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(33)馬車の中の課長
しおりを挟む昼ごはんを食べた後、冒険者ギルドに向かった俺たち。
宿屋のおかみさんに教えられた道を歩いていると……。
──ドンッ!
俺は、どこかの店から出てきたらしい、誰かとぶつかった。
冒険者ギルドについたら可愛い受付のお姉さんいないかな~とか、ぼんやり妄想していた俺が100%悪いんだけど。
「きゃっ!!!」
「あっ……!」
気づいた時にはもう遅く、彼女は地面に尻もちをついていた。
「だ、大丈夫ですかっ?!」
「いったーい!」
尻もちをついていたのは、セクシーな格好をしたお姉さんだった。
「す、すみません!よそ見していて、気づきませんでした……」
「いえいえ。こちらこそ前を見てなくて。ごめんなさい! ちょっと手を貸してもらっていいですか?」
「あ、もちろんです! 本当に大丈夫ですか?」
俺が手を差し出すと、その女性はそれに掴まった。
「いっ……いたたた……」
「あっ! 大丈夫ですか?」
彼女は一度立ち上がったものの、再びうずくまって足を押えた。
「足首を捻ってしまったみたいです……申し訳ないんですが、ちょっと仲間のところまで連れて行ってもらえませんか? できれば、そちらのダンディなおじ様と二人で」
ダンディ……ダンディってなんだっけ? 誰のこと? と頭を回転していると、横にいた課長が彼女のそばにサッとしゃがんで足首に手を当てた。
「きゃっ……?!」
「ふむ……骨は大丈夫そうだな。捻っただけならこれを当てておきなさい」
そういって、湿布らしき白い四角いものを胸ポケットから取り出して彼女に差し出していた。
湿布特有の匂いが辺りにぷーんと漂い始める。
間違いない。あれは湿布だ。
なに、あの人、普段湿布とか携帯してんの?
「あ、ありがとうございます……」
女の人も若干引き気味なんだけど……せっかくの好意を無下にはできないのだろう。湿布を受け取っていた。
「……あっ! すみません! 連れのところまで肩を貸して頂けると助かるんですが……」
「ああ、いいっすよ。おーい、九重! 課長と一緒に、このお姉さん送っていくから、先にメイシアとギルドに行っててくれるか?」
「はい! わかりました!」
九重がキランと真っ白な歯を光らせて、サムズアップしてきたので、俺も同じように返した。
課長が彼女を引き起こしながら、肩を支えた。
最初は俺が肩を貸そうとしたんだけど、身長が高過ぎて、無理だった……。
ということで、泣く泣く合法的に美女に触れる権利を放棄して、俺はとりあえず付き添い的な感じでついて行くことにした。
いいなぁ、合法的なおさわり……彼女、結構な巨乳ちゃんなんだよね。
肩を貸していれば、何かの拍子にちょっとくらいアレが当たったり……いかんいかん! そんな不純な動機で人助けしちゃいかんでしょ!
彼女のお仲間は、町角にあるカフェで待っていたようだった。待っていたのは男三人。
男連れかぁ。しかも逆ハーみたいだし……と俺の心のどこかが残念そうにため息をついた。
彼女を受け渡すと、彼らに散々お礼を言われてお茶を奢ってもらうことになった。
九重たちをギルドで待たせているはずだから早く戻りたかったのだが、是非にと言われて断れなかった。
綺麗なお姉さんに、上目遣いでお願いされたら断れないでしょ。
奢ってくれるというので、俺と課長は一杯だけご馳走になることにして……運ばれてきたコーヒーを飲んで……。
◇◇◇
と。俺の記憶はここまでしかない。
コーヒーを飲んでいたはずなのに、こうやって床に転がされている状態がいまいち繋がらない。
「どうやら、彼らに一服盛られたらしいな……」
「あっ、課長!」
俺の背後から課長の声が聞こえた。
リアの言った通り、課長も俺と同じように拉致られたらしい。
「一服盛られたってどういうことですか……?」
「言葉通りだよ。あの時飲んだコーヒーに睡眠薬のようなものが混ぜられていたのだろう」
「えっ……睡眠薬……? ちょっ、マジっすか?! それ犯罪じゃん!」
え? 犯罪だよね? 違うの?
「いや、まぁ、元の世界なら傷害罪に当たるかもしれないが……この世界ではどうなんだろうな? まぁ、私たちももっと警戒して然るべきだったのかもしれん」
「うーん、そうか……そう言われるとそうっすね……とりあえず、ここから抜け出して一服盛ったやつを一発殴りたいんですが……」
残念ながら、手も足もしっかり縛られていて、全く抜け出せる気配がしない。
「彼らは何故、私たちを誘拐したんだろうね?」
「そ、そりゃ……えーっと……なんでだろう……?」
自分で言うのもなんだけど、金を持ってそうには見えないと思う。
だから、身代金目的とは思えない。
今は服装も、ちゃんと郷に入っては郷に従えを実践しているから、それで目をつけられたとかは、まずない。
副町長から、僅かながらも礼金をもらい、その金で新しく服を買ったのだ。
また、副町長のように、課長の殺虫剤に目をつけた訳でもないだろう。蚊柱が一掃されたこの町では、もう必要のないものだからな。
後は私怨とか、愉快犯とか、臓器目的──……なら、俺はともかく課長より九重の方が高く売れそうだから、課長をわざわざ指定した意味がわからない。
『そちらのダンディなおじ様』
あの女の人はそう言っていたし。
「近江くんは彼らと面識はあったのかね?」
「いや。知らない人たちっすね。多分、町の中でも見かけたことはなかった気がします」
「ふむ。私も彼らに見覚えはない。しかし、彼らは何故か私たちをわざわざ指定して誘い出した……面白いな」
いや、全く面白くないんですけど……?
「まぁ、本人たちに聞いてみることにしよう」
「えぇっ?! 助け呼んだりしないんですか? きっと町のどこかでしょうし、二人で叫べば誰かが気づいてくれるんじゃ……」
「誰かが気づく前に犯人たちに気づかれるぞ?」
「……あ」
「それに、だ。すぐ外に第三者がいる確率は低い。でなければ、口は塞がれていただろうからな。騒いで犯行の邪魔をするのは、返って危険だ。もう少し犯人たちに都合のいい被害者のフリをして油断を誘う方がいいだろう。 」
「……はい」
まぁ、冷静に考えれば課長の言う通りかもしれないが。
「と、言うわけで私はもう少し寝る。近江くんも少し身体を休めた方がいいだろう」
「……は」
それだけ言って課長は黙ってしまった。
もしかして本当に寝ちゃった……?
そういえばこの課長、異世界に来てから不安と興奮でなかなか寝付けなかった俺とは違って、初日からグースカしっかり睡眠をとっていたんだっけ。
「……よし、そろそろ出発するぞ」
「おう」
「お前たちは荷台で奴らが起きて騒がないように見張っとけ」
「わかったわ。王都に戻ったら、報奨金はちゃんとわけなさいよ?」
より近くでそんなやり取りが聞こえて──彼らは乗り込んできたようだ。
そして、振動とともに床が動き出した気配がして、これがただの部屋ではないことを知る。
(これは……馬車か!)
馬車でも人を運ぶ方ではなく、恐らく荷馬車の方だろう。俺と課長は荷物の隙間に放り込まれているようだ。
だから、薄目を開けていても即座にバレる心配はないようだった。
馬車に乗り込んできたのは二人。
彼らは荷物の1つである木箱を、座席がわりに座っている。
薄暗くて顔が良く見えないが、声からして女性の方は俺と課長が運んであげた人で間違いないようだった。
「……から、……で……」
「み……まえ……だ」
ちょっとでも何かつかみたくて、彼らの会話を盗み聞きするつもりだったんだけど、正直馬車のガタガタがうるさすぎて聞こえない!
体は、ガンガン床にぶつけて地味に痛いし。かと言って、課長のように開き直って寝てしまうとかも、この振動と断続的な衝動のせいで無理だった。
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