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(34)課長の素顔
しおりを挟む馬車は、町を出たようだった。
そうして町を出て、小一時間ほど馬車に揺られた頃だろうか。
馬車は止まって、荷台に乗っていた二人が降りた。
トイレ休憩……かな?
すると、背後から課長が声をかけてきた。
「近江くん、起きているかね?」
「あ、はい」
いや、俺も寝てると思われたんかい!
こんな状況で寝られるのは課長くらいだろっていうツッコミはぐっと飲み込んで、課長に答えた。
「どうやら、私たちには懸賞金がかけられているようだ」
「えっ……?」
「いや、彼らが馬車の中でしている話を聞いておったのだが……」
マジか。ガタゴト走る馬車の音で、会話なんて何一つ聞き取れなかった俺は愕然とする。
何という、高性能集音器……。
ま、今に始まったことじゃないか。
そういえば、課長の地獄耳は今に始まったことじゃなかったわ。
「俺たちに懸賞金ってどういうことですか、課長?」
「うむ……王家からの通達と言っておったな」
「王家……えー……何で俺たち王家のお尋ね者になってんすかー……」
「それ以上の情報は彼らも知らないようだ。ギルドで手配書がでまわっているらしい。私たちをギルドに突き出せば、一攫千金というわけだな」
「そんな……俺たち、何かしましたっけ? むしろあの王女様の命の恩人だってのに」
「まぁ、人生往々にしてよくわからない事態に巻き込まれるのはある事だな。さて、私たちが襲われた原因もわかったところで……ここから抜け出すとするか」
「は……?」
「こんな事もあろうかと、縄抜け術を習得しておいて正解だったな」
こんな事ってどんな事?
普通に生活してる一般的なサラリーマンって、さらわれることがあるものなの?!
もぞもぞと動いている気配がしたかと思うと、続いてブツっと言う音がして、俺の手首と足首にぐるぐると巻きついていた縄がパラッとほどけた。
「あ、ありがとうございます、課長……」
課長が手にしていたのは、某有名メーカーの十徳ナイフと呼ばれる万能ナイフだった。
それをズボンのポケットに仕舞った課長は、分厚い眼鏡を外してハンカチでキュッキュッと拭いた。
「……!?」
その様子を見て固まる俺には気づかなかったらしい。
課長はまた眼鏡をかけ直すと、ハンカチもやっぱり尻ポケットに押し込んだ。
眼鏡を外した課長の目元が、めちゃくちゃイケメンだったとか……ないわー、ホントないわー……。
今まで会社で、眼鏡を外したところを見たことなかったから知らなかった。
もっと目のちっちゃーいおっさんだと思ってたけど、分厚い眼鏡のせいだったってことか!
髪の毛がある頃はさぞモテたんだろうなって顔だった。若い頃なら、九重と部内の人気を二分していたかもしれない。
「どうしたんだね、近江くん? 口が開きっぱなしだぞ?」
あんたの素顔がイケメンで驚きすぎたからだよ! とは言えなかった。
ま、冴えないクラスの女子が、眼鏡を外したら実は美少女だったってのは様式美だからな。
眼鏡を外したらイケメンってのもありなのかもしれないな。あの光る頭が全てを台無しにしているような気もしなくはないけど。
「いえっ。……リア? まだいるのか、リア……?」
俺は何も無い空間に向かって話しかける。
という字面だけ見ると、ちょっとヤバい人間みたいだけど、別に人間に見えない何かを見てるわけじゃない。
モスキュリアのリア……あいつはまだ馬車の中にいる。そんな気がするんだよね。
──ブゥン……。
どこからか羽音が聞こえてくる。
いやにはっきり聞こえると思ったら、俺の肩の上に小さな人型ができ始めた。
「何じゃ……血を吸わせてくれるのか?」
課長がその様子を、食い入るように見つめている。
リアがカローの町に発生した蚊柱の総元締め的存在だった、ということは課長たちには既に話してある。
しかし、そのリアが蚊の集合体だったという話はしていなかったから、びっくりしているのかもしれないな。
「今はまだダメだ。後で血をやってもいいが、それには交換条件がある」
人型になったちびリアは、俺の方の上に腰かけた。
「ほほう、交換条件か。わらわへの初めてのお願いというわけじゃな。言うてみるがよい」
リアは楽しげに目を細めて口角を上げた。
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