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(37)課長、落ちる
しおりを挟むああ、もうおしまいだ!
何だかよくわからんが、追いかけてきたヤツらからは殺気に近いものを感じる。
この世界に来た時に出会ったならず者たちとは違う。
まるで軍隊のように統制された動き。
そして、白銀の鎧──これはもしや騎士団とか言うやつではないのだろうか?
馬車泥棒以外何もやってないはずだけど、この世界の人はよほど馬車が大切なんだな。
まさか馬車泥棒ごときに騎士団が出張ってくるなんて!
同じ間違いを二度起こさないように、心に銘じておかなければ! 二度目を起こす機会があれば、の話だが。
さすがの課長も額に汗を浮かべている。あの課長が、だ。
この状況が、それほどやばいということなのだろう。
地上ならともかく、馬上戦は圧倒的に不利だ。
相手は弓、剣、槍を携えてこちらを鋭く睨みつけている。
対してこちらは完全な丸腰だ。
いや、丸腰かつお荷物だ。乗馬なんてしたことのない俺は、足でまといもいいところだ。
絶体絶命の大ピンチってやつか。
こんな時、小説やアニメの主人公ならまだ諦めないのだろう。
「お、おい! あれを見ろ!」
俺たちを取り囲む人間の一人が、どこかを指さしながら叫んだ。
──ピシィッ! ピシィッ!!
誰かがゴクリ、と唾を飲む音が不自然に響く。
あれは、さっき火の玉が当たった岩だ。
その頭頂部から、稲妻のように黒い亀裂が走っていた。
──ピシィィィ────ッ!!!!
まるで空間ごと裂けるような音を立てて、そのヒビ割れを中心として真っ二つに割れた。
──パンッッッッ!!!!!!
「……っ?!!!」
言葉にならない声が、周囲から漏れる。
驚きすぎて口をあんぐり状態から、戻らない者も多数いる。
何しろ巨大な山のように思われた岩がいとも簡単に真っ二つになったのだ。
「そんな馬鹿な。ウリダスの遺跡が……」
その中の誰かがポツリと呟いた。俺たちを取り囲む一団がざわめいた。
ウリダスの遺跡──それは、あの大きな岩のことだろうか。
「総員、急いで退避せよ! 古代の呪いがくるぞ!」
「まさか、手配書の犯罪者による二次災害が起こることになろうとは──っ!」
「くそっ!!反逆者どもめっ!!! 早く戻って報告しなければ!」
あの岩が割れたのが、俺たちのせいになっているのは気のせいだろうか?
明らかに自分たちが魔法か何かを当てたせいだろうに。納得がいかない!
しかし、納得がいかなくても反論できるような様子じゃない。
俺たちを取り囲んでいた兵士たちが、示し合わせたように散開しようとしていた──まさにその時。
──ズ……ズゴォォォォォォ────ッ!
「な、何だっ?!」
足元がぐらつく。ズズッ、ズズズッという振動が地面から伝わってくる。
──ヒッヒヒィーーーーン!
「あっ!わっ!」
怯えた馬が暴れだし、俺は掴まっていられなくなり、馬から落ちるように降りてしまった。
兵士たちの馬は訓練されているのか、動揺はしているものの主を置いて逃げそうな素振りはなかったが。
その時俺は、見たのだ。
割れたはずの巨大岩の間から、黒い煙のようなものが噴き出すところを。
そして、噴き出した黒い煙は瞬く間に周囲を覆い、俺たちの視界はほぼゼロになった。
「か、課長っ!!」
「じっとしているんだ、近江くん!」
焦って課長の元へ駆け寄ろうとした俺を、その鋭い声が制止する。
俺が立ち止まった瞬間、足元の感覚がなくなり、体勢を崩した俺の体が、ふわっと宙に浮いた。
足元に穴が空いたのだ。落とし穴のような可愛らしいものじゃない。多分辺り一面の地面が一斉に崩落したのだと思われた。
(お、落ちる────っ?!)
視界は暗闇のまま、吸い込まれていくような感覚。
でも確実に体は落ちていく。
その感覚に、ふとこの世界に来た瞬間を思い出した俺。
(いっそのこと、このまま元の世界に戻れたらいいのに──!)
そんなことを、密かに願ったりしていた。
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