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(20)立ちはだかる課長
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*虫が苦手な方は閲覧注意。
──────────
──ぶぅん、ぶぅん……。
こ、この音はっ!
夏の夜に耳元で聞こえてくると、寝られなくなる音!
すぐさま電気をつけて、部屋の隅々まで調べられずにいられなくなる、耳障りなあの音!!!
全身にぞわぞわとした怖気が走る。
まさかだけどこの世界にもアイツらがいるというのか……っ!?
くっ! なんたる失態だ。こんな時にアレを携帯し忘れるなんて──っ!
いや、ちょっと待て。
そもそも、避難訓練に持っていくものじゃないな、アレ。うん。
夏のキャンプには必須かもしれないけれど、避難訓練には必要じゃない。絶対に。
ちょっと冷静な自分が頭の中で突っ込んだため、俺は我に返る。
「……げっ! 先輩、後ろ!! 後ろを見てください!」
「ひっ!」
九重の声につられて、後ろを振り返った瞬間目に入ったのは、上下に伸びた巨大な黒い煙のような塊で──。
「か、蚊柱だと?!」
蚊柱、それは蚊の仲間が軒下などに集まり、その様子が柱状に見える現象。田舎でよく見られる。
蚊柱を作る種類は大体決まっていて、アカイエカやユスリカなどが多い。
ちなみに、見た目から蚊と間違われることの多いユスリカだが、ハエの仲間なので人を刺して吸血したりはしない。
問題は、目の前の蚊柱を構成するのがどっちかということだ。
ユスリカならば差し迫った危険はないが、アカイエカ系なら……と想像するのも恐ろしい。
しかもあの蚊柱、直径三メートルほどはありそうだ。パッと見でも、大人三人ほどは簡単に入ってしまいそうだった。
だがしかし、そんなことを悠長に考えているような暇はなかった。何故なら蚊柱がこちらに向かって移動し始めたからだ。
「ちっ! ありゃ蚊の集まりだ! とりあえず逃げるぞ! 走れ!」
「あ、待ってくださいよ、先輩! えっ?! これ、蚊なんですか? 怖っ!!」
九重はどん引いている。
「きゃあぁぁぁっ!!!」
メイシアは怯えて駆けだした。逃げ足はえぇな。
「ほら、課長も逃げますよ!」
──ぶぅん、ぶぅん!
どうなってるんだ?! アイツら、明らかに俺たちを狙っているぞ?!
まるで意志がある生き物のように、蚊柱は不気味な羽音を響かせてうねりながら近づいてくる。
思い出されるのは高校の頃のこと。自転車で走ってた俺の頭の上にいつの間にかできていた蚊柱。
いくら振り払おうとしても、振り切ろうと自転車を走らせても、ついてくる奴ら。
どこまでも……どこまでも。
「ぐっ!」
嫌な思い出のせいで痛恨のダメージを受けた。
──ぶぅん、ぶぅん、ぶぅん……!
そうこうしている間にも、不気味な黒い塊は俺たちを飲み込もうと迫ってくる。
俺たちという獲物を見つけて喜んでいるかのように、ぐねぐねと踊りながら──。
くそ。
意外とスピードが早いぞ。
このままだと呑み込まれてしまう。
──わ、わふぅっ!
「ウメコぉぉぉぉ──っ!!!!」
課長の梅干しを食べるのに夢中だったウメコが逃げ遅れて、黒い塊に呑み込まれた。
ウメコ、お前の犠牲を無駄にはしない! 骨は拾ってやるからな!(※引き返して助けるつもりはない)
俺が涙を袖で拭っていると、突然課長が立ち止まった。
「ちょ、課長? 何してるんですかっ?! 奴らに追いつかれますよっ?!」
「近江くんは先に行きなさい。ここは私が何とかしよう」
「ええっ?! そんなっ! 課長を置いてはいけないです!」
「私は……ウメコの仇を討つ!」
課長はいつになく厳しい顔で、目の前に迫る蚊柱を見つめる。
ウメコ……そうだ。
あの、艶やかな白銀の毛並みを撫でたり、梅干しでキュッとなった癒し顔がもう見られないなんて──くそっ!
ウメコを犠牲にして生き延びようとするなんて、卑怯者のすることじゃないか! 最低だ、俺!
俺は震える拳を握りしめて、課長の隣に並び立った。
「近江くん?」
「課長、俺も戦います! ウメコの仇討ちます!」
俺の隣にも誰かが立った気配がした。
それは九重だった。
「課長、先輩、僕もただ逃げるだけなんて嫌です!」
それは、俺たち三人の心が一つになった瞬間だった。
「じゃあ、君たちもこれを持ちたまえ」
俺が感動に打ち震えていると、課長が俺たちに何かを手渡した。
「えっ……?!」
「はっ……?!」
「さぁ、みんなで構えようじゃないか!」
それは、
「「──殺虫剤ぃっ?!!」」
だった。
──────────
*異世界豆知識……近江くんは勘違いしてますが、蚊柱を作るのは基本オス(オスは血は吸わない)で、メスの蚊を誘い込むために羽音を立てていると言われています。誘い込まれたメスの蚊は、逆ハー状態の蚊柱から気に入ったオスを選んで交尾をするそうな。ただし、異世界の蚊柱がそれと同じとは限りません。
──────────
──ぶぅん、ぶぅん……。
こ、この音はっ!
夏の夜に耳元で聞こえてくると、寝られなくなる音!
すぐさま電気をつけて、部屋の隅々まで調べられずにいられなくなる、耳障りなあの音!!!
全身にぞわぞわとした怖気が走る。
まさかだけどこの世界にもアイツらがいるというのか……っ!?
くっ! なんたる失態だ。こんな時にアレを携帯し忘れるなんて──っ!
いや、ちょっと待て。
そもそも、避難訓練に持っていくものじゃないな、アレ。うん。
夏のキャンプには必須かもしれないけれど、避難訓練には必要じゃない。絶対に。
ちょっと冷静な自分が頭の中で突っ込んだため、俺は我に返る。
「……げっ! 先輩、後ろ!! 後ろを見てください!」
「ひっ!」
九重の声につられて、後ろを振り返った瞬間目に入ったのは、上下に伸びた巨大な黒い煙のような塊で──。
「か、蚊柱だと?!」
蚊柱、それは蚊の仲間が軒下などに集まり、その様子が柱状に見える現象。田舎でよく見られる。
蚊柱を作る種類は大体決まっていて、アカイエカやユスリカなどが多い。
ちなみに、見た目から蚊と間違われることの多いユスリカだが、ハエの仲間なので人を刺して吸血したりはしない。
問題は、目の前の蚊柱を構成するのがどっちかということだ。
ユスリカならば差し迫った危険はないが、アカイエカ系なら……と想像するのも恐ろしい。
しかもあの蚊柱、直径三メートルほどはありそうだ。パッと見でも、大人三人ほどは簡単に入ってしまいそうだった。
だがしかし、そんなことを悠長に考えているような暇はなかった。何故なら蚊柱がこちらに向かって移動し始めたからだ。
「ちっ! ありゃ蚊の集まりだ! とりあえず逃げるぞ! 走れ!」
「あ、待ってくださいよ、先輩! えっ?! これ、蚊なんですか? 怖っ!!」
九重はどん引いている。
「きゃあぁぁぁっ!!!」
メイシアは怯えて駆けだした。逃げ足はえぇな。
「ほら、課長も逃げますよ!」
──ぶぅん、ぶぅん!
どうなってるんだ?! アイツら、明らかに俺たちを狙っているぞ?!
まるで意志がある生き物のように、蚊柱は不気味な羽音を響かせてうねりながら近づいてくる。
思い出されるのは高校の頃のこと。自転車で走ってた俺の頭の上にいつの間にかできていた蚊柱。
いくら振り払おうとしても、振り切ろうと自転車を走らせても、ついてくる奴ら。
どこまでも……どこまでも。
「ぐっ!」
嫌な思い出のせいで痛恨のダメージを受けた。
──ぶぅん、ぶぅん、ぶぅん……!
そうこうしている間にも、不気味な黒い塊は俺たちを飲み込もうと迫ってくる。
俺たちという獲物を見つけて喜んでいるかのように、ぐねぐねと踊りながら──。
くそ。
意外とスピードが早いぞ。
このままだと呑み込まれてしまう。
──わ、わふぅっ!
「ウメコぉぉぉぉ──っ!!!!」
課長の梅干しを食べるのに夢中だったウメコが逃げ遅れて、黒い塊に呑み込まれた。
ウメコ、お前の犠牲を無駄にはしない! 骨は拾ってやるからな!(※引き返して助けるつもりはない)
俺が涙を袖で拭っていると、突然課長が立ち止まった。
「ちょ、課長? 何してるんですかっ?! 奴らに追いつかれますよっ?!」
「近江くんは先に行きなさい。ここは私が何とかしよう」
「ええっ?! そんなっ! 課長を置いてはいけないです!」
「私は……ウメコの仇を討つ!」
課長はいつになく厳しい顔で、目の前に迫る蚊柱を見つめる。
ウメコ……そうだ。
あの、艶やかな白銀の毛並みを撫でたり、梅干しでキュッとなった癒し顔がもう見られないなんて──くそっ!
ウメコを犠牲にして生き延びようとするなんて、卑怯者のすることじゃないか! 最低だ、俺!
俺は震える拳を握りしめて、課長の隣に並び立った。
「近江くん?」
「課長、俺も戦います! ウメコの仇討ちます!」
俺の隣にも誰かが立った気配がした。
それは九重だった。
「課長、先輩、僕もただ逃げるだけなんて嫌です!」
それは、俺たち三人の心が一つになった瞬間だった。
「じゃあ、君たちもこれを持ちたまえ」
俺が感動に打ち震えていると、課長が俺たちに何かを手渡した。
「えっ……?!」
「はっ……?!」
「さぁ、みんなで構えようじゃないか!」
それは、
「「──殺虫剤ぃっ?!!」」
だった。
──────────
*異世界豆知識……近江くんは勘違いしてますが、蚊柱を作るのは基本オス(オスは血は吸わない)で、メスの蚊を誘い込むために羽音を立てていると言われています。誘い込まれたメスの蚊は、逆ハー状態の蚊柱から気に入ったオスを選んで交尾をするそうな。ただし、異世界の蚊柱がそれと同じとは限りません。
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