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第2話 やっぱり王子を泣かせたい!
(23)エピローグ(リオルド視点)
しおりを挟む「あいつに会わずに帰るのか?」
そうあいつに聞かれたけど、どの面下げて彼女に会えると言うんだよ……。
僕は、荷物をまとめていた。
今日中にここを発ち、自国へ帰るためだ。
今回のことは事故だったとはいえ、他国の王族の命を危険に晒したことに違いはない。内実は事件と大差ない。
でも、ジェラルドには僕の責任を問う気はなくて。
結局、僕はこの国を去ることにした。兄上にはもう多分僕のやらかしがバレているだろうから、帰ったらきついお仕置が待っていることだろう。
即時王位継承権の剥奪は堅いかな。
帰るなり爵位も与えず市井への放流もありうるな。
危険魔獣の討伐の最前線へ送り込まれたりもするかもな。
僕は男だから政略結婚の駒にはならないかもしれないけれど、需要があればそういうことも有り得るかもしれない。
それを考えると、気持ちが更に落ち込んだ。
好きな人がいるのに、他の人と結婚したりするのはものすごく嫌だ。
「はは……」
全部、自業自得だけど。
僕は文句を言ったり処罰を選べるような立場にないんだからさ。
──────────
「今回の勝負で、僕はお前に勝とうとして魔獣寄せの魔石を使おうとしたんだ。でも、首から提げていたはずのそれを、僕はどこかで落としてしまて……それをドーラちゃんが拾ったらしい……信じてもらえるかわからないけど、こんなことになるとは思ってなかった。どうやって償えばいいのかわからない……」
僕は正々堂々と決闘する振りをして、卑怯な手を使った。
魔獣避けの薬や魔石があるように、その逆である魔獣寄せの魔石や薬も、僕の国では研究されて作り出されている。魔獣寄せの魔石は黒く輝くことから『黒魔石』と呼ばれている。
例えば、冒険者が手っ取り早く熟練度を上げたい時。
例えば、戦闘中の作戦として、魔獣の注意を一人に引き付けたい時。
魔獣避けに比べたらほとんど需要はないけれど、それでも僕の国では、魔獣寄せの黒魔石や薬自体は割とポピュラーなものだった。
だから、決闘の時にそれを使うことに関しては、それほど罪悪感も忌避感もなかった。
ジェラルドも沢山倒したいのならば、同じものを使えばいいんだから。
道具を使ってはいけないというルールは設定してないんだし。
しかも、護衛を兼ねて同行者も認めているから、必ずしもジェラルド自身が魔獣を狩る必要もない。それでも奴は自分で狩るだろうとは思ったけれど。
ただ、僕はこの国の魔獣を甘く見過ぎていたのだ。
四方を魔獣の生息地で囲まれた僕の国。
それに比べると、この国にはさほど危険のない小型魔獣しか生息していないと高を括っていた。
まさか黒魔石のせいで、トライデウスでも生息地の深奥に生息しているグリズリーが出てくるなんて思っていなかった。
完全に計算違いだ。
ただ、それでも。普段ほとんどの時間を冒険者として活動している僕ならば、危なげなく狩ることができたはずだった
森の奥へ行ってから黒魔石を落としたことに気がついて、探しに戻ったんだ。
森の入口付近まで戻ってドーラちゃんの悲鳴が聞こえてきた時は、心臓が凍りつきそうになった。
幸い、すぐ側まで戻ってきた僕は、ドーラちゃんに振り下ろされそうになっていたグリズリーの右腕を切り飛ばしてから距離を取り、怒ってこちらへ突進してきたグリズリーの首をはねることができた。
動かなくなったグリズリーの向こうに、半狂乱になって泣き叫ぶドーラちゃんが見えて。
背中を真っ赤に染めたまま動かないジェラルドが見えて。
初めて、僕は恐怖で動けなくなった。
間もなく彼女の悲鳴を聞いて、どこからか騎士たちが駆けつけてきたけれど。
僕は彼女たちと顔を合わせるのが怖くて。
「……っ」
逃げるようにしてその場を去った。
「そうか」
事件の後、彼が目覚めるのを待って寝室に押しかけた僕の独白を黙って聞いていたジェラルドは、ただそれだけ言った。
彼の身体にぐるぐると巻かれた包帯が痛々しい。幸い、命には別状なく後遺症なんかも残らないだろうと医師には言われているらしい。
「すまない。ドーラちゃんが危険な目にあったのも、お前がこんな怪我をしたのも、全部僕のせいだ。」
「確かに……もし、俺やあいつに何かあったらただでは済まなかっただろうな」
サッと血の気が引く。
そうだ。王位継承権第三位でしかない僕は、祖国にとってもそれほど重要な人物じゃない。有事の際は簡単に切り捨てられる立場の人間だ。
この国の次期国王とその婚約者を命の危険に晒したんだ。一般人ならば処刑されてもおかしくない。例え王族といえども例えこの場で殺されたとしても、文句は言えない。
「……こ、殺してくれても構わない」
「は?」
「く、国に帰っても兄上にきっと恐ろしい罰を与えられるに違いない。それならいっそお前の手で殺してくれ!」
「……」
僕は本気でそう言ったのに。
ジェラルドはキョトンとした後、突然笑いだした。
「ははっ……いてっ! はっふふははっ……いててっ!」
痛いなら笑わなきゃいいだろうに。
「……」
「なら、お前のお兄さんにお前の処分を任せるとするか。しっかりお仕置きしてもらえ」
「は? お前何言って……」
「あーいててて。誰かさんのせいでまた傷口が開いたみたいだなぁ」
「うっ……」
「……結果的には二人とも無事だったんだからもう気にするな。まぁ……気にするなって言っても無理だろうが。それに、こうなったことの責任の半分は俺にもあるからな。
危険だって全く予期できなかったわけじゃない。都合の悪いことに目をつぶって、勝負を受けたのは俺自身の判断だ。
それに、突然現れた小型魔獣の群れを追い払うためとはいえ、あの場を離れた騎士たちにも少しは責任があるしな。
お前を罰するというなら、俺もあの騎士たちも何らかの罰を受けなければならなくなってしまう。俺は罰なんて受けたくないんだよ。
更に俺は、自国の森なのにグリズリーが住み着いていたなんて知らなかった。無知は罪だ。知らなかったで済まされないことは往々にしてある。お前だって知ってたら絶対行かなかっただろうが。
だから。今回のことはお前のせいだけじゃない」
「それは……そうだけど! お前は『危険だ』って警告していたのに、僕はそれを聞き入れなかった上に煽るような真似をしてしまったんだ。しかも、お前は無事なんかじゃないじゃないか!」
「まぁな。肋骨も何本かいったし、背中の傷痕も残るだろうな……」
「ううっ……」
「それでも。あれは事故だったんだ。魔石のことは絶対誰にも言うなよ。いいな? そんでもって、お兄さんにはバッチリ叱られてケツの毛までむしられてこいよ」
「……は……でも、」
「なぁ……俺たちは従兄弟だろ? それに……うーん、ライバルでもあるかな?」
「……なにを言って……」
戸惑う僕に向かって、ジェラルドはニヤッと笑った。
「それから友人だ。俺、こう見えても意外と友人が少ないからな。お前みたいなやつでもいなくなると困るんだよな」
「……」
「お、おいっ、泣くなよ。何だよ。こんなことで泣くなんて女みたいだぞ」
「……うぅぅ……じゃあ僕は、これからお前に何を言われても何をされても、お前の友人をやめてやらないからな? 後悔するなよ?」
僕の従弟兼友人は、とんだお人好しだったみたいだ。
そのせいで、いつか足元を掬われる日がくるんじゃないかと少し心配だけど。しっかり者の婚約者が隣にいるなら大丈夫かもしれない。
僕は、流れ落ちる涙を袖口でゴシゴシと拭き取った。
「あいつには、会わずに帰るのか?」
「ああ。お前がいなきゃ彼女は死んでたかもしれないんだ。合わす顔がない。本当は……会って謝るのが筋なんだろうけど……謝ればきっと彼女は僕を許してしまうだろう?」
「まぁ、そうだな」
「……僕のしたことは、そんなに簡単に許されるべきではないからね。だから、代わりに謝っておいてよ。ドーラちゃんとしゃべる口実にもなるだろ?」
──嘘だ。本当は怖いんだ。
彼女の目を見て真実を告げるのが。
彼女の目に宿る軽蔑の光を見るのが。
優しい彼女はきっと、少し呆れながらも僕を許すだろう。
けれど、そこに一瞬でも嫌悪や憎悪の表情が浮かんだら……そう思うと怖くて仕方がないんだ。
想いを告げられないジェラルドをヘタレ扱いしてたけど、僕の方がもっと臆病だった。
「はぁ? 余計なお世話だ!」
「何だよ。友人の粋な計らいじゃないか。……そうだな……うん。彼女のことはお前に任せてやってもいいよ。いいか、絶対に泣かすなよ? 泣かせたら速攻で奪いに来てやる」
「ふん。任せてやってもいいとか、何で上から目線なんだよ? 残念ながらそんな機会は永遠に来ない!」
結構二人はお似合いだと思うんだけどね。素直じゃないところが特に、ね。
それに。
いつも冷静な彼女が、泣き叫びながら口にしてた言葉──。あれを聞いたらジェラルドはどうするんだろうな?
でも、それは言ってあげないことにした。
別に悔しいからじゃない。
やっぱり本人の口から聞いた方がいいと思うから。
だから、ジェラルド頑張れよ。
(完)
──────────
最後がまさかの主人公不在の上、当て馬リオルドくんの視点で本編は完結です。(ひっ)
とりあえず土下座。
ですが、1話と同じく別視点の番外編を投稿します!
そこでその後の二人(アレクサンドラとジェラルド)のエピソードがちょこっと入る予定です。
その別視点とは……ババン! そう、お待ちかねのマリーさんです!(誰も待ってない)
お楽しみに~♪(言い逃げ)
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