43 / 68
(35)励ます課長
しおりを挟む「な、なんだよ、その初めてのお願いって……恥ずかしいからやめろ」
「望みを言え。無論、対価はお前の血じゃ」
「ううっ! 頼む気が失せるけど……とりあえず、外のヤツらの様子を知りたい。俺たちが逃げ出す隙はありそうか?」
「ああ、今は少し離れたところで食事をしているようだからな。しばらくはここに戻ってこないと思うぞ」
答えたのは、リアではなく課長だった。
「えっ?」
「この匂いは……パンと干し肉の匂いだな。あとチキンベースのスープの匂いがするな……ああ、私は臭気判定士の資格と日本調香師技術検定一級を持っているのでな。多少鼻が利くのだよ」
そう言われて俺は鼻を動かしてみたが、におうのは馬車の中の湿った埃っぽいにおいだけで、食べ物の香りなんか微塵も感じられなかった。
ま、課長が人間離れしているのは、いつものことだからおいておいて。
「ふふふ……そういうこともあろうかと分体を一匹奴らの中に忍び込ませてあるのじゃ。奴らは食事中ゆえまだ当分は帰ってこないだろう」
うん、それ今課長に聞いたわ。
「……質問を変えよう。ここはどこだ? 馬車がどこへ向かっているかはわかるか? 奴らの目的……はさっき課長が聞いた通りか……」
「ここはカローの町にほど近いカーリー平原の真ん中。馬車は王都へ向かっておる。奴らの目的はお前らをギルドへ突き出すことで得られる懸賞金、だな。お前らの手配書が出回っている事情は、奴らも詳しく知らないらしい。ついでに言っておくと、奴らに気付かれずに逃げ出すのはむずかしい」
「ふむ……遮るものがほとんどないな。遠くに岩が見えるのだが……少しばかり距離があるな。辿り着く前に見つかりそうだぞ」
「そういうことじゃ。例え馬車から抜け出しても、見つからずに町へ戻るのはまず無理じゃな」
馬車の幌の隙間から外を覗きながら呟いた課長に、リアが同意を示した。
「わかった」
俺は眉をひそめたまま頷いた。
「じゃあ、馬車ごと強奪しよう!」
「ふむ」
「それは愉しそうじゃな」
突拍子もなく、無謀とも思われる俺の提案に、なんと二人は賛成した。
馬車には残念ながらというか好都合というか、自動車のような鍵はない。
加えて、馬も犬などに比べれば、そう忠義心の高い動物ではない。
課長がどこからか取りだした人参を美味そうに食べ、即主替えしたようである。
その間に俺は、馬車に積んであった彼らの荷物をこっそりと降ろした。彼らの荷物までは盗ろうだなんて思っちゃいない。
俺たちは大悪党ってわけじゃないからな。
慰謝料代わりにちょっと馬車を借りていくだけだ。
もちろん全ての作業は、見つからないよう彼らの死角でこっそりと行った。
幸い彼らは何の警戒もせずおしゃべりに夢中になっているようで、多少物音がしても気づかなかった。
課長が馬車の手綱を握って走り出す。
「えっ……?!」
「ば、馬車が──っ?!!」
「泥棒──!!!」
呆然とする彼らを置きざりにして、馬車はいきなりトップスピードで走り出す。
とは言ってもせいぜい時速50キロ程だろうか。
急発進にて漏れそうになった声を思わず飲み込む。舌噛むから黙っとこう。
これが馬だけならまた話は違ったのだろうが、現状原付より少し遅い。最強陸上選手なら追いつけてしまうかもしれない。
それに、どうやらここは剣と魔法の世界のようだし、魔法を使って追いつかれたら終わりなんじゃ──そんな不安もあったが、徐々に引き離されて小さくなる彼らを見てたら、その不安は払拭された。
何か叫んでいたようだが、人さらいの言うことなんか詳しく聞いてやる必要はないと思う。うん。
さぁ、町へ戻ろう。
──ヒュォォォォオオ──ッ!
何かが空気を切り裂き飛来した。
──ドッゴオオオォォォ──ッン!
それは、俺たちが確認する前に見事に幌馬車の荷台へ衝突する。俺たちが乗っている御者台のみを残し、馬車は木っ端微塵に弾け飛んだ。
「はぁっ?!!」
生暖かい爆風が頬をかすめる。
(荷台に乗ってなくてよかったよ……)
緊急事態だ。課長が馬車を止め、俺は後ろを振り返ったが、背後に散らばる破片や車体の残骸を見ながら強く思った。
「馬に乗るぞ、近江くん」
「えっ?! ちょっと?! 俺、馬乗れないんですけど──っ!!?」
課長は縄を切ったときと同じ十徳ナイフを取り出すと、車体の一部と馬を繋いでいたハーネスをブツッと迷いなく断ち切った。
「行くぞっ!」
課長は俺に手を差し出し、伸ばした俺の手を取って素早く馬の上に引き上げた。
馬は二頭いて、課長と俺は別々の馬だ。
鞍もつけていない裸の馬に乗るとか、絶対無理だ。
しかし課長は、ニッと白い歯を見せて笑った。
「大丈夫、近江くんなら出来る!」
待って待って! その、根拠の無い自信はどこから出てくるんだ──?!
車の運転席に初めて座った人が運転方法を知らないように、今日生まれて初めて馬に跨った俺に、操縦方法なんかわかるわけがない!
「だ、大丈夫じゃねぇっ────っ!!!」
10
あなたにおすすめの小説
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる