できれば王子を泣かせたい!

真辺わ人

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第2話 やっぱり王子を泣かせたい!

(21)端的に言えば回想の続き

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 あら? おかしいわね。
 今私がこんな場所(森の中)にいる意味がまだわからないわ。
 もう少し回想を続ける必要がありそうね……。


──────────


 衝撃的な出来事を目撃した次の日。
 私は若干寝不足気味で、重いまぶたを擦っていた。

 ──そういえば。想いが通じ合ったというのに、泣いてなかったわね。

 一限目の授業が終わってから、何となく釈然としない気持ちでジェラルドを見つめる。
 ジェラルドは友人たちと何かしゃべっている。

 ──まぁ、男だもの。涙を見せるのが恥ずかしいとかあるのよ、きっと。

 あ、目が合った!
 あ、目を逸らしたわね。
 あ、こっちへ近づいてくるわ!

 昨日あんな光景を見てしまったせいで、二人と顔を合わせるのが気まずいのだけど。
 鍛えた表情筋はいつも通りの仕事をしてくれた。
 口元にわずかばかりの笑みを貼り付けた状態でジェラルドを迎える。

「お、おい、あ……」
「あ?」
「あ、あれ……うう……いや、なんでもない」

 ──うん?

 珍しく「ブス」って呼ばなかったわね。どうしたのかしら?
 頭でも打った?
 顔が赤くなってるから、何か怒っているのかしら?
 ジェラルドを怒らせるようなことなんて、私してな……くはないわね。
 昨日のノゾキがバレたのね、きっと。
 こうなったら先手必勝で先に謝っちゃおう!
 そう思ったのに。

「あ、ごめんなさ……」

 よくわからないけれど。
 そう謝罪を口にしようとした途端に、何故か涙がポロッとこぼれた。

「えっ、おい、ちょっ……」

 ジェラルドが焦ってるけど、私も焦っていた。
 何で、泣いてるの私……?
 何も泣くことなんかないはず。
 そう思うのに涙が止まらない。

「……ごめんなさい……」

 これは、涙が止まらないことへの謝罪。
 ジェラルドは本当に焦っているようで、他の人から見えないように自分の身体で私を隠してくれた。

「おい、なんで泣いてんだよ?!」
「わ、わかんな……ひっく」

 私にも訳がわからないのよ。
 昨日の二人の様子を思い出したら急に、ものすごく寂しい気分になったんだもの。
 一人だけ置いてけぼりにされたような。
 前世で幼い頃に、夕方になって公園で遊んでた友だちがみんな帰ってしまった時のような。
 夕日を見ていたら不意に泣けてきたような、そんな感じ。

「……泣くなってば。お前に泣かれたらどうしていいかわからなくなる……」
「あ、ありが……ひっく」

 ジェラルドが差し出したハンカチを受け取って、とりあえず目を覆った。
 私だって泣きたい訳じゃないんだけど。
 勝手にこぼれてくるんだもの。

「ハンカチありがとう。今度、新しいのを買って返すわね」
「えっ、いや……」

 涙でぐちゃぐちゃになったハンカチを、そのまま受け取ろうとするジェラルドの手を制して、私はちーんと鼻をかんだ。

「……わ、わかった……」

 ジェラルドは差し出した手を引っ込めた。

「おい、ジェラルド!」
「……っ!」

 そんな私たちを鋭く見つめて、避難めいた言葉を発したのは、いつの間にか私たちに近づいてきていたリオルドだった。
 特待生の彼は、任意で受ける授業を選択できるようで、よく同じ授業を受けているのよね。まぁ、私と同じ授業ということはジェラルドとも同じ授業ってことなんだけど。

「おい、ジェラルド! お前、ドーラちゃんを泣かせたのか?!」
「えっ……いや、これは俺のせいじゃない! ……よな?」

 リオルドが険しい顔で詰め寄ると、ジェラルドは私に同意を求めた。いつもより必死な感じね。
 それより何だか二人の仲が険悪な感じなんだけど、何故?
 昨日、想いを伝え合って幸せの絶頂のはずなのに……。

「……はっ!」

 ああ、なるほど!
 このアレクサンドラさんもピーンときましたよ!
 ヤキモチですね!

 ジェラルドは自分の身体で私の泣き顔を隠してくれていたんだけど。その体勢って、リオルドの方向から見たら抱き合っているように見えなくもないのよね。

 それを見たリオルドが、ヤキモチを妬いて駆けつけてきたわけだ。

「ねぇ、ドーラちゃん、大丈夫?」

 リオルドは私の目を覗き込みながら言った。心配そうに。
 多分、目の周りが赤くなってるのだろう。元々寝不足でまぶたが腫れ気味の上、さっき泣いたから酷い顔になっているのかもしれないわ。

「あの、大丈夫です……本当に、本当にジェラルド殿下は関係ありませんので。全く。これっぽっちも! ご安心ください」

 私はぎゅっとハンカチを握りしめて、それだけ伝えた。ここでジェラルドとは距離を置いておかないと、殺気立ったリオルドに殺されてしまいそうだわ。

「何だよ、関係ないって……俺はお前の婚約者だろ?」

 ぶすっとした表情のジェラルドがボソッと何かつぶやいた。

「こいつは俺が泣かせた!」

「「……っ?!」」

 そして、突然そう言いきったジェラルドに、私もリオルドも息を呑んだ。

「な……んだと?」

 一体、何を言い出すのよジェラルド。
 せっかく私がジェラルドの関係性を否定してあげたのに。
 なによりこれは、勝手に泣けてきたんであって、ジェラルドは本当に何も関係ないのに。
 それなのに、こいつが私を泣かせただなんて……。

 何か……。

 何か……。

 ──何かムカつくんだけど。

「お、お前っ! いい加減にしろよ? 昨日、優しくしろって言っただろうが?!」
「はっ! そんな昔のことなんかもう忘れたよ。とにかくこいつは、今、俺が泣かせたんだ」

 違うし。
 ジェラルドのトンデモ発言にびっくりしたおかげで、涙も完全に引っ込んだわ。

「ふん……お前がそんな奴だったとはな……やっぱりお前には任せられない。そういうことなら僕も容赦しないよ。これを受け取れ!」

 ──バンッ!

 リオルドは何かをジェラルドに投げつけた。

「……手袋……?」

 それは、白い革の手袋だった。手袋はその勢いのままジェラルドの左頬に当たって、机の上にパサッと落ちた。

「僕リオルド・レナーシェはジェラルド・ライトに決闘を申し込む!」

 ──ざわっ。

 そして、リオルドの言葉は教室中にざわめきと混乱を巻き起こした。

「決闘……だと?」
「そうだよ。知らなかった? 正式な『決闘』をすれば、意に沿わない契約を破棄できるんだ。王家との契約を覆した前例もある」

 不敵に笑うリオルド。
 対照的に狼狽えているジェラルド。

「り、リオルド……? お前、何を言って……」
「僕が望むのは。ジェラルド、君とアレクサンドラ・イリガール嬢の婚約の解消だ」
「はぁっ?!」

 おおう……何だろう。現場で何が起こってるんだ?
 いや、私現場にいますけれども。ただでさえ残念な脳みそが完全に仕事放棄してるみたいで、理解ができないのよね。
 ひょっとして痴話喧嘩? とか、茶化せる雰囲気じゃないことだけはわかるんだけど。

「決闘だなんて……そんなこと勝手にできるわけがないだろ? それに、俺とこいつの婚約は王命でもあるんだ。そんなに簡単に解消できるものじゃない」

「ふふっ……それが、できるんだよ。でも安心して。直接戦って命のやり取りをするような決闘じゃないから。それをやると君にとっては不利すぎるしね」

「な……どういうことだ?」

「確かに、普通は王族や高位貴族との契約や婚約を破棄したり解消することは、そう簡単にできないよね。どちらかに明らかな瑕疵があれば別だけど。それでも、どうしても契約を解消したい人が過去にいたみたいでね。特例を作ったんだ」

「特例?」
私も
「そう。知らないのも無理ないと思うよ。五十年以上前の話のようだから」

 そんな話、初めて聞いたわ。

「決闘を申し込んで勝てば、一度契約を白紙に戻せるんだよ」

「はぁっ? そんな話聞いたことないぞ!」

「ふっ。僕も調べて初めて知ったんだけど。この国の法務局の古い記録を漁ってた時に見つけたんだよね。まぁ、あくまで特例措置だから公言されるものじゃなかったんだろうね。疑うなら問い合わせてみてもいいよ。それで、どうするんだ、ジェラルド? 僕との決闘受けないのか?」

「ふんっ! 馬鹿らしい。それを受けて俺に何の得があるって言うんだよ? 大体、当の本人に了承も得てないんだろ? そんな決闘は無効だ!」

「負けるのが怖いんだろう? 自分の手では何も守れないから」

「何だと?!」

 激昂したジェラルドがリオルドにつかみかかった。
 一触即発な雰囲気だ。

 ここは……私の出番、かしら?

「婚約解消の件、了承致しますわ!」

「「……っ?!」」

 険悪な雰囲気に耐えられなくなった私がそう叫ぶと、教室のざわめきが一瞬で収まり静まり返った。

 ──あら、何か間違えたかしら?

 婚約の解消を賭けて決闘することに、異存はないでござるって言いたかっただけなんだけど……。
 まぁ、元々婚約解消しようと思ってたんだし、あながち間違ってもいないわよね?

 私の言葉を聞いたリオルドの顔に喜色が満ち、何故かジェラルドの顔が青くなる。
 え……彼にとっても、婚約を解消した方がいいんじゃないの?

「なっ……」

「……ほら。ドーラちゃんも婚約解消に前向きじゃないか」

 なのに、何故そんな傷ついた顔をしているの?
 何だか落ち着かない。
 私は思わず、ジェラルドの顔から目を逸らした。

 ──ああ、でも。

 私との婚約をただ解消するだけでは、問題の解決にはならないんだったわ。
 リオルドに恋するジェラルドが、私と婚約解消したくないはずがない。
 なのに婚約解消を渋るのは、私と婚約解消をすればまたどこぞの貴族令嬢と婚約をしなければならないからに違いない。
 婚約を続けるなら気心の知れた私の方がいいってことよね。私が好きで別れたくないわけじゃないのだわ。

 納得のいく理由を思いついた私は、ちょっぴりほっとしていた。何故ほっとしたのかはわからないけど。

「……わかった……決闘を受ける」

 ジェラルドは絞り出すような声でそう答えた。
 その間もジェラルドの突き刺すような視線は、私から離れない。

 何なのよ。

 なぜ私が責められるのかしら……何だか胸が痛いんだけど……。

「よかったよ。双方の同意を得なければ正式な『決闘』をすることはできないからね」

 正式な『決闘』にはルールが定められていて、その一つが大勢の前で『決闘』を宣言することなんだそうだ。
 ちなみに決闘方法は魔獣狩りになってしまった。
 リオルドのごり押しだった……そういえば彼は冒険者だものね。

 隣国ほど魔獣の生息域に囲まれてはいないけれど、この国にも森や湿地帯など、いくつか魔獣の生息地はある。

 ルールは単純明快。そこで、日暮れまでにより多くの魔獣を仕留めた方が勝ち。

 まぁ、この国の魔獣は隣国とは違ってうさぎや鳥など小型の魔獣が多く、生息地付近でも人的被害はほとんどない。それが、この国では冒険者という職業が重視されない理由だ。

 魔獣狩りなんかしたことのないだろうジェラルドは最後まで反対してたけど、リオルドの「魔獣が怖いのか?」って挑発に、「怖くないもん」的な感じでのってたわ……まだまだお子ちゃまね……。

 そして、あれよあれよという間に話が進み、何故か私が立会人に指定されることになってしまった。リオルドが私の代理人という形になるので、完全な第三者でない以上、私も決闘に関わる必要があるらしい。

 なお、ジェラルド側の立会人は不在。何故かと言うと……未だジェラルドの婚約者である私は、自分側の関係者でもあると、彼が言い張ったからだ。


──────────


 ──ああ、なるほど。それで……この状況か。

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