方がいいかもしれませんねぇ。泣き腫らした坊ちゃんのお顔が色気だだ漏れでとっても危険。
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途端に、疑惑と疑問に満ちていた表情がぱぁっと明るくなる──嗚呼、これはこれでまた良き笑顔です!
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『婚約破棄されたツンデレ令嬢がぽっと出の王子様に溺愛されました。愛されすぎて困ってます』とか意味わからん。こんなの渡されても俺の方がこまっちゃうよね、ハハハハハ。
坊ちゃんが読み終わったら、簡単な内容と感想を聞こうそうしよう、うん。
この数日後、二人仲良く王宮の庭園を散歩してる坊ちゃんとご令嬢の姿を目撃することになるのですが、その話はまた別の機会にという事で。
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