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(25)王妃は企み、ヒロインは
しおりを挟むはたして彼女はケガを理由に早引きをし、放課後を待たずに馬車で王宮へ向かった。イアンの読み通りだ。
驚いたことには、王子の婚約者でもなんでもない男爵令嬢が王宮をフリーパスだった。大丈夫かな、王宮の警備……?
こんなことは前代未聞だが、王妃と親戚だからそういうこともあるのかもしれないな。と、鞄の中で一人納得する私。
そのまま王宮の応接室に通された彼女は、取次の人に王妃に連絡を取るように言いつけている。
「早く呼んできてよね」
来客用の上等なソファにドカッと腰をかけながら彼女は言った。
王立学園内は身分関係なくがモットーだが、ここは国内最高峰の権力を誇る王宮だ。学生同士のような甘い平等論は通用しないはずなのだけれど……。
それに多分、今あなたがそんな口を聞いたその侍女さんはあなたより確実に身分が高い人だよ、大丈夫かな?
ほらほら! やっぱり侍女さんも嫌そうな顔してるじゃん!?
私は鞄の隙間から鼻先を出してツッコミを入れていた──ま、そのツッコミは誰にも聞こえないんだけども。
やがて、侍女さんは王妃を連れて応接室に戻ってきた。
「王妃様! こんにちは!」
王妃を呼びつけるとか本当にすごいよね! 恐ろしいことに怖いものなしだよ、この子。
まぁ、彼女の物怖じしない態度を見たおかげで、私の王妃への恐怖も大分薄らいだ気がする。
「それで。何の用なのですかラーラ?」
王妃は、制服姿のままのラーラを一瞥して顔をしかめた。明らかにいらだちを抑えている表情だ。制服姿で国のナンバー2である王妃に謁見するとか、通常はありえないからね?
あくまでもこれは、王妃側の私的会見だから大目に見られるだけで。
「王妃様、聞いてくださいっ! 今日、悪役令嬢のアンリエールに階段からつき落とされたんですよ!!」
「えっ……」
ラーラがそう口にした瞬間、いつも冷たい美貌を崩さない王妃の表情が一瞬だけ崩れる。
「それ……で……身体は……あなたの身体は大丈夫なの? 怪我などは?」
王妃も人の子だったらしい。かなりうろたえる王妃を見て、おかしなことに私は少しほっとしていた。
──よかった。
美しくないとか言うだけの理由で人を殺そうとするような、血も涙もない人間かと思っていたけど、お気に入りの子の心配はちゃんとするんだ。ま、血も涙もないのはある意味事実なんだけど……。
「ありませんよっ。これは『階段落ち』っていうイベントですからね! きちんとイアンが助けてくれました! もう、ホントに、かっこよかったぁぁぁぁぁ……!」
「そ、そう。それは何よりです」
「だから、これからのイベントの話を王妃様にもしておかなくちゃと思って!」
「これからのイベントの話……?」
はりきったラーラの声に対して、戸惑った王妃の声が聞こえる。
「そうなんです! ほらほら、階段落ちイベントでイアンが助けてくれたじゃないですか?
これで、完全にイアンルートだと思うんです!
イアンはこの件で私をいじめていたアンリエールを見限って、完全に距離を置くことになります。そして、好感度がマックスになったら婚約破棄イベントに突入するんです!」
「好感度……? 婚約破棄イベント……?」
話しながら次第に興奮していくラーラ。眉をひそめて聞き返す王妃。
「やぁだ、王妃様ったら! この前説明したこと忘れちゃったんですか? 仕方がないなぁ……もう一回説明するからちゃあんと聞いてくださいねっ? 好感度っていうのは、各キャラクターからあたしへの愛情度のことですよ。
多分、ジュリオとかトマスはもうマックスに近いと思うんだけど……イアンはもう少しかな? ううん! 階段落ちイベントで助けてくれたんだからもうマックス近いことは間違いなしです! つまりイアンはもう、あたしのことを愛し始めているはずです!」
「イアンがそなたのことを愛し始めていると……? そのような兆候は見られるのですか?」
王妃の口元がふっとほころんだ。秘蔵っ子のラーラとイアンの仲睦まじい報告に満足しているようだ。
王妃ってイアンが好きなんじゃないか、とちょっぴり疑っていたけど、どうやら違ったようだ。あの時感じたあの違和感は私の思い過ごしってやつで、やはりあれは親としての愛情だったのだろう。
「そうです! もう、ラブラブですよぉ! 今日なんて、お姫様抱っこで保健室まで連れていってくれたんですから!」
語るラーラの声が弾んでいる。
うーん。本当にラーラの報告通り、彼女はイアンとラブラブなのだろうか?
彼女の語るイアンと、私の知ってる現実のイアンに激しくズレを感じるのだけれど。
確かに以前よりかなり距離は近くなったと思うんだけど、それも彼女のさじ加減一つのような気もしないではない。彼女を抱っこする時も、イアンは舌打ちしていたような……?
だが、私には彼の心の中を見通すことはできない。仮に、その言葉通りイアンが彼女を愛し始めているのだとしたら──私との婚約解消後、イアンが結婚するのはやはり彼女なのだろうか?
確かに、イアンとラーラはお互いに似合いの容姿だと思うし、王妃にも気に入られているし──うん? 仮説を否定できる材料が何もないな?
胸の奥がチクリと痛む。
おかしいな──今日は魚料理を食べたりしてないから、小骨は引っかかってないはずだが。
「それからですね~、婚約破棄イベントっていうのはぁ──イアンは今、悪役令嬢のアンリエールと婚約してるでしょう? あたしと結婚するためには、もちろんその婚約を破棄しなくちゃならないわけですけどぉ、彼は優しいから今まで破棄を躊躇してたんですよね。
でも、階段からあたしをつき落としたアンリエールを見て決心するんです。愛するあたしをいじめるような悪女を、将来の王妃の座に座らせることはできないと。
だから卒業記念のパーティーで悪役令嬢を断罪して、全校生徒の前で婚約破棄を宣言して……」
「お待ちなさい、ラーラ。それが──その、婚約破棄イベントというものなの?」
「そうです!」
「しかし、大勢の前で婚約破棄を言い渡してしまえばイアンの未来にも傷がつきかねませんよ?」
「それは、心配いりませんよ~! だって、悪いのはヒロインをいじめる悪役令嬢だもの! いじめの証拠だってジュリオがちゃんと保管してあるんです!」
「しかし」
「もうっ! 王妃様ったら心配性なんだからぁ~。絶対上手くいくから大丈夫ですって。大船に乗ったつもりでいてくださいよ!」
二人の間で交わされる、何やら不穏な会話。私には口を挟むことができない──主に物理的な理由でだけど……。
「……わ、わかったわ。それではその、婚約破棄のための会場とやらはわたくしが用意します。あなたは余計な気を回さずに、一刻も早くイアンを籠絡することだけを考えてちょうだい」
「えっ?! でも、婚約破棄イベントの会場は卒業式で……」
「お黙りなさい!」
王妃の声に驚くラーラ。
私もびっくりした。だって急に大きな声を出すんだもん!
「ラーラ、あなたはわたくしのお人形なのだから、ただ指示に従えばいいのよ。
……でも、そう……そうね。王妃となる者にはそれなりの格が必要だもの。イアンが納得しようがしまいが、あの女を婚約者から引きずり下ろす絶好の機会かもしれないわね」
何事かをブツブツとつぶやいている王妃。
「王妃様?」
「ふふっ……心配しなくても、悪いようにはしないわよ。そのイベントとやらにはあなたとイアンとあのみにくい公女──そして婚約破棄を見届ける人間さえいればいいのでしょう?」
「はい、まぁ……それはそうなんですが……」
「そう。それはよかったこと!」
口元を綻ばせて楽しげに笑う王妃は、それはもう凄まじく美しかった。
「思ったより早くことが進みそうで何よりだわ。
婚約破棄イベントとやらには、わたくしの親戚筋の者で口の固いものを集めることにしましょうか。一番重要なのは、あの子自身の口からあの女に破棄を突きつけるというその事実。
小娘の考えた計画なのがちょっと癪だけれど仕方がないわ。
ラーラ? わたくしが渡した誘引の香はちゃんと身につけてるわね?」
「はいっ! 王妃様から渡されたラブポプリはいつも持っています!」
「いい子ね。ではもっと仲良くなるために、次はその香の中にあなたの身体の一部を入れなさい」
「身体の……一部……ですか?」
恐る恐るというように反芻するラーラ。
わかる。なにそれ。身体の一部とか、怖い。
「あら、そう怯えなくてもいいのよ。恋愛成就のおまじないみたいなものだから。爪でも髪の毛でも何でもいいわ。とにかくあなたの身体の何か一部を入れてよくなじませなさい」
「は、はぁ……髪の毛でいいなら……やってみます」
ラーラがそう答えると、王妃は満足そうにうなずいた。
「あなたはあの子のそばにいてあげてちょうだいね。あれはゴミのような女であるとしても、幼い頃からの婚約者だったんだもの。優しいイアンにとって婚約破棄は辛い現実かもしれないわ」
「は、はいっ!もちろんですっ!」
──ハッ!!
ゴミのような女っていくらなんでもひどすぎないだろうか。王妃マジ許すまじ!
それにしても、なぜこれほどまでに私は彼女から嫌われているのだろう。今までは微妙な容姿の私を排除したいのだとばかり思っていたけれど──はたして本当に容姿だけの問題なのだろうか?
何か他の意図がある?
仮にそうだとしても、それは今の私にはわからない。後でイアンにも聞いてみようかな。
──いや、それよりも大変だ! イアンに知らせなきゃ! 婚約破棄されちゃう!
……ってあら?もともと破棄されるものが早めに破棄されてもなんの問題もないような……いや! 円満な解消でないならば、問題大ありだ!
私はラーラいじめの汚名(偽アンリが実際にいじめているのだから事実だけれど)を着せられて破棄を言い渡されるのだ。ひどい醜聞だ。地味な外見の上にそんな醜聞が付きまとうような女では、嫁の貰い手が本当になくなってしまうじゃないか。それは私の望むところではないのだ。
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「そうだわ! その前にイアンを呼んでちょうだい」
「イアン殿下を、でございますか?」
「ええ。本当に婚約破棄の意志があるか確かめないといけないでしょう? あの娘の言う通りかどうか」
どうやらここへ、イアンが来るらしい。わざわざイアンのところへ行く手間が省けたといえば省けたが──。
彼女たちの計画については、伝える暇がなさそうだ。
まだ私も混乱中で、暇があったとしても上手く伝えられるかわからないが。
私はソファの下の暗闇にじっと身を潜めながら、イアンがやってくるのを待っていた。
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