課長と行く異世界の旅〜異世界転移に巻き込まれた課長がチートを発揮している件について。

真辺わ人

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(35)励ます課長

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「な、なんだよ、その初めてのお願いって……恥ずかしいからやめろ」

「望みを言え。無論、対価はお前の血じゃ」

「ううっ! 頼む気が失せるけど……とりあえず、外のヤツらの様子を知りたい。俺たちが逃げ出す隙はありそうか?」

「ああ、今は少し離れたところで食事をしているようだからな。しばらくはここに戻ってこないと思うぞ」

 答えたのは、リアではなく課長だった。

「えっ?」

「この匂いは……パンと干し肉の匂いだな。あとチキンベースのスープの匂いがするな……ああ、私は臭気判定士の資格と日本調香師技術検定一級を持っているのでな。多少鼻が利くのだよ」

 そう言われて俺は鼻を動かしてみたが、におうのは馬車の中の湿った埃っぽいにおいだけで、食べ物の香りなんか微塵も感じられなかった。
 ま、課長が人間離れしているのは、いつものことだからおいておいて。

「ふふふ……そういうこともあろうかと分体を一匹奴らの中に忍び込ませてあるのじゃ。奴らは食事中ゆえまだ当分は帰ってこないだろう」

 うん、それ今課長に聞いたわ。

「……質問を変えよう。ここはどこだ? 馬車がどこへ向かっているかはわかるか? 奴らの目的……はさっき課長が聞いた通りか……」

「ここはカローの町にほど近いカーリー平原の真ん中。馬車は王都へ向かっておる。奴らの目的はお前らをギルドへ突き出すことで得られる懸賞金、だな。お前らの手配書が出回っている事情は、奴らも詳しく知らないらしい。ついでに言っておくと、奴らに気付かれずに逃げ出すのはむずかしい」

「ふむ……遮るものがほとんどないな。遠くに岩が見えるのだが……少しばかり距離があるな。辿り着く前に見つかりそうだぞ」

「そういうことじゃ。例え馬車から抜け出しても、見つからずに町へ戻るのはまず無理じゃな」

 馬車の幌の隙間から外を覗きながら呟いた課長に、リアが同意を示した。

「わかった」

 俺は眉をひそめたまま頷いた。

「じゃあ、馬車ごと強奪しよう!」
「ふむ」
「それは愉しそうじゃな」

 突拍子もなく、無謀とも思われる俺の提案に、なんと二人は賛成した。

 馬車には残念ながらというか好都合というか、自動車のような鍵はない。
 加えて、馬も犬などに比べれば、そう忠義心の高い動物ではない。
 課長がどこからか取りだした人参を美味そうに食べ、即主替えしたようである。

 その間に俺は、馬車に積んであった彼らの荷物をこっそりと降ろした。彼らの荷物までは盗ろうだなんて思っちゃいない。
 俺たちは大悪党ってわけじゃないからな。
 慰謝料代わりにちょっと馬車を借りていくだけだ。

 もちろん全ての作業は、見つからないよう彼らの死角でこっそりと行った。
 幸い彼らは何の警戒もせずおしゃべりに夢中になっているようで、多少物音がしても気づかなかった。

 課長が馬車の手綱を握って走り出す。

「えっ……?!」
「ば、馬車が──っ?!!」
「泥棒──!!!」

 呆然とする彼らを置きざりにして、馬車はいきなりトップスピードで走り出す。
 とは言ってもせいぜい時速50キロ程だろうか。

 急発進にて漏れそうになった声を思わず飲み込む。舌噛むから黙っとこう。

 これが馬だけならまた話は違ったのだろうが、現状原付より少し遅い。最強陸上選手なら追いつけてしまうかもしれない。
 それに、どうやらここは剣と魔法の世界のようだし、魔法を使って追いつかれたら終わりなんじゃ──そんな不安もあったが、徐々に引き離されて小さくなる彼らを見てたら、その不安は払拭された。

 何か叫んでいたようだが、人さらいの言うことなんか詳しく聞いてやる必要はないと思う。うん。

 さぁ、町へ戻ろう。

 ──ヒュォォォォオオ──ッ!

 何かが空気を切り裂き飛来した。

 ──ドッゴオオオォォォ──ッン!

 それは、俺たちが確認する前に見事に幌馬車の荷台へ衝突する。俺たちが乗っている御者台のみを残し、馬車は木っ端微塵に弾け飛んだ。

「はぁっ?!!」

 生暖かい爆風が頬をかすめる。

(荷台に乗ってなくてよかったよ……)

 緊急事態だ。課長が馬車を止め、俺は後ろを振り返ったが、背後に散らばる破片や車体の残骸を見ながら強く思った。

「馬に乗るぞ、近江くん」

「えっ?! ちょっと?! 俺、馬乗れないんですけど──っ!!?」

 課長は縄を切ったときと同じ十徳ナイフを取り出すと、車体の一部と馬を繋いでいたハーネスをブツッと迷いなく断ち切った。

「行くぞっ!」

 課長は俺に手を差し出し、伸ばした俺の手を取って素早く馬の上に引き上げた。
 馬は二頭いて、課長と俺は別々の馬だ。
 鞍もつけていない裸の馬に乗るとか、絶対無理だ。
 しかし課長は、ニッと白い歯を見せて笑った。

「大丈夫、近江くんなら出来る!」

 待って待って! その、根拠の無い自信はどこから出てくるんだ──?!

 車の運転席に初めて座った人が運転方法を知らないように、今日生まれて初めて馬に跨った俺に、操縦方法なんかわかるわけがない!

「だ、大丈夫じゃねぇっ────っ!!!」
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